第48話 神は偉大なり
渡にポーションの注文をしてきたアミール。
その父親であるアラブ諸国の王の名をファイサル・ビン・バンダル・ビン・サリームと言った。
ホテルの一室とは言っても、国王が利用するような部屋だけに、非常に広かった。
ソファに腰掛けたファイサルの後ろには、武装しているであろう護衛と側仕えが何人もいる。
渡はチラッとエアとクローシェに目線を向けたが、二人は軽く頷き返すだけで、特に警戒は見せていない。
別に敵対するわけではないのだが、一方に武力を行使できる存在がいる以上、自分にもいざという時に頼れる存在がいることは心強かった。
頷きは、彼女たちの実力で制圧が可能であるということと、そもそも敵対の意識がなさそうだという意思表示だ。
ファイサルはこの時七四歳。
日本の年齢区分で言うなら、もうすぐ後期高齢者に入る年頃だ。
裕福な生活をしているからか、年齢より若々しくは見えたが、それでも老人なのは間違いなかった。
おそらくは軽度の白内障があるのか、目が少し白味がかった青い瞳をしていて、肌に深いシワが刻まれている。
濃いひげには白いものが混じっていた。
アミールが渡を紹介すると、ファイサルはソファから立ち上がると、ゆっくりと近づいて、手を差し出した。
握手を求めているのだ、と気づいて、渡は慌てた。
よく左手は不浄の手などと言うが、添えてだして良いのか、片手だけでいいのか判断に迷った。
ファイサルがガシリと渡の手を掴むと、力強く上下に振る。
なるほど、手は添えても問題ないのか。
などと考えていると、強く抱擁を受けた。
『孫のダーウードを
「お役に立てて何よりです。あなた方の力に、ダーウードさんの快復の力になれたことを、俺も誇りに思います。それと、十分な報酬もいただきましたし、彼女たちの国籍が欲しいという無茶な要求にも応えていただきました。十分です」
『そうかね。遠慮はいらない。必要な時には言いなさい』
「ありがとうございます」
ある意味では尊大とも取れる言葉遣いではあったが、国王ともなると謙ることも立場が許さないのだろう。
むしろ柔らかな眼差しと、暖かく柔らかな声から、最大限の感謝と配慮を感じさせた。
ソファに座ると、すぐに側仕えの男性が、お茶を用意してくれた。
『アミールから、治療薬は相当に幅広い効能があると聞いた。私でも服用できるだろうか?』
「大丈夫だと思います。ちなみにどのような症状があるかお伺いしても良いでしょうか」
『国家機密だから、口外しないように頼むよ』
「大丈夫ですよ。治ってしまえば価値がなくなりますから」
国王の健康状態など、政局を左右する機密性の高い情報だ。
だが、かつてどんな病気だろうと、治ってしまえば意味はない。
渡の発言にファイサルが面白そうに笑った。
『そうか。では私にも購入させてもらいたい。……長生きしてストレスの多い人生を送ってると、あちらこちらにガタがくるものだ。最近は目が悪くて白内障になりつつある。また初期の糖尿病と腎臓病にもかかっているな。腰痛に膝痛、慢性の肩こりに手の軽い痺れもある』
「すぐに用意しましょう。ステラ」
「はい。準備しておいて良かったですねえ」
「まったくだ。とはいえ、俺は国王陛下に渡すことになるとは思ってなかったけどな」
もともと少しだけ多めに用意していたのだ。
ダーウードに使わなければならない量が不明だったことと、異国という容易には移動できない、販売機会の少ない場所で、かつ超高額という商談を成立させるチャンスだったのだから、逃す手はない。
しかし、これ来年の税金いくら取られるんだろうな、などと嫌なことを考えた。
アミールの依頼報酬だけでも、およそ半額が取られてしまうと思うと、さすがに額が額だけにゲンナリした。
来年の年末調整までに、もっと山とか工場とか買ったほうが良いんだろうか……。
「こちらです」
『これか……意外と量が少ないな。世界で一番高い薬になりそうだ』
『金額が問題ではありません。その額に見合った価値があるかどうかが重要です』
宝石を鑑定するようなファイサルの鋭い目つきに、アミールが擁護してくれた。
彼がもっともその価値を認めた一人なのは間違いない。
ファイサルは苦笑して頷くと、ポーション瓶の蓋を抜き、ぐびっと飲み干した。
『お、おおおおおおっ!? 私の体にひ、光が……! 痛みが消えていく……! 痺れが……怠さが、なくなっていくぞ! 奇跡だ……!』
『
『
『
『
ファイサルが変化に感動しているのは分かるが、驚きだったのが護衛や側仕えの人たちがその場で叫びながら平伏したことだ。
光が収まった時には、頭頂部の見えた男たちの集団があった。
両手と膝、そして頭をついた姿が複数人にわたって繰り広げれた光景は、初めて見た渡からすれば驚きというよりもドン引きである。
ここまでの大きな反応を得るとは思っていなかった。
なんというか、反応が日本人と違いすぎるのだ。
このまま担ぎ上げられないだろうな。
自分が平凡な人間なのは誰よりも知っている。
神でも使徒でもない。
王族の側仕えなのだから信頼できる口の固い人ばかりだろうが、大丈夫なんだろうかと、少しだけ不安になった。
やはり素晴らしい、などと感動しているアミールは事態の収束に動く様子はないし、ファイサルは自分の体の快調ぶりを念入りに確かめてキャッキャと子どものように喜んでいる。
おい、頼むから、誰かさっさとこの光景を止めてくれ!
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書こうと思ってた場面までたどり着かんかったので、短いですがここで一度更新します。
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