第47話 快復祝いのパーティ

 渡の求婚に対して、マリエルたちの反応は様々だった。

 マリエルはしばらくぼうっとした後に、目を潤ませてわずかにコクリと頷いた。


 エアはニシシ、といつものように笑った後、仕方ないなあ、と呟きながらも、忙しそうに耳と尻尾を動かしている。

 ぺし、ぺしと床を叩く尻尾の勢いが激しかった。


 やや意外だったのがクローシェだ。

 普段の威勢の良い態度は鳴りを潜め、小さな声で「……はい」と呟くと、恥じ入るように目線を伏せた。


 ステラに至っては感極まってしまったのか、言葉もなく座ったまま気絶していた。

 相変わらず感情の振れ幅が大きすぎるだろう。


「ありがとう……。みんなに受け入れてもらえて本当に嬉しいよ」


 渡は断られる可能性を十分に覚悟していた。

 たとえこれまでの日々の積み重ねがあるとは言え、奴隷として過ごすのと、結婚することはまた違うはずだからだ。


 受け入れてもらえたことが嬉しかった。

 今度、なにか約束となるアクセサリーを贈ろうと思う。


 現代日本の価値観で言えば、婚約指輪がセオリーなのだが、国が違うどころか世界が違う彼女たち四人に対して、同じ風習とは限らない。

 勝手に渡が決めるよりは、その辺りも相談した上で選んだほうが良いだろう。

 人それぞれこだわりもあるだろうし、勝手に決めて落胆されるのも悲しい。


「もしアミールさんが自分の家族を紹介しようとしてきたら、君たちが間に入って欲しい」

「イスラム教では、妻の許可がなければ重婚ができないそうですね。いい考えだと思います」

「アタシたちとの仲を見せつけてやろう」


 エアが潤んだ瞳で渡の腕を取った。

 そっと右手を引き寄せられ、スベスベとした頬に触れさせられる。


 そのまま手を滑らせ、耳の付け根のコリコリとした部分を撫でると、キュン、とエアが鳴いた。

 ムッと張り合ったのがマリエルだった。

 渡の判断には常に一歩引いて譲るマリエルだが、奴隷同士では自分の意見をこれまでも主張してきた。


「他の女が入り込む隙間がないって証明してください」

「どうせ主様はケダモノですもの。最初からそのつもりですわ、きっと」


 左がマリエルに掴まれたかと思うと、背中に手を回すように誘導されたかと思うと、クローシェが真ん中から抱きついてきた。

 ステラは意識を取り戻したのか、慌てて後ろから抱きついてくる。

 好意を伝え、相手の好意が伝わってくることが嬉しい。


 レイラが夕食を伝えに来るまで、しばらくそうしてイチャイチャとしていた。




 その夜、アミールの豪邸で働いている料理人が最高の食材と技術を振るって、大盤振る舞いの料理が振る舞われた。

 口の中が溶けるかと思うほどの怒涛の美味しさの濁流だった。


 相当に希少な食材もふんだんに使われていたようだが、嫡男の復帰祝いをしたい、その立役者となった渡たちに報いたい、というアミールの心尽くしだけに、遠慮なく舌鼓を打った。

 また、その夜はレイラが踊りを披露してくれた。


 親しい友達か家族にしか披露されないという中東を中心に伝わる伝統舞踊は、蠱惑的でとても美しく、同時に躍動感に溢れていた。

 聴けば有名なベリーダンスとはまた別物なのだそうだ。


 本来は一人一部屋でも用意してもらえるような豪邸だったのだが、渡たちは同じ部屋で一夜を明かした。

 ないとは思うが、既成事実を作られても面倒だ、というのが表向きの理由だったが、愛の告白をしてお互いに気持ちが盛り上がってしまった、という面も大きい。


 事後の片付けは、なんとステラとエアが魔法を使って処理をした。

 痕跡を残さない、綺麗なベッドとシーツに戻った。


 エアは一族に伝わる宝剣『大氷虎』を使っていたのだが、贈った神様に怒られたりしないのだろうかなどと、少し不安になる。


「天罰が下っても知らないぞ?」

「神様の目もこっちの世界には届かないだろうし、大丈夫」

「実際のところは分からないからなあ……。ゲートが繋がってる以上、じつは行き来してたり、監視されてるかもしれないぞ」

「その時はごめんなさいって謝るから、主も謝ってくれる?」

「おう、任せろ。……エアのためだ。神様にだって頭を下げるし、なんとか許してもらうよ」


 見えてなきゃ大丈夫と豚肉を食べたりお酒を飲む某教徒のような言説に渡は苦笑した。

 実際問題として神の怒りを買って、うまく謝れるかどうかは分からないが、エアが嬉しそうにしているのでいいだろう。

 後日こんな他愛ない約束が、あの大きな事態を引き起こすとは……などとならないようにだけ気をつけたい。




 ダーウードの快復は、すぐさま広まった。

 もともとダーウードの事故は広く知られていたこと、アミールの個人として影響力が強く、王族に連なる嫡男という立場も噂の広がりを加速させた理由だろう。


 いったい誰がどんな方法で治せたのか。

 強い興味を掻き立てたのは間違いない。


 快復祝いのパーティは、まずは親族内で開催され、ごく一部のものだけが招待されることになった。

 大々的な外部を招いたものは、後日行われるとのことだ。


 パーティ会場となったのは世界でも有数に大きなホテルだった。

 なんでもアラブ諸国には、現在建設ラッシュが続き、超巨大ホテルが次々に建っているのだという。


 一〇を超えるタワーの客室数は一万近くにもなり、ヘリポートが五箇所、レストランは七〇を超え、ホテル内に巨大なデパートやカジノ、水族館といった娯楽施設が入っている。

 一つのホテルで一都市ができるほどの高さと広さを兼ね揃えた超巨大建造物だった。


 中東は血縁文化だ。

 ディスターシャと呼ばれる中東独特な正装をした王族たちが、そんなホテルのボールルームにたくさん集まってきていた。

 親族同士ですでに全員がある程度面識があるのか、パーティでは誰もが仲が良いメンバーと小集団を作って語り合っていた。


「ここにいる人たち、全員中東の王族関係者ばかりってことだよな。エア、これは冗談でもないけど、本当に失礼なことするなよ」

「あー、主アタシのことバカにしてる。アタシだってちゃんと相手と空気を選んでるんだからね」


 渡はパーティ会場の隅の方で搾りたてのフレッシュなオレンジジュースを飲んでいた。

 めちゃくちゃ爽やかで香り高く、糖度もある美味しいジュースだ。

 マジで美味い。


 できればこんな席には来たくなかった。

 身分違いも甚だしく、おまけに経験もないため場違い感が半端ない。


 それでもアミールからぜひにと要望を受けて、渡は了承した。

 すでに国籍とパスポート、そして超高額の報酬を受け取っている。


 ここで用は済んだからさようなら、では少々人として寂しすぎるだろう。


 とはいえ、知り合いらしい知り合いもおらず、レイラが渡たちに話題を提供してくれて、なんとか場がもっていた。


『おお、ワタルどの、ここにいたのか』

「アミールさん。お忙しそうですね」

『まあ、今回はダーウードの快復祝いだからね。言祝ぐ挨拶がひっきりなしに来てる。レイラ、退屈させていないだろうか?』

『はい。今もワタルさんに日本について教えてもらっていました。なんでも大阪にはタコパという少人数で行う秘密のパーティがあるそうです。今度来日した際には、招待してもらうようにお願いしました』


 嬉しそうにレイラが言って、渡は苦笑いした。

 驚くほど自然に再会を約束させられてしまったのだ。

 マリエルがアチャーと頭を押さえ、エアとクローシェが白い目で見つめる大失態だった。

 唯一何も言わなかったのがステラだったが、彼女の場合は一切否定がないので当てにならない。


 渡も自分で大失敗だったと思ってるが、本当に魔術のように会話を運ばれて、何がどうなって誘ったことになった・・・・・・か分からなかった。

 楽しそうに笑うレイラを、優しげにアミールは見つめていたが、表情を真剣なものに変えると、渡に近寄り、声を潜めた。


「ホテルの一室で、国王陛下がお呼びだ。お会いしていただきたい」

「んぐっ!?」


 国王と会談!?

 渡は突然のことに、オレンジジュースを気管に詰まらせ、盛大にむせた。


――――――――――――――――――――

ちょっと難産でした。

次回、国王陛下との会談とは?


後、毎回で申し訳ないのですが、ギフトやレビューいただいて、本当にありがとうございます。

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