第42話 飛行機の事故

 プライベートジェット機の中、渡たちは長時間空の旅を楽しんでいた。

 美食に舌鼓をうち、ソファに沈みながら映画を観る。


 快適だ。とても快適な空の旅だった。

 エコノミークラスで身動きも取れず、隣や後ろに気を使うこともない。

 広々とした空間に、なにか用があればすぐに飛んできてくれる対応といい、最高の一日だ。


 しばらくはダラダラとしていたのだが、飛行機の中をウロウロするという感覚はなかったが、あまりにも体を動かさないのも良くないということで、渡たちは軽く体を動かし始めた。

 このあたりは先入観のないマリエルたちのほうが、すぐに順応したようだ。

 渡はどうしても飛行中の飛行機の中で体を動かすことに抵抗が残った。


 髪の毛をポニーテールに結んだエアが、一八〇度に足を開脚すると、ゆっくりと上体を前に倒す。

 大きな胸が床についてムニュムニュと弾んだ。


 大きな乳房がなければ、上半身すべてがペタリと床に張り付いただろう。

 何度見てもその見事な柔軟性に感心してしまう。


「相変わらずエアの体は柔らかいな」

「でしょ。金虎族はみんなすっごい柔らかい体なんだよ。この柔軟性を活かして、どんな攻撃も交わしつつ、意識の外から攻撃するんだ」

「なるほどな。クローシェも柔らかいよな」

「ふふふ、わたくしはお姉様の戦い方を見習って、柔軟体操をしっかりしてますからね」


 エアと同じく、クローシェもまた柔軟性なら負けていない。

 I字バランスを取って足の爪先までピンと伸ばす姿はとても美しかった。


 それまで空気のように控えていた添乗員の女性が、二人の動きを見て微かに感動を浮かべていた。

 そう、この二人は本当にすごいんだ。

 よく見ろ。いや、男は見るな。刺激が強すぎる。


 柔軟性に優れた二人とは対称的に、マリエルとステラの二人はごくごく普通の柔らかさだった。


「うっ、うう……私にはムリです……ひぃ、ひいい……」

「マリエルは無理するなよ」

「ご、ご主人様引っ張らないでください……! ちぎれちゃう!」

「ほら、しっかりと深呼吸して。力むと余計に辛いぞ」

「ふー! ふー!! うう、虐めです」


 マリエルが必死の形相になって、激しく息を吐いた。

 額にはびっしょりと汗をかいて、いい運動になっているようだ。

 涙目を浮かべながら渡るを非難するが、マリエルは机仕事をよく任せているから、運動不足になりがちなのだ。


「あなた様、わたしも柔軟体操のお手伝いしますね」

「お、おう。お手柔らかに……。むふっ」


 ステラが渡の背中に回ると、ゆっくりと背中を押す。

 うち太ももがピンと張ってくるが、まだ余裕を残した状態だ。

 たわわに実った乳房の感触を背中越しに感じて、渡は鼻息を漏らした。


 ゆっくりと肩の辺りを押される度に、むにゅ、ふにゅっと心地よい感触が伝わる。

 やばい、かえって硬くなりそうだ……。


「主、一度ビリってやった後、ポーションを飲むと一気に柔らかくなるけど、どうする?」

「股割りかよ……。あれって本当は良くないらしいぞ」


 エアの提案に渡が苦々しい表情を浮かべた。


 力士を対象にした研究では、股割りは怪我を減らすという通説とは逆に、太ももの内側、内転筋群の活動が弱くなって、膝や股関節の故障が増えることが分かっている。

 神事として、興行として股割りや四股踏みの価値はあるが、パフォーマンスだけで見た場合、けっして一般人に推奨して良いわけではないのだ。


 ということを、渡はエアに力説した。

 本心は痛い目に遭いたくない。

 冗談じゃない、と思っていた。


 だが、エアは渡に股割りをさせたくて仕方ないようだった。

 ニマッと悪い笑みを浮かべる。


「やめろエア。その技は俺に効く」

「まあまあ、ステラ、ぐいっと一思いにやっちゃって」

「え? ええ?」

「押すな! 絶対に押すなよ!」

「あわわわ、わたくしはどうすればぁ!?」

「ステラ、今押したら、主にたっぷり可愛がってもらえるよ」

「ほ、本当ですか?」

「おい、押すなよ!? フリじゃないぞ!」

「え、えい! ごめんなさい、あなた様!」

「ぎゃああああああ!!」


 思わず安否の確認が取られるほどの絶叫が、ジェット機の中を響き渡った。

 まったく、どうしてこんなひどい目に……。




 急性治療ポーションはたしかによく効いたが、脳には強い痛みが刻まれた。

 アラブ諸国に近づいたジェット機は、着陸態勢に入っている。


 渡は席について、ブツブツと文句を言った。


「まったく、ひどい目にあった」

「ニッシッシ。でも良かったじゃん。主もこれで柔らかくなったよ」

「俺は別に必要なかったの。覚えてろよ。後できっついお仕置きしてやるからな」

「ええ、アタシは主のためを思っての行為だったのに」

「ご主人様……エアには下手なお仕置きはかえって喜ぶから、オアズケがよろしいかと」

「それはいい考えだな。採用だ」

「ちょ、マリエル!? 裏切ったの!?」

「私は何時でもご主人様の味方です。私とクローシェは、エアたちの分まで可愛がってくださいね、ご主人様」

「ああ。ステラも同罪だぞ」

「う、うぅぅううう、そんなぁ……」


 まったく。

 泣きたくなるほど辛かったのは俺の方なんだよ!


 失敗したと項垂れるエアとステラだったが、本当に痛かったのだ。

 絶対に許さない。


 だが、今回添乗員として一緒にいたレイラが、ポーションの効果を目の当たりにしたのは意味があっただろう。

 最初は言葉を失っていたようだが、スタスタと歩けるようになった渡を見て、驚いていたのだ。

 一度席を外して報告に向かっていたようだから、依頼主のアミール・ファイサル・ビン・サリームにも伝わっていることだろう。


「朝の八時に出発して、あれだけ長時間乗ってて着いたら夕方前か……」


 日本とアラブ諸国の時差は六時間。

 渡たちは現地時間の十六時に空港に到着した。



――――――――――――――――――――

更新が少しあきましたが、アラブ圏の風習とかを調べるのに少し手間取りました。

普段私の情報網では、あまり情報の入ってこない国々なので、致命的なミスがないように気をつけています。


後は前回、一気にギフトと★が増えてありがとうございました。

このまま順位も上がってほしいし書籍化もして欲しい。


さて、次回はアミール・ファイサル・ビン・サリーム氏の視点でお届けする予定です。

渡たちが失敗したら、国籍取得すら危ういですが、症状が過去最悪の脊髄損傷と火傷ですからね。

はたしてポーションは効くのか!? お楽しみに。

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