第41話 そうだ中東 行こう
天王寺から環状線に乗って新今宮駅に。
そこから関空快速ラピートに乗り換えて、一気に関西空港に移動した。
アラブの石油王の一族は決断が早かった。
それで渡航して治るのならばと、すぐさまプライベートジェット機を手配したのだ。
空港の搭乗口が専用になっていて、渡たちはすぐに案内された。
もし、万が一でもパスポートの確認が求められたら、一巻の終わりだ。
内心ではドキドキしながら、できるだけ表情には出さずに搭乗口に向かう。
「ご主人様、表情が硬いですよ」
「仕方ないだろう。マリエルこそよくそんな普通の顔をしてられるな」
「これでも表情を繕うのは訓練していますので。あ、ご主人様に向ける表情は、素顔ですよ?」
「裏でめちゃくちゃ毒づいてたらどうしよう」
「もう、そんなことしません! ねえ、エア?」
「っていうか、マリエルって主の惚気ばっかじゃん」
「そうですわ。もう甘くって甘くって、いつもお腹いっぱいになりますもの」
「ちょ、ちょっと、そんなことありません」
「わたしも、マリエルと同じ気持ちだからわかりますわぁ」
基本的にすべてを崇拝者みたいな言動を取るステラが同感だというのだから、相当なのだろう。
顔を赤くしたマリエルがうう、と唸るのを見ていると、渡は緊張を忘れて思わず笑ってしまった。
添乗員も渡たちがリラックスしているのを見て、微笑ましい笑みを浮かべて歓迎してくれる。
プライベートジェット機の中は広かった。
もともと多くの旅客を詰め込む空間を、私的に使うのだ。
座席をすべて取っ払えば、大きな空間ができる。
ソファにベッド、ダイニング室にシャワー室まで完備されていて、そこらのホテルと比べても負けない快適さがあった。
フカフカのソファに体を沈めて、渡が不安そうに呟いた。
「すごいな。本当にこんなものを手配してもらって大丈夫なんだろうか」
「ねえねえ、これって本当に空を飛ぶの?」
「ああ。エアも飛んでるの見たことあるだろう」
「うん。あれって全部こんなふうになってるんだねー」
「いやいやいやいや、違うから。これは例外。勘違いするなよ。本当はもっともっと狭いんだ。椅子がズラッと並んでて、一人でも多く乗せるために全部の席に人が乗ってるんだぞ。ほら、バスみたいな感じだ」
「ふーん?」
飛行機が全部プライベートジェット機じゃないんだぞ、と教えると、エアは不思議そうに首を傾げた。
一番最初の搭乗がプライベートジェットなのだから、勘違いしても仕方ないのか。
意外というべきか、あるいは自然と言うべきか。
マリエルたち異世界の住人は、飛行機の存在を受け入れていた。
というのも、異世界では一部の獣人や高位の魔法使いが空を飛べるそうだった。
人が飛べるのだから、魔導具の代わりが発達したこちらの世界でも飛べるのだろう、と考えられたらしい。
地球人が空を初めて飛んだ時の反応との随分な違いに、渡は最初は苦笑したが、誰かが飛んでいる、という事実があれば受け入れてしまうものなのだろうと、後になって納得した。
よくよく考えれば、渡も幼い頃から見てそういうものだと考えていた点では同じなのだ。
「渡様一行ですね。快適な空の旅をサポートさせていただきます。レイラです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします! この度は手配していただいて、本当にありがとうございます」
「アミール王子から快適な旅を提供するように命じられております」
とても顔の整った女性だった。
アラブ系の女性ということでヒジャブをしているのかと思っていたのだが、顔を晒している。
サウジアラビア王国では、近年王族の積極的な海外との交流を深めるために、ヒジャブをしない生活を推奨していると聞いた。
なによりも渡は、添乗員の女性の流暢な日本語に驚いた。
外国人における日本語学習の難度は世界有数だというが、ネイティブな発音で、まったく訛りを感じさせない。
王族ともなれば海外語に堪能なスタッフを揃えていても当然か。
「こちら、今回俺のサポートをしてもらいます、マリエル、エア、クローシェ、ステラの四人です」
「よろしくお願いします」
今回はエアもおふざけなしだ。
空気を読む必要がある相手ということだろうか。
そういえば、マリエルたちは日本語以外でも話せるのだろうか。
それともゲートの繋がる先である、日本語だけがカバーされているのだろうか。
もし、不思議な翻訳機能が働かないとすれば、マリエルたちの異世界語が使われるのかもしれない。
渡はそんな危惧を覚えた。
添乗員の人は、アラブ人だった。
アラブ人は人種的と言うよりは、言語的・宗教的な繋がりを主体とした人種だ。
もともと中東は様々な地から人種が入り乱れているため、コーランや風習、言語によって国民を規定する必要があった。
たとえばアラブ首長国連邦の国民として認められるための項目には、アラビア語会話が流暢に行えること、という項目がある。
逆にマリエルたちが異世界翻訳の能力によって流暢に話すことができれば、かなり打ち解けることができるだろう。
国土のすべてが海で囲まれた島国とは、このあたりの感覚はかなり異なるだろう。
翻訳はされるのだろうか、と渡はとても気になった。
ジェット機が空港から離陸する。
「途中に給油をはさみまして、およそ十四時間ほどの移動になります。途中なにかお求めのものがありましたら、気軽にお声掛けください。可能な限りご要望に応えさせていただきます」
レイラは完璧な笑顔を浮かべて言った。
食事は牛も豚も鶏も用意され、なんだったら日本食まで食べられる。
プロジェクターの大画面で映画を楽しむもよし、読書やゲームもできる。
至れり尽くせりの旅だった。
珍しく笑みを浮かべず真面目な表情を浮かべたエアが、静かに耳打ちした。
「主、レイラに籠絡されたらダメだからね」
「されないよ。もう、俺の信用はゼロだな」
渡は苦笑いしたが、エアはニコリともしなかった。
金色に光る虎の目が、褐色の美女に静かに注がれていた。
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短いけど更新したからヨシ!
ヒジャブに関しては厳しい時期と緩和される時期があって、その時の政権によってコロコロ変わるらしいです。
作中は緩和期ということでよろしくお願いします。
豚とか云々についても後々触れる予定なので、野暮なツッコミはナシでお願いします。
フォローが13000突破してました。多いねえ。
またギフトと沢山の★★★ありがとうございます。
こんなんなんぼあっても良いですからね。
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