第38話 高額の依頼①

 新年も小正月を超えて、渡たちの年末年始休暇も終わりを遂げている。

 南船町に移動した後は、ウェルカム商会用に砂糖とコーヒーの補充も済んだ。


 ある意味では平穏な新年を迎えることができたと言えるだろう。

 年始からアクシデントを迎えるのは創作の中だけで十分だ、と渡たちは笑いあった。


 今年はポーションの製造を進め、急性治療ポーションと、慢性治療ポーションの地球だけでの生産体制を確立させることが、一番の目標だ。

 今のところは異世界産の薬草と器具で、異世界の薬師であるステラが製作して、急性治療ポーションの製造に成功した段階だ。


 また、お地蔵さんの修復過程で手に入ったゲートの知識についても、研究を進めたいところだ。

 ゲートが好きな所に設置できるようになれば、国内だけでなく国外においても自由な移動が可能になる。

 渡航許可やビザの問題はついて回るが、その恩恵は計り知れないだろう。


 だが、心配がないわけではない。


「秘文書の内容を覚えなきゃならないの、キツイよなあ。俺自信ないよ……」

「私たちは入れませんので、お力になれず申し訳ありません」

「わたしも力になりたかったですねぇ」

「それは仕方ないだろう。ラスティさんの出した条件ももっともだ。入れる人間が増えたり、書き写せたらそれこそ秘密がいくらでも漏れてしまうんだから。ただ見て覚えろって言われてもなあ」


 ガックリと肩を落としたのはマリエルとステラだ。

 マリエルとステラ、二人の記憶力があれば、相当役に立ったことだろう。


 渡は自分を馬鹿だとは思っていないが、人並み以上に記憶力が優れているとも思っていない。

 本当にもっと記憶力が高ければ、もっと良い大学を出ていただろう、という気持ちが強かった。

 さらに筆記を許されていないのがツラい。

 当然スマホなどの撮影も同じことだ。


 渡は一休さんのように頓知、あるいは抜け道で問題を解決するつもりはなかった。


「アタシはもともと覚えるようなことは主たちにお任せ!」

「わたくしもですわ! 戦力以外の働きはあまり期待しないでくださいまし!」

「まあお前らはそうだろうな……」

「考えたくなーい!」

「まったく、ゲームにはめちゃくちゃ頭使うんだから、こっちにも使ってくれよ」

「やだ!」


 悪びれた様子もないエアだが、これでゲームでは相手の心理を読んだり、武器の性能を覚えたりと、けっして興味のある分野に対しては記憶力がないわけではない。

 特に傭兵として必要な護衛対象、あるいは襲撃者の特徴を覚えたり、地理を把握したり、あるいは別の傭兵部隊、国籍などを覚える能力は非常に高かったりすることが分かっている。


 ミリタリーゲームを通じて、現代兵器についても相当知識に触れて、今では自衛隊や米兵が持つ武器についてもマニア並みに詳しくなっていた。


「どういう内容が書かれてるんだろうなあ。前提知識があれば覚えやすくなるだろうけど、神話についてとか書かれても理解出来なさそうだ」

「まあ、利用が一度だけとも言われていませんし、難しそうなら何度も挑戦するしかありませんよ。わからないところはラスティさんに質問したり、私たちに聞いていただければ、分かる範囲でお答えします」

「そうだなあ……はあ、気が重い」


 秘文書は万が一盗難にあった場合に備えて、暗号が用いられている可能性も低くない。

 あるいは特定の宗派だけが理解できる神話をモチーフにした内容などになっていたら、渡にはお手上げだ。

 だからこそ、ラスティが同席してくれている、という理由もあるのだろう。


「ラスティさん、贈り物喜んでくれたかな?」

「あの驚きようを見るに、相当助かるのではないでしょうか」

「あの反応は見てるこっちもビックリだったな!」

「アタシはもう五枚ぐらい寄付して反応見たかったなあ」

「性格が悪いぞ、エア」

「イッシッシ!」


 たしかにリアクションが大きくて、見ていて楽しくなったのは確かだ。

 その点については同意で、エアをそれほど強く怒れない。

 だが、あのままテンションが上りすぎたら、ある一点で倒れてしまうんじゃなかろうか。


「ステラはポーションの製造はどんな感じなんだ?」

「ひとまずわたし達の世界の薬草を使って、薬師ギルドで販売されているものの水準をどちらもクリアできています」

「ギルドって製法が統一されてるんだっけか?」

「そうです。効果が安定しないとギルドとしては売り物になりませんからね」


 ギルドの仕事の一つに、商品の品質の安定化がある。

 粗悪品をばら撒かれたら、業界全体が迷惑を被るからだ。

 その一環として品質の検査を行ったり、製法の標準化が進められていた。


 もちろんギルドメンバーでなければ、その製法を知ることはできない。

 ギルドに入るには高い入会金がかかり、ルールを破れた除名されるため、おいそれと製法が広まることもなかった。


「その上で、急性、慢性治療ポーションの効果の高いものを作りました」

「へえ、すごいな。どういう違いがあるんだ?」

「一般的なポーションでは、負傷部位が大きくなると、対応しきれなくなってしまいますぅ。一般的なポーションでは、切断面を接着した状態でないと、回復しません。わたしが作ったのは、四肢の欠損や内臓の消失からも復活できるポーションですねえ」

「おお、凄いな!」


 災害や戦争で大活躍間違いなしの効果だ。

 それにエアやクローシェが護衛仕事をしていて、大怪我をしても助かる可能性が高くなる。

 渡が効果の高さを喜んでいると、エアとクローシェがまた違った驚きを見せた。


「えっ、それってもしかしてエルフの秘薬!?」

「さすがステラさんですわ! めったに市場に出回りませんのに!」

「へえ、そうなんだ」

「うふふ……。一族でも一部の者しか作れないんですよお」

「すごいなステラ」

「ん゛おっ❤ あ、あなたさまぁ……❤」


 思わず抱きしめて頭を撫でたのだが、ステラが恍惚とした表情を浮かべた。

 もうセックスまでしているというのに、相変わらずの反応は変わらない。

 むしろ積極的に褒めてもらいたがるようになっていて、渡は苦笑したが、手を止めることはなかった。


「もっともっとお役にたってみせまひゅ……❤」

「よしよし、期待してるからな」

「ひぐっ❤ ふわぁあ……ひかりが、おお、あるじよ❤」


 ふるふると震えて、ステラが頷いた。

 普段は理性的で優秀なんだけどなあ……。


 まあこれはこれで、ステラらしい感じがしはじめていた。


 ◯


 渡たちは、日本でのポーション販売を続けている。

 主な顧客はやはりプロスポーツ選手が多い。


 それだけ故障が多いということなのだろう。

 一人ひとりとNDAを結ぶのは相変わらず面倒ではあったが、これも開発が軌道に乗るまでだ。


 数年後には新薬の臨床試験の漕ぎ着け、承認に持っていくことができれば、世界を激変することができるだろう。

 霊脈の選定や栽培する薬草の量産、製薬手順の機械化など、今後クリアすべき手順は多いが、今のところは絶望的な問題は出ていない。


 資金についても、販売価格を今後少し引き上げる予定だったし、祖父江のような投資家の援助を期待する手もあった。


「祖父江さんはやっぱり顔が広いな」

「もっとガツガツとくちばしを入れるのかと思えば、冷静ですね」

「まだ様子見ってことかな」

「効果が分かっているからこそ、量産化を待てているのかもしれませんね」


 先を読む目によって、一代で巨万の富を得た祖父江だが、ファンド運営は必ずしも順風満帆とは言えなかった。

 祖父江が投資した先が相次いで失敗し、数兆円にのぼる超巨額な損失を連続して計上したのだ。


 ニュースを見る限り、今は静かに先を見据えて分散投資を行っているようだ。


「その祖父江さんから、なんとか時間の都合をつけられないかって。どうしても相談したいことがあるそうだ」

「なんだか大事になりそうな予感がしますね」

「ニシシ、こっちに来て久々のアタシの出番かな?」

「久々?」

「ンニャ!? 初めてだっけか、ニャハハ」


 エアが不敵な顔から一変して焦った表情を浮かべた。

 なにやら怪しいが、じろりと睨んでも笑うばかりで、白状しそうに見えない。

 影で悪いことしてないだろうな、と若干の不安を覚えたが、今は祖父江の件を優先すべきだろう。


 直接会えないかと希望を出されたため、いくつか候補を提案した結果、一番早い予定で会うことが決まった。

 本当に急ぎの用件のようだ。


 一体何があったというのだろうか。



――――――――――――――――――――

祖父江の用件は次回明らかに!

なお、この作品は現実の人物、団体、企業などに(略)


ギフトも本当にありがとうございます。

限定公開イラスト楽しんでくださいね。


いくつか一般公開もしているので、良かったらみなさんも見てください。

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