第34話 ラスティ
案内されたのは、調度品の少ない殺風景な部屋だった。
大きな木製のテーブルにクッションすらない椅子、壁には祭具と着替えの修道服が収められた収納棚があるぐらいで、華やかさは少しも感じられない。
燭台には蝋燭が刺さっておらず、どうやって夜を過ごしているのだろうか。
歴史あると言えば良いが、裏返せば古ぼけて見えた。
教会経営がかなり苦しいのではないだろうか。
木窓の先には中庭が覗け、ハーブを育てている。
よく見れば、寒さに負けず元気に世話をしている、小さな子どもたちがいた。
親を失った孤児だろうか。
ラスティはやはり、柔らかな慈しみの笑みで、中庭で元気に動く子どもたちを見ていた。
修道服に身を包んだ高潔そうな雰囲気と、羊の角、豊満な肉体というアンバランスな魅力がラスティにはあった。
肉々しいぷるっとした唇が艶めかしく映るんだよなあ……。
ラスティ自身には、自分の外見が相手にどう映るのかに対して、ひどく無関心なように思えた。
今も軽く両手を組んでいるせいで、豊満な胸が潰れて卑猥に変形しているが、まるで気付いた様子もなかった。
おまけに裾の短い修道服の下は、むっちりとした太ももを強調するような網タイツ姿で、軽く横に倒した長い脚が目に入る。
落ち着け。美人ならマリエルたちで毎日見てるだろう。
渡は椅子に座って一呼吸置いた後、本題に入った。
「こちらを見せれば分かる、と言われました」
「拝見しましょう。……これはもしや……? やはり『ゼイトラムの鍵』ではありませんか!? 失礼ですが、手にとって確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「この神威……間違いなく本物です。い、一体どこでこれを?」
ラスティが目を見開いて驚いた。
失礼しました、と断った後、畏れるような丁寧な所作でゼイトラムの鍵を返す。
相当貴重なものなのだな、とその取り扱い方だけで分かった。
「時と空間の回廊です」
「プロ爺からもらったんだよね!」
「こら、プロガノ・ケリスさんからいただきました。これを持って、教会に訪ねろと」
「と、時と空間の回廊……それにプロガノケリス様!?」
雷に打たれたような、という言葉がしっくり来るような、大変な驚きようだった。
あんぐりと口を開けて、まんじりとせず渡の顔を見つめる。
「ご存知なのですか?」
「知っていますとも。ゼイトラム教における四大聖者のお一人です。列聖されたのは古代王朝の時と聞いていますが、まだ存命だったのですね……」
どうもキリスト教であればキリストやバレンタイン、日本で言えば親鸞や最澄と空海といった偉大な一人だったらしい。
本人は罪人と言っていたのだが、どういうことだろうか、と渡は疑問に思った。
「そんなすごい方だったんですね」
「ゼイトラム教の教えを誰よりも深く理解し、広めた方です。『亀の甲も年の功も、プロガノケリスに優る者なし』と謳われた方です。世界にあまたあるゲートの建設に従事したのも、プロガノ様の秘蹟ですよ。そして貴方は、ゼイトラム様の祝福を授かった方だったのですね」
ラスティが尊敬の念をこめて、渡を見つめた。
思ってもみない事態に、喜ぶよりも困惑が先にくる。
本当にだいそれたことは何もしていないのだ。
「俺が祝福を受けている? でも俺は……」
「わたくしめは幼い頃から、教会にいますが、時と空間の回廊に招待された方を見るのは初めてです。信徒の中にも、一世代に一人か二人いるかどうか、と聞いていますが、もれなく大司教や枢機卿、あるいは教皇にまで上り詰めた方ばかりですよ。まあ口外しない修行僧の方もいるかもしれませんが……それでも、選ばれた者だけが訪れることのできる聖域です」
「そうなんですか……」
「そうなのですよ。もっと誇っていただいても良いほど、これは素晴らしいことなのですよ!」
それは信者であり、助祭という階位にまで達している人ならばこそ、相当に凄いことなのだと認識できるのだろう。
フンス、と鼻息も荒くラスティが断言し、深く頷いた。
長い赤毛がサラリと揺れる。
目は興奮に潤い、頬が上気していた。
渡は大げさに動く度、ボヨンボヨンと激しく揺れるおっぱいを視界の端で見ながら、どうしてもしっくりと来ない感覚に陥っていた。
「それで、この鍵は何なのでしょう?」
「鍵は錠を開くもの。この鍵は、空間をつなぐゲートを設置するのに不可欠な神具の一つです」
「えっ、そんな凄いものだったんですか!?」
「そうですよ。だから驚いているんじゃありませんか!」
この鍵があれば、新たにゲートを設置できる?
渡の自宅に、あるいは所有する山にゲートを設置すれば、どれだけ移動が楽になることか。
あるいは、やるつもりは一切ないが、海外密貿易も可能になる。
「詳しいやり方は、教会に伝わる秘文書がありますよ。司祭にお伺いを立てる必要はありますが、おそらく許可されるでしょう。今は不在ですので、後日いらしてください」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
「いいえ。ゼイトラム様の恩寵厚い方をお迎えできて光栄です」
ラスティは本心からそう言っているのだろう。
真心のこもった優しい声に、思わずぐっと来てしまった。
「その、どうして俺の言うことを疑わず、最初から信じてくれたんですか?」
「ああ、それは当然です。もし神意に反する瀆神者であれば、あなた方には間違いなく神罰が下っておりますから。とっくの昔にこの世にいません」
「な、なるほど……」
「ゼイトラム様の神罰は特に厳しいことで有名ですし、たとえ神に唾吐く罰当たり者でも、だいそれたことはしませんよ」
ニコニコと笑ってラスティが理由を話してくれた。
信じてくれた理由が分かり、思わずゾッとする。
いやあ、本当だけどね。
一切嘘をついてないし、多分鍵も本物だと思う。
でも、渡がもし騙されてたら、と想像すると、背筋が冷えた。
話が終わり、渡が深くお礼を言うと、マリエルたちも頭を下げた。
エアたちは基本的にこういった場で口を挟まないが、マリエルが今回補足に入らなかったのは、それだけ内容に問題がなかったのだろう。
その場を辞去する前に、何かしら賽銭でも入れようかと思った渡だったが、ラスティは寄進箱を取り出すと、小麦色の肌を赤く染めて、おずおずと恥ずかしそうに切り出した。
「それでそのう……とても言いにくいことなのですけれど、当教会の運営のため、少しでも寄進をいただければ、幸いです。お気持ち程度で結構です。お恥ずかしい限りですが、見ての通りの有様でして……」
「そうですね。俺としてもまったく異存はありません。エア」
「ほーい。ん?
「ああ。こっちで問題ない」
「はーい」
エアから金貨袋を受け取った渡は、袋を開くとまばゆいばかりに輝く金貨を一枚抜き出した。
「ホあっ!?」
ラスティが素っ頓狂な声を上げた。
寄進箱の中に金貨が入ると、カコン、と木にぶつかっただろう音が響く。
中が空だったのだろう。
「ききき、金貨……いえ、もしかしたらメッキされた銅貨かもしれない……。でも本物だったら新しい修道服のあて布に糸も買えるし。久々に蝋燭に火を灯して夜を過ごして、あの子達に一品おかずが……」
「うっ……なんて
他に誰も寄進する人がいないか、寄付を募ってもすぐさま開けなければならない現状を察した渡は、溜息をこぼしたくなる気持ちをぐっと抑え、もう一枚金貨を入れた。
「ホ、はあああああああああ!? ひょ、ひょえ ほわわわ~!?」
比喩ではなく、ラスティの体が震えた。
寄進箱も激しく揺れる。
ガタガタ、チャリチャリ、キン、と箱と金貨とぶつかる音が部屋に響いた。
不意にラスティが真っ赤な髪をぶわっと膨らませると、自分の体を見下ろした。
「わ、わわわわ、わたくしめの体がお望みですか!?」
「ちょっと落ち着け!」
「ニシシ、主のエッチ!」
「主様! わたくしたちというものがありながらどれだけ色欲が強いのですか!」
「はわわ! や、やっぱり……!ああ……でもこのお金があれば
「エアもクローシェも煽るな! ラスティさん、ち、違う、誤解です誤解!」
「たしかゼイトラム教は自由恋愛が可能ですよ、ご主人様」
「
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ラスティお姉さん、見慣れぬ大金を前にとち狂う。
ゼイトラム教のこの教会が貧乏な理由とか、教会についてとかの話を次回にする予定です。
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