第33話 時と空間の神の教会

 渡たちが王都に訪れた理由のもう一つ。

 それは時と空間の回廊で、教会に足を運ぶように勧められたためだ。


 あの不思議で独特な世界で出会ったプロガノ・ケリスという人物の推奨は、断ってはいけない気がした。


「ゼイトラム様か。俺、そういえば神様の名前を初めて聞いたよ」

「あまり今では有名な神様ではありませんからね。南船町にも教会がなくて、王都まで来たわけですし」

「俺はゲートのお陰で皆に会えたわけだし、ものすごく感謝してるんだけど、皆は違うんだなあ」

「ほとんどの人は、ゲートの存在は知っていても、それを使えませんし、どこにあるのかすら知りませんからね。太陽神様や太陰神様、武神など有名な神に帰依する人が多いです」


 道すがらマリエルと話していたら、前を護衛していたエアがくるっと首を回して、話に入った。


「アタシは武神だよ。一族に伝わる宝剣も、遠い昔にご先祖様が武神にいただいた物なんだって」

「わたくしは戦神ですわ。昔から黒狼族は、戦神を祀っておりますのよ」

「武神と戦神は別なんだ」

「個人の武を司るのが武神で、集団での戦いを司るのが戦神と言われていますね」


 神は熱心な信者には、直接声を届けたり、《奇跡》を得られたりと、加護が与えられることも多い。

 中には賭博神のように、運勢の向上を願って熱心に祈りを捧げる信者もいるそうだ。


 そういった即物的な信心がはたして正しいのか、渡には分からない。

 少なくともその存在自体が確かと感じられるこちらの社会では、最低限の信心を誰もが持っているようだった。


「どこかの神様に帰依してるからって、他の神様を拝んだりってしないのか?」

「主神を別としても、神は偉大な存在ですからね。礼拝に赴くこともありますよ。その教徒の祭日に足を運ぶ人も多いんじゃないでしょうか」


 渡はチェーンに括った鍵を取り出し眺める。


 渡された鍵は不思議な材質の金属製で、細長い棒に不思議な紋様が書かれているが、凹みがあるわけではない。

 どちらかと言えば物理的な鍵穴というよりは、カードキーのような仕組みに思えた。


 この『鍵』を教会で見せろと、プロガノ・ケリスは言った。

 きっと意味があることなのだろう。


 ◯


 大広場から歩くことわずか数分。

 というよりは、ゲートのほど近い場所にひっそりとその教会は建っていた。


「これはまた……相当古いな」

「歴史の趣を感じさせる建物ですねぇ……」


 ステラが精一杯フォローしようとしているが、古いというかボロい。

 教会は高い尖塔が一本立った石造りの建物だが、高い場所の壁や柱がうっすらと汚れていたり、石畳が割れていたりと、長らく手を入れられていないことは間違いない。

 それだけのお金がないのだろうか。


 信心よりも金儲けに上手な宗教団体と比べれば、ある意味ではまともなのかな、と渡は好意的に捉えようと努力した。

 そして、人の気配を感じなかった。

 人の多い王都にある教会で、この外観。


 なんとも言いしれない不安を抱きながら、渡たちは顔を見合わせたが、眺めていても仕方がない。

 覚悟を決めて中に入ることにした。


 両開きの玄関扉を開くと、ギィイイイ、という耳障りな軋み音が鳴り響いた。

 特に耳の良いエアやクローシェ、ステラにとってはたまったものではなかっただろう。

 エアは表情を嫌そうに歪めながら、さっさと扉を開いた。


 聖堂には長椅子が並べられ、その奥には立派な神像が立っている。

 中は意外にも非常に明るく、椅子やカーペットは非常に古いが、綺麗に清掃が行き届いていた。


 扉の軋む音がある意味でドアベルの役割を果たしていたのか、聖堂の奥に続く扉から、一人の修道服に身を包んだ女性が出てきた。


「参拝ですか? それとも告解でしょうか?」


 小麦色の肌をした美しい女性だった。

 年の頃は二十半ばほどだろうか。

 渡よりも少し年上だ。


 清廉さを想像させる修道服には不釣り合いなほどグラマラスな体型で、前身頃が持ち上がってしまっている。


 特徴的なのは、山羊を思わせる巻いた角だ。

 聖堂に差し込む光を反射する長い赤毛に、ルビーを思わせる瞳は、ひときわ輝いて見えた。


 シスターはラスティと名乗った。

 助祭と呼ばれる役職で、教会の長である司祭は今不在にしているそうだ。

 渡たちも自分の名を名乗った後、用件を伝えた。


「紹介で来ました。まずは参拝させていただいた後、少しお話する時間をいただきたいのですが、良いでしょうか?」

「もちろん構いませんよ。ご覧の通り、今は誰も参拝者もおらず、わたくしめは時間だけはたっぷりとありますから」


 物寂しげに目を伏せたラスティには、幸薄そうな雰囲気が漂っている。

 この女性を守ってやらなければと庇護欲をくすぐる、一部の異性を極めて強く誘惑しそうな魅力があった。


 聖堂の女神像に近づくと、その姿がはっきりと見えた。

 非常に美しい女性の顔立ちをしていて、大きな目は未来と過去を見通し、手に持った袋は空間を表現している。

 この王朝が興る前からこの地にある、歴史ある女神像だ。


 礼拝は椅子に座って両手を組み、黙礼によって行われる。

 渡もラスティの拝む姿を見て、それを見倣った。


 渡には神の声は聞こえない。

 どうして自分にゲートを開いてくれたのか、こんなにも今素敵な出会いを続け、成功できているのか、その理由も分からない。

 渡がしたのは、ただ汚れていたお地蔵さんを綺麗にしたぐらいで、やったことともらったことの釣り合いが合っていないと感じる。


 だから、渡ができたのは感謝だった。

 理由は分からないから、ひとまずはありのままに受け留めて、精一杯の誠心で感謝の念を伝えようとする。


 時と空間の神様、ゼイトラム様、俺は今とても幸せです。

 少し前まで、周りの幸福に嫉妬したり、自分の将来に漠然とした不安を抱えていた日々が、はるか昔のように感じています。

 本当に、本当にありがとうございます。


「…………」


 やはり神の声は聞こえない。

 あるいは教会で長年勤めているラスティならば、神の声を聞くことができるのだろうか。


 とはいえ、渡としては多少残念な程度で、実際に聞こえなくても良いと思っている。

 神という至高の存在にとって、渡の行動など想定の範囲内だろう。


 好きなように動いているつもりでも、手のひらで踊らされているのではないか、とも思えた。


 黙礼を終えて、渡が立ち上がると、ラスティは暖かく柔らかい目で、渡を見ていた。

 周りを見れば、マリエルたちはすでに礼拝を終えていたようだ。


 熱心に拝んでいる姿を見られていたことに気づき、少し恥ずかしい。


「恥ずかしがる必要はありませんよ。貴方の熱心な礼拝は、わたくしめにはとても素晴らしく思えました。貴方の真摯な願いは、ゼイトラム様もきっと喜ばれていますよ」


 優しい笑顔を向けられて、渡は少し照れた。

 これまで熱心な信仰を持たなかった渡にとっては、この手の話はあまり慣れていないのだ。


「それでは、奥の間で話しましょうか」


 ラスティに誘われて、渡たちは扉をくぐり、聖堂の奥に入った。



 ――――――――――――――――――――

 ようやく教会にたどり着き、新キャラを出すことができました。

 今回はお姉さんキャラですね。


 実は少し前にキャラ設定だけはできていて、イラスト依頼も完了しています。

 大体二月ぐらいかかるんですが、依頼したトラベラー冬木先生がすごく筆が早く、予定よりも早く納入されたため、作中登場が遅れる事態になりました。


 こちらは近況ノートにて公開しているので、良かったらぜひ見てください。

https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16817330667756830163


 次回はラスティとの会談ですね。

 鍵についてや、神様関係といった、世界観に関わるけっこう重要な話になる予定です。


 イラストレーター様にお伝えしたいので、イラストの感想は良かったらここで書いて行ってくださいね。

 

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