第30話 正月

 年が明けた。


「「「「「あけましておめでとうございます」」」」」


 国は違えど、あるいは世界が異なれど、新年を祝う、という意識自体は変わらないらしい。

 そう言えば、近隣諸国にしろ、欧米諸国にしろ、新年自体は多くの国で祝われるな、と渡は思った。


 渡は起床したあと、リビングで挨拶とともに深く頭を下げたが、マリエルたちも笑みを浮かべながら、より深く頭を下げている。


 堺家では三賀日は完全休養日で、元旦に初詣、後は基本的に自由行動が毎年の習いだ。

 寝正月だろうと、百貨店に出かけようと、居酒屋でベロベロに酔っ払おうと頓着しない。


 おせちや雑煮といった料理については、マリエルやステラが初体験ということもあって、祖母ができたものを送ってくれた。

 家の味を伝えられると、喜んでいた。

 親戚一同で昔は集まったものだが、ここ数年、渡は顔を出していなかった。


 顔と名前も一致しないような遠い叔父や叔母から、馴れ馴れしい態度で接される空気が苦手だった。

 それにマリエルたちを連れていって、余計な注目を浴びたくはない、という理由も大きい。

 下世話な噂にされたくはない。


「今日から三日は俺は一切働かないし、マリエルやエアたちも自由にしていて良いぞ」

「奴隷なのに、良いのでしょうか」

「いい、いい。好きにしてくれ」


 これまでも奴隷らしい理不尽な命令はしていないはずだが、それでもマリエルは自分の立場を忘れていない。

 たとえ正月でも、働かなくてはいけない、と強く思っているようだった。

 異世界ではむしろそれが普通なのだそうだ。


 正月休みと聞いて驚いたのがエアだった。


「え、今日からは一日中ゲームしてていいの!?!」

「ああ……しっかり遊べ。新作ゲームも買っていいぞ!」

「…………」

「遠慮するな。今までの分も遊べ」

「やった……」


 実はあまりにもゲームにドはまりしていたから、一日のプレイ時間に制限を設けていたのだ。

 ビックリした表情のエアを見てると、優しい気分になる。

 おずおずとした態度で、本当に良いのか、と目で訴えかけてくるので、渡は深く頷いた。


「ご飯も好きなときに食べていいし、おやつも好きにして良いからな」

「走ってきても構いませんの?」

「ああ。ちゃんと連絡がつく状態なら、構わないよ」

「わたくし久々に思いっきり駆けたかったのです」


 黒狼族は非常に持久力に優れた種族で、トップスピードを維持したまま丸一日走り続けることができる稀有な種族だそうだ。

 一瞬の早さではエアに軍配が上がるが、こと持久力に限っていうなら、クローシェに優る種族はほとんどいないと言っても過言ではない。


「わたしは何をして過ごしましょうかねえ。これまで自由な時間がなかったので、迷ってしまいます……」

「明日からは初売りも始まるだろうし、欲しいものでも探してみたらどうだ?」

「欲しい物、ですか」


 ステラはまだ一緒に暮らして日が浅い上に、エルフの里では虐げられていたからか、これといった趣味を持っていない。

 地球文化にも詳しくないし、何があって何が欲しいのかもよく分かっていなさそうだ。

 ポーションの製作を急いでいたとはいえ、あまり連れ出せていなかったのは良くなかった。


 渡自身は一日中家でゴロゴロして、配信を見たりするつもりだったが、希望があるなら出かけるのも良いかもしれない。


「ひとまず、俺の国の文化として、お雑煮とおせちは一度食べてみて欲しいかな。気に入らないなら無理には勧めないから」

「ご主人様の満足いただけるように、しっかりと調理方法を覚えますね」

「……ああ。そうしてくれると、本当に嬉しいよ」


 幼い頃から慣れ親しむ家庭の味が続いてくれるのは、素直に嬉しい。

 マリエルたちが異文化の食事を無理に食べさせる必要はないが、それでもその一端には触れて欲しい。

 マリエルがガスコンロに火を入れてお雑煮を温め、渡は手づから重箱を取り出した。


 祖母の「がいっぱいだから、たくさん必要よね」と笑った声が脳裏に甦った。


 ◯


「ご馳走様でした。不思議な味わいでしたね」

「まあ、そうだな。俺も普段から食べるかって言われたら、多分食べないし……」

「アタシは鰹節の出汁が効いてて良いと思ったよ」

「おせち料理は基本的に全部煮物なのですわね。腐らせないためとはいえ、不思議な感じがしますわ」


 正月料理の反応は今ひとつ、と言ったところだった。

 文化が違い、味への慣れや刷り込みがなければ、そんなものだろうか。

 むしろ率直な反応が見れたのは、変に阿った意見を言われるよりもよほど良かっただろう、と渡は納得した。


 朝食を終えた渡たちは、初詣に出かける準備を始める。

 例年は近場の神社に参拝するのだが、今回は明らかに御利益という形で世話になった、お地蔵様のもとに向かった。


 これで神社を参拝していたら、たとえ地蔵菩薩様でも気分がよろしくないだろう、という渡の判断だ。

 元旦ということで、動く人の少ない静かな朝の道を歩く。

 トラックや社用車の走らない大通りは、ひっそりとしていた。


 榊原の手で修復されたお地蔵さんは、相変わらず人の注意を寄せずそこにあった。

 用意していた線香に火をつけ、小さな小さな賽銭箱にお金を入れて、黙祷する。


 大変お世話になり、ありがとうございました。

 彼女たちが、今年も元気でいれますように。

 ご縁のあった人たちに幸せが訪れますように。


 これまでは神仏の存在をハッキリと認めていなかった渡だが、今は違う。

 真剣にお礼を述べて、祈った。


 自分のことも何かお願いしようかと思ったが、今は特に思い浮かばなかったのは、それだけ色々なことが上手く行っている証だろうか。

 週刊紙に取り上げられたり、異世界との行き来ができなくなったりもしたが、最終的には上手くことが運んでいる。


「…………ん?」


 ふわりと、頭を撫でられたような気がして、渡は目を開いた。

 しかし、周りを見ても何も起きた様子はない。


 周りを見れば、真剣な表情でマリエルたちも目を瞑っていた。


「マリエル達は何をお願いしたんだ?」

「私は、ご主人様の商売がうまくいくようにお願いしました」

「ありがとう。マリエルのサポートがあるから安心だ」

「アタシは手応えのある相手を用意してくださいってお願いしたよ!」

「エアらしいな。ポーションの販売で、こっちの世界でも強敵とはきっと会えると思うぞ」

「わ、わたくしは……家族と穏当に再会できるようにお願いしました」

「クローシェは……まあ経緯が経緯だからなあ……。上手くいくといいよな」

「わ……わたしは……」


 順番にお願いごとを言っていたのだが、ステラの順番になると、言葉に詰まってしまったようだった。

 不思議に思って顔を見ると、雪のように白い肌が、長いエルフの耳の先まで真っ赤になっている。


 ぷるぷると震えて、ぎゅっと手を握っている様子は、何か恥ずかしいことを必死に堪えているように見えた。


「ステラ?」

「わ、わたしはな、ないしょですっ! ~~~~~~ッ!」


 両手で顔を覆ってイヤンイヤンと顔を振る姿は可愛らしかったが、その姿を見た渡たちは、同じ考えに至り、顔を合わせた。


 こいつ、いったいどんなエロいお願いをしたんだ……。




――――――――――――――――――――

今から毒ガス実験を始める!(挨拶とネタ元)


風邪と多忙とで更新途絶えておりました。

すみません。


正月ネタどうするか非常に悩みましたが、このような形になりました。


更新途絶えていた間もギフトや評価いただきありがとうございました。

再開していきますね。

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