第31話 王都のウェルカム商会 前

 正月休みを終えて、日常が戻ってきた。

 ゲートが再開通して渡たちが最初に行ったことは、モーリス教授に届けるチョコレートの手配だった。


 こればかりは定期的な納入を約束しているだけに、非常事態があったとは言え、あまり遅らせられない。

 渡たちは地球から異世界の南船町に飛び砂糖やコーヒーを倉庫に補充した後、すぐさま王都へと移動した。


 時と空間の回廊は今回は使用しなかった。

 南船町も異世界の中心的な拠点となっているため、わざわざ間を抜かす必要性も感じなかったためだ。


 王都には、ウェルカム商会の支店が存在する。

 ウィリアム自体も、この王都に滞在していることが多く、貴族を中心とした取引や、大きな他都市や大商会との取引を行っていた。


 王都支店で渡を知っている従業員はいるだろうか、と渡たちは少し緊張しながら店舗へと向かった。

 拡張工事を行っている本店と比べると、支店の大きさはそれほどでもない。


 というのも、商品の多くは中心地ではなく外れた場所に倉庫を設けられている。

 貴族たち相手には、商品を詰め込んで商談に出かけるのだ。

 支店自体は、他の商会から訪れた客を応対する場所としての役割がメインだった。


「立派な店構えだなあ。それにすごく忙しそうだ」

「貴族の使い走りが来ても大丈夫なように、相当なお金がかかっていますね。働いている従業員の身なりもしっかりしていますし、調度品も失礼のないように整えられていますよ」


 渡の呟きにマリエルが答えた。

 貴族として学園に通い、多くの美術品などにも触れていたマリエルなら、おおよその価格が分かる。

 その目からしても、かなりの高級店に映るようだ。


 渡には細かな違いは分からないが、なんとなく一つ一つのもののセンスが良いな、というのは分かる。


 店内に入るとすぐに応対が出て、渡だと分かればウィリアムに案内された。


「おおっ!? これは渡様! 珍しいところでお会いしましたね」

「お久しぶりです、ウィリアムさん」

「王都支店にウェルカアアアアアアアアアアアアアアム!! 心より歓迎いたしますぞ!」

「「「ウェルカアアアアム!」」」

「ニシシ、やっぱりこのお店はこうじゃなくっちゃね! ウェルカアム!」


 従業員一同、声を揃えての歓迎だった。

 教育が徹底している。


 楽しそうに歯をむき出しにして笑うエアだが、ウィリアムは気にした様子はない。

 むしろ嬉しそうに見つめている辺り、あるいは渡よりも上手く距離を詰めているのではないだろうか。


「王都でもこれは変わらないんですね」

「当店があらゆるお客様を心から歓迎してる証ですからね」

「貴族相手で失礼にならないんですか」

「実はここだけの話、不敬だと一度首を刎ねられかけました。ハッハッハッハッ!」

「えええっ!? だ、大丈夫だったんですか?」

「もちろんですとも、今ではお得意様になっていただいておりますよ。フワッハッハッハ!」


 なんてことないように笑っているウィリアムだが、それでも自分のやり方を貫く辺り、極まっている。

 それだけ、どんな客層でも受け入れるという意地があるのだろうか。


「まあ、実際には下々の者である我々のやり方にケチをつけて首など刎ねていれば、そのお貴族様も無事ではすみませんからね、ご心配には及びませんよ」

「そ、そうなんだ……」

「ご主人様、貴族とは言え何でもありではありませんよ。特に王のお膝元である王都では、相応の責任が問われます」


 マリエルがこそっと耳打ちしてくれた。

 自領においては貴族の権限、裁量権は非常に大きい。

 なんといっても司法権の大半が貴族にあるのだから、気に入らなければ手打ちにしても、なんとでも誤魔化せてしまう。


 だが、それでも好き勝手していれば、訴えは王都にまで届き、最終的に王による調査と裁きを受けることになる。

 減封や領地、爵位の没収もありえるだろう。


 特に王都ではすぐに官吏の調査が及び、誰の犯行かは明らかになるため、正当な理由がなければ貴族も無理はできないのだそうだ。


 そういった知識をマリエルから教えてもらった渡は、ウィリアムがとりあえず無事そうでホッと胸を撫でおろした。

 他の取引先を作ることはできるが、ウィリアムは右も左も分からない渡を騙さずに、それどころか便宜を図ってマリエルたちとの縁を紡いでくれた人だ。

 できれば今後も親密な関係を保っていたかった。


「それで、渡様はどうしてこちらに? なにか急な用件でしょうか」

「はい。王立学園のモーリス教授に、この甘味を届けていただきたいんです」

「ああ、先日言っていた。分かりました。すぐに届けさせましょう」


 ウィリアムには先に簡単なお願いをしていただけに、すぐさま行動に移してくれた。

 きっちりと貴族相手にも通じる身なりの整った従業員がすぐに呼ばれ、足早に店を出ていく。

 打てば響くようなやりとりに、渡は嬉しくなった。


「しかし忙しそうですが、良かったんでしょうか」

「ええ、渡様に割けない時間はありませんとも」


 ニコニコと機嫌良さそうに笑ったウィリアムが、忙しさの理由を教えてくれた。


「実は当商会の砂糖と珈琲が東の隣国ウルリッヒの貴族様に大いに気に入られましてね。それが縁で隣国の貴族様の輿入れの品を提供することが決まったのです! これが成功すれば我が商会も大店の仲間入りですよ!」

「へえ、おめでとうございます」


 きっと名誉なことなのだろう、ぐらいの感覚だった渡だが、その内実は驚くべきものだった。



――――――――――――――――――――

季節ネタを終えて、物語がこれからグングンと進んでいく予定です。

ウィリアムの興奮の理由とは……?

お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る