第29話 クリスマスプレゼントを気づかれずに届けよ!

 十二月も半ば以上が過ぎ、年の暮れが近づいていた。


 異世界の催し物であるクリスマスについて、すでにマリエル達には説明していた。

 天王寺はイルミネーションがあったり、クリスマスに向けてセールがされていたりと、明らかに雰囲気が変わっていたからだ。


 すると、その中で一番に反応したのは、渡の予想通りと言うべきか、エアだった。


「ねえねえ、主ー、今晩うちにサンタさん来るかなー!?」

「さあなあ。エアがいい子にしてたら来るんじゃないか」

「分かった! アタシいい子にしてる! マリエルー、家事手伝うっ!」

「あら、それじゃあ洗濯物を畳むのを手伝ってもらえる?」

「ラジャっ!!」

「わ、私も手伝いますわ! あっ、ちょ、お姉様邪魔しないでくださいまし!」

「クローシェはいいよ。アタシがやるからぁ!」

「仲良くしろよ!」


 エアとクローシェの手伝い競争が突如として発生した。

 役割分担すればいいのに、つい一緒にしてしまうのは、二人が幼馴染だからだろうか。


 エアの反応を子どもっぽいと笑うことはできない。

 向こうの世界では、神聖な存在や精霊は実際に存在するのだ。


 ステラの目には地球でも小さな精霊などは見えるらしいから、神秘の色濃い大昔には、サンタクロースも実在したかもしれない。

 だからこそ、渡の説明をエアは疑わなかったのだろう。


 クリスマスの夜にプレゼントをくれる素敵な存在。

 エアとクローシェはワクワクとしながら、その日を待っていた。


 これはどうやってプレゼントを渡せばいいだろうか。

 今さら子供向けのマーケティングでした、などと夢を壊すようなことも言えない気持ちになってしまった。

 あまりにも純粋に信じる二人の気持ちを裏切りたくなかった。


 大きな靴下を用意してベッドの足元に吊っている。

 事前にサンタさんに希望する欲しい物について聞いた所、エアはゲームのコントローラーが欲しいという話だった。


 どうせならと、渡は良いコントローラーを調べてみて驚いた。

 一つに数万円するのだ。


 そしてクローシェはベルトを欲しがった。

 元々色々なベルトに荷物を引っ掛けて持つスタイルを好んだが、体を締め付けられる感触が良いらしい。

 今度真っ赤な革の首輪も夜にプレゼントしてやるつもりだ。

 きっと顔を真赤にしながら、いそいそと付けてくれることだろう。


 かつての自分の稼ぎなら絶対に買えなかったな、と思った渡だが、今の収入では十分に購入できる額だ。

 いまだ庶民的な金銭感覚の渡だったが、この半年ほど、とても良くしてくれているエアとクローシェの希望を応えるのに惜しくはない。


「問題はどうやって寝室に入るかだなあ」

「エアの感覚の鋭さだったら、気付いてしまいそうですね」

「クローシェの鼻もごまかすのは大変そうだ」

「わたしの気配遮断の付与の指輪を使ってください」


 渡の相談に乗ってくれているのがマリエルとステラの二人だ。

 二人は渡の反応から、サンタの非実在性をすぐに見抜いた。


「二人には先に渡しておくよ。マリエルにはヘアブラシだったな」

「ありがとうございます、ご主人様」

「ステラには本当にボディオイルの詰め合わせでいいのか?」

「ええ。こちらの世界の商品が分かれば、わたしにもアレンジできますから」


 見抜かれた二人には先にクリスマスプレゼントを手渡しておく。

 本来嘘を見抜くのに優れた耳や鼻を持っているエアとクローシェがまったく疑わなかったのが不思議だった。


「あなた様、これを」


 ステラが小さな宝石の嵌った指輪を差し出す。

 付与術に用いられる宝石は、美しさとは比例しない。

 いわゆるクズ石でも十分な効果を発揮するらしい。


 差し出された指輪を右手の第二から五指まで四つも装着した。

 気配遮断が二つ、静音、臭い消しで四つだ。

 一つ一つがステラにできる範囲で、かなり高度な術式を施してくれている。


 これだけ重ねがけすれば、ど素人の渡でも最高峰の隠密が可能になる、とのことだ。

 もちろん、高度な技術を持ち、同じ付与の品を備えた隠密衆はさらに上を行く。


「なあ、これ俺じゃなくてステラがやってくれた方が、見つからないんじゃないか?」

「そこはご主人様がやってあげた方が良いですよ、きっと」

「はい。それにエアやクローシェもあなた様でしたら、警戒しないと思います。どれほど気配を殺しても、あの二人が心を許していない者なら近寄れないでしょう」

「そうかあ? まあそうかもなあ……」


 コソコソと寝室に入り込んで、靴下にプレゼントを入れている姿を見られるのは相当に格好悪い。

 だが、普段は渡の意見を尊重する二人に言われたら、渡もそんなものかと納得するしかなかった。




 皆でシャンパンを飲んだり、生まれて初めての七面鳥を食べてみたり。

 デザートにケーキを食べたり。

 そして久々に全員で夜を楽しんだ後、渡はリビングに戻ると、用意していたプレゼントを手に持った。


「それじゃあ行ってくる」

「健闘を祈ります」

「がんばってくださいねえ」


 サンタさんのプレゼントをもらうために、早めに抜けて眠りについたエアとクローシェの寝室に、渡は足音を殺して忍び寄った。

 その背中をマリエルとステラが優しい目で見守っている。

 ステルスミッションの開始だ。


 家の中ということで、施錠はされていない。

 ゆっくりとドアノブを回すと、渡は慎重にドアを開いた。


 すうっと、手入れされた蝶番の扉が音もなく開く。

 とりあえず、開けただけで気付いた様子はない。

 第一関門クリアだ。


 中をそっと覗いてみれば、横向きに寝ているエアは、すうすうと一定の寝息を立てて、熟睡している。

 だが油断してはならない。

 エアの耳は心音だけで人の感情をある程度読み取るほどに鋭敏にして精密。


 今も寝ながら、虎耳はひくり、ひくりと動いて周りの音を拾っている。

 ソロリソロリと、心は大怪盗。


 差足抜き足忍び足。

 呼吸を殺し、ゆっくりと慎重に体重移動を行い、少しずつ移動する。


 ゆっくりと時間をかけてベッドの足元にたどり着いた。


(ありがとな、エア)


 心のなかで感謝の気持ちを伝えて、靴下にプレゼントを慎重に入れた。

 包み紙と靴下が擦れて、カサリと音を立てないか……。


「むにゃ……あるじ……ごはん……おかわり」


 一体何の夢を見ているのやら。

 クリスマスということでマリエルが調理してくれた唐揚げでも食べているのだろうか。


 幸せそうな表情を浮かべるエアに和みながら、渡は部屋を出る。


「おねえさま……それはわたくしの……うぐぐぐ……」


 同じことをクローシェの部屋にもしたが、ふたりとも気づくことはなかった。




 翌朝。


「うわああああ、あるじー!! サンタ! サンタがプレゼントくれた!」

「わ、わたくしもですわぁ!!」

「良かったなあ。いい子にしてたからだぞ」

「アタシ全然気づかなかった! やっぱりサンタいるんだ!」

「わたくしも一応臭いで警戒していたのですが……どうやって気づかれずに侵入したのでしょう?」

「さあなあ。俺には分からん」


 朝一番から珍しく元気いっぱいに起きてきたエアとクローシェがリビングに駆け寄る。

 その姿を見て、思わずニッコリとしてしまった。


 すでに起きていたマリエル、ステラの二人と目が合い、頷く。


「主は!? なにかもらった?」

「あー、いや。俺は靴下も用意してなかったし、何ももらってない」

「え、そんな。主、可哀想……」


 しょんぼりと耳と尻尾を伏せてしまったエアには、少し申し訳ない気持ちになる。

 喜びに水をさしてしまっただろうか。


 だが、悲しむことは何もない。

 渡は胸を張って言うことができる。


「良いんだよ。俺は、お前たちに出会えたことがいっちばんのプレゼントだったんだから」


 ちょっとクサイかな、と思いながらも、渡の本心だった。



――――――――――――――――――――

というわけで、一足早いクリスマスイベントでした。

昨日はたくさんの★ありがとうございました。

週間ランキングが上がってきてますし、総★数が6666を超えました!

今回こそ受賞して書籍化したいですね。


そしてこの3日ぐらい連続でギフトいただいてありがとうございます。


さて、今月の限定公開記事は温泉編の続きに決めました。

毎回ネタをどうするか考えるの悩むんですよ……。

誰をメインにして書くか考え中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る