第27話 時と空間の回廊
ぼんやりと見ているだけで不思議な空間だった。
てんでバラバラな時刻を示す時計がいくつも宙に浮かび、それぞれ秒針が進んでいる。
柵の外側にある濁流は一定の流れながら、様々なものを飲み込んでいるように思えた。
ふっと、吸い込まれてしまったらどうなるのか。
そんな考えが渡の頭に思い浮かんで、慌てて頭を振って考えを振り払った。
とても恐ろしいことになりそうな直感がした。
おそらくは亀の獣人だろうか。
男が私的な空間に渡たちを招くと、椅子に座るように促した。
部屋は狭いように見えたのに、なぜかいくらでも人が入れる余裕があるようにも感じる。
「拙の名はプロガノ・ケリス。言いにくければプロ爺とでも呼んでくれば良い」
「アタシはエア! よろしくね! プロ爺の名前、変わった名前だねー!」
「こ、こらエア!」
「よいよい。拙のことを警戒しつつ、それを悟らせまいと、自分から距離を縮めようとしておる。なかなかできんことよ」
プロガノは口をパクパクと開け閉めすると、歯がカチカチと音を立てた。
どうやら笑っているらしい。
エアは驚いたように目を見開いていた。
そして、渡も同じく驚いた。
軽率な行いをする性格だと考えていたが、実際には計算されていたのだろうか。
たしかにエアはホンモノのバカではなかった。
過去には行き過ぎだと叱ったりもしたのだが、軽率だったのは自分の方だったのかもしれない、と反省した。
「俺は堺渡です。こちらは俺の奴隷のマリエル、クローシェ、ステラです」
「うむ。これほど多くの来客を迎えたのは本当にないことよ」
「ここは何処、いえ、どういった場所なのでしょうか。先程は時と空間の回廊と言っていましたが」
「左様。ここはどことも言えるし、何時とも言える。あるいは特定の時と場所とは言えぬ所よ」
禅問答のようだな、と思った。
あるいは、自分たちがいるこの場所が、それだけ不安定な状況にあるのか。
というか、この人は何者なのだろうか。
エアたちがほとんど存在に気づけず、よく分からない所に少なくとも数世紀もいる存在。
「俺たちはゲートを通ったら、気付いたらここにいたのですが、貴方が俺たちを招いたのですか? というか、貴方が神様なのでしょうか……」
「ふふふ、違う違う。拙は愚かな罪人に過ぎぬ。お主達がここにいるのは、時と空間の女神ゼイトラム様が、この場所を使うように許可したのであろう」
「ざ、罪人……? 許可!?」
「拙のことは置こう。ここはゼイトラム様が貢献を認めた者にだけ利用が許された場所よ」
「貢献ですか」
お地蔵さんを修繕したことだろうか、と思った。
自分が利用したいという気持ちも強かったが、大切な仏像彫刻を修繕できたのは、たしかに功績と捉えても良いのかもしれない。
「この鍵をあげよう。今後はゲートを開く際にここに来ることができる。この鍵があれば今まで通りの使用も可能だが、ここから好きな扉を開くことができる。ただし、扉の先の安全は保証しない」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではないかもしれない。心配なら自分の知っている出入り口以外は利用しないことだ。場所と時代については、扉の標識を見れば分かるだろう」
「失礼します。時代ということは、別の時代にも移動できるということでしょうか?」
「ああ、お嬢さん。その通り」
マリエルの質問に、プロガノは鷹揚に頷いた。
ここは様々な場所、そして時代に繋がっているのだという。
望めば超古代にも、そしてはるか未来にも出入りすることが可能なのだと言った。
「場所の移動はともかく、時間移動を拙はオススメしない。この身のように、幾星霜とこの場所に住むことになってもおかしくないからな」
「あなたは先程罪人と言いましたが……」
「左様。拙は過去に飛び……未来を大きく改変した罪を犯したのだ。それ以来死ぬことも老けることもなくざっと三十世紀ほどこの場所におる」
「三千年……!? なんて酷い……」
「なに、拙は旧亀族ゆえにな。元より長い年月を生きる。……それにこの身が犯した罪を思えば、むしろこの罰は温情よの」
プロガノの目が遠くを見た。
はるか昔、想像もできない時代を思い返す瞳だった。
「温情、ですか?」
「まあ詳しくはいつか話す時が来るかもしれんな。お前さん達の時代はこの通りじゃ。場所は好きなところを選ぶと良い」
これ以上は話したくない、と暗に断られて、渡たちはその場を辞去する。
「あっ、ご主人様、これ私の元領地の近くですよ」
「へえ。本当か」
「ええ。ご主人様が言っていた農園をお願いするのに良いかもしれません」
「あっ、アタシとクローシェの故郷も行けそうだよ! ニシシ、ご主人様、アタシの家族と挨拶する……?」
「あ、ああ……そうだな。ちょっと考えるよ」
「はわわわ……わたくしは帰りたくありませんわ……! 今の状況を知られたら、死ぬまで殺されてしまいます!!」
エアとクローシェの一族に挨拶するのは、したいもののかなり怖い。
マリエルの両親は経緯が納得していただろうが、エアとクローシェはかなり不本意に捉えるだろう。
友好的に歓迎されるならともかく、敵対関係になりたくない。
なにより、どうなってもエアとクローシェを手放したくはなかった。
「じゃあ、南船町に戻ろうか」
「ああ、最後にお前さん達に伝えておこう。一度教会に行きなさい。その鍵を見せれば、悪くはされないはずだ」
「分かりました」
頭を下げて、渡達は扉を潜った。
ここに来たときのような不快感はなく、いつものゲートを潜るように、一瞬にして南船町の見慣れた祠へと出ることができる。
先程までの経験が夢のようなひとときに感じられた。
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太陽神、ヘスポス
時と空間の女神、ゼイトラム(Zeit und Raumから)
女神様の名前は初出だったはずですが、すでに別名で既出だった場合、ご指摘ください。
なお、エアが実はバカじゃなかった説が出てきましたが、彼女の場合は深く考えてよりも本能的にやっています。
次回は「温泉(仮)」になる予定です。
作中外を含めて、ステラを伴っては初めてです。
その後はクリスマスと正月回をやりたいところ。
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