第26話 ゲートの先に

 榊原千住がお地蔵さんを直した後、飛田新地へと足早に去ってしまった。

 うっきうきの弾んだ足取りだっただけに、相当楽しみにしているようだった。


 その後ろ姿を見送った後に、渡たちは祠との機能が回復しているか、確認を行う。

 世話になったお地蔵さんを無事に修復したいという気持ちももちろんあったが、異世界とのゲートを使えるようになってほしい、という気持ちもまた当然のようにあった。

 情の部分と利(理)の部分がこの時同居していた。


「エア、誰もこっちを見てないよな?」

「うん。全然意識してないね。こうして話してるのにも、とくに反応はなさそう。クローシェは?」

「わたくしの鼻でも、特に驚きや不信を思わせる感情の臭いはありませんわ」


 お地蔵さんが力を取り戻していたのは、明らかだった。

 まず、他者からの認識阻害がハッキリと機能していた。


 天王寺というそれなりに人通りの多い場所だけに、渡たちの前にはそこそこすれ違う人がいる。

 これまではまったく存在に気づかなかった人たちも、お地蔵さんが壊れていたときは、あれ、こんなところにお地蔵さんがあったんだ、と首を傾げ、また立ち止まっている渡たちに不思議な顔をしている者が多かった。


 だが、今ではまた以前のように、まるで特に注意を払うものなど何もないかのように、多くの人が素通りしていた。


「どうやら大丈夫そうだな」

「後はゲートを利用できるかどうかですが……こちらも大丈夫そうですね」

「なんか音を立てて、早く来いって手招きしてる」

「うーん……これは大丈夫でしょうかぁ」


 渡がお地蔵さんを見ながら言うと、マリエルが同意を示し、エアは苦笑いを浮かべながら、ひとりでに開いていたゲートを指さした。

 これまでも渡たちの意思に従うように、自動的に開閉を繰り返していたゲートだが、今はまるで入るのを待ちわびているように、自ずから開いていた。


「どちらにせよ確認しなきゃならないんだ。行くぞ」


 渡の号令に従って、エアとクローシェがまずゲートをくぐった。

 いつも危険を冒させているなと思いながら、渡たちもすぐその後に続く。


(えっ!? なんだこれっ?)


 渡は声を出したつもりだったが、その音が響くことはなかった。

 視界がグニャリと歪み、天と地の感覚が失われる。


 自分がアメーバのように溶けてしまったような、不思議な感覚に襲われていた。


(マリエルー!? エアー!)


 俺は一体どうなってしまったんだ……。

 マリエルは、エアは、クローシェは、ステラは無事なのか……!?


(クローシェ、ステラ、誰かいないか? 聞こえないか!?)


 不思議な感覚に包まれながら、渡は大切な彼女たちの心配をした。

 だが、誰からも返事はかえらず、反応すら得られない。


 上下も左右も分からず、己の感覚すら曖昧な中で、一人。

 渡がゲートを潜って、時間にしてはほんの数秒でしかなかったが、渡自身の体感では、数分は続いていた。


 まだお地蔵さんの働きに問題が残っていて、その不具合に巻き込まれたのか。

 ゲートの不具合に、マリエルたちが巻き込まれ、酷い事態に陥ったら……?


 想像した恐怖に、ヒヤリと頭が冷えた。


 そして、不意に終わりが訪れる。


「うおっと!?」


 眠りから覚めたときのように唐突に。

 渡はその場に立っていた。


「主っ! 大丈夫?」

「あ、ああ。エアとクローシェは?」

「わたくしたちは問題ありませんわ。ああ、マリエルとステラも大丈夫そうですわね」


 すぐさま周囲を確かめると、マリエルたちは無事に立っていた。

 そして、渡の後から続いていたマリエルとステラも、同じ場所に現れた。


 それだけでほっと胸を撫で下ろすだけでなく、自分は大丈夫なのだと安心を覚える。

 彼女たちの存在が、渡の心の支えになっていたことを、改めて自覚する。


 誰か一人でも欠けたら、とてつもないショックと不安に襲われるだろう。

 今更誰かを手放すことなど、考えられなかった。


 自分たちの身の安全を確認できて、ようやく周りに意識を向けることができた。

 だが、視界に入ってきた情報に圧倒されてしまう。


 あまりにも予想していた、南船町の祠の景色と違ったためだ。


 どこまでも扉が続く細長い回廊。

 扉と扉の間にあるのは壁ではなく、胸の高さの金属の柵が巡らされているが、その先に見えるのは、何らかの濁流だった。

 見果てぬ先には沢山の時計や歯車が浮かんでいて、あえて名をつけるなら、時計ミュージアムの展示といったところか。


「ここ……は?」

「どこなのでしょうか……。不思議な場所ですね」

「全然気配がないよ……。ん? アレ? あっちに誰かいる?」

「そうですわね。非常に臭いも薄いですが……たしかに人がいそうですわ」

「行ってみるか」


 回廊を歩く。

 いくつもの扉には、それぞれプレートで部屋名が書かれていた。

 扉を開いて覗き込みたい衝動に襲われるが、渡は自制した。

 右も左もわからない現状、下手に手を出すのは大変な事態を引き起こしかねない。


「おや、珍しい……。ここに来客があるとは」


 ふと、回廊の奥に小さな空間が広がっていて、そこに白衣に身をまとった若くとも老いても見える不思議な男がいた。

 周囲とは似つかわしくない、生活感の漂うスペースだった。


 男の身長は低く、背中に大きな甲羅を持っている。

 のっそりと椅子から起き上がると、男はゆっくりと一礼してみせた。


「ここは時と空間の回廊である。せつ以外の人を迎えるのは、一体何世紀どれほど振りであろうか……。客人よ、歓迎するぞ」



――――――――――――――――――――

お地蔵さんが直って、まさかの展開に?

果たしてこの時と空間の回廊とは?


次回「時と空間の回廊(仮)」お楽しみに。


カクヨムコンが始まって、今作を応募しました。

思えば昨年の十二月一日に連載を開始し、六十万字更新しました。


今年こそ出版に繋げたいところです。


また、レビューを続けて2件いただきました。

本当にありがとうございます。m(_ _)m


今は読者の方向け企画があり、レビューを書いていただけると、5,000円のAmazonギフトカードに当選するチャンスがあるそうです。

すごく励みになるので、よければ★やレビューいただけると幸いです。

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