第24話 大仏師、榊原千住 中
榊原千住は部屋に入ると座布団の上で胡座をかいた。
長く床の生活をしているのか、それとも仏師ということで禅でも組んでいるのか、座り方が非常に様になっている。
榊原の目が、ジロジロと渡からマリエルたちへと移動して、固定されていく。
興味深そうな表情を浮かべて、凝視する様は遠慮の欠片もなく、少し異様だ。
付き従っていた弟子が慌てていたが、師匠を制止することも難しいのか、ペコペコと頭を下げていて、少し可哀想に見えた。
「へえ、こいつぁ不思議な顔立ちばかりだな。微妙に出自が分からねえ。嬢ちゃんら、どこの生まれだ?」
「あの、いきなりナンパは止めてもらえませんか?」
「おいおい、オレをそういう俗物として見るんじゃねえよ。まだまだシモは元気だが、人様の女に手を出すほど落ちぶれちゃいねえ。純粋な好奇心だよ、こーきしん。これでも俺は諸国を放浪して、いろんな人間を見てきた。人を見ねえで仏様は彫れないからな。だが、こいつぁ初めて見る。まるでこの世の女じゃねえ、天竺か涅槃の女みたいだ」
べらべらと喋り始めた榊原だが、その内容には渡も驚いた。
初対面でマリエルたちが地球人ではない、と見抜ける人間が果たしているものなのか。
マリエルたちは表情こそ変えていなかったが、内心は驚愕していただろう。
いま顔を見合わせれば、それを肯定したも同然だ。
渡は必死に平静を保とうとした。
突然の訳の分からない話に弟子がついに動いた。
いいぞ、早く止めろ。どうせならもっと早く動いてくれ。
「お師匠、それほどにしておきませんと、お客様に失礼ですよ」
「チッ、わあったよ。うるっせえな」
「あとで奥様に言いつけますよ」
「カアチャンはヤメロ! 喧嘩になんだろうが。おう、オレが榊原だ。お前さんが堺か」
「ええ、そうです。今日は無理を言って、会っていただいてありがとうございます」
「まったくだぜ。俺はもう今後三十年は仕事に困っちゃいねえんだ。むしろ断りたくて仕方ないんだぞ。綾乃の嬢ちゃんが悪い話じゃねえからって言うから、仕方なく会うだけ会ってやろうと思ったんだが……」
「忙しい中ありがとうございます」
普通は遠慮してこうもあけすけに話さないものだが、榊原の辞書に遠慮の文字はないらしい。
立て板に水のごとく、べらべらと流暢に舌が回り、次々に言葉が吐き出されていく。
そして、渡の後ろを眩しそうに見た。
「しかし創作意欲を刺激する奴らだぜ。特にお前だお前」
「え、俺、俺ですか?」
榊原がビシっと渡に指を突きつけてきたものだから、驚いた。
マリエルやエアたちならば、話は分かる。
不快ではあるが、美しいものに興味や関心、あるいは情欲を抱くのは、人として自然なことだ。
だが、まさかその相手が自分だとは。
渡は嫌そうに表情を歪めた。
どんな性癖を持とうと勝手だが、その対象が自分になるのなら話は別だ。
TSもメス堕ちも興味はない。
「お、俺はノーマル、いや、ストレートですよ。ご遠慮します」
「バカ野郎! そういう話じゃねえよ! オレだって女のほうが良いよ! 若え姉ちゃんが一番だよ」
「奥さんに言いつけますからね」
「マジでヤメロ! あいつ薙刀出してくるだろうが!」
あけすけな話に、ぼそっと弟子が釘を差した。
「お前、ナニか憑いてるんだろ」
「は、憑いてる? ツキは昔からあるほうですね」
「はぁー……自覚ねえのか」
露骨なまでに溜息をつかれてしまった。
失礼な人だなあ、と腹立たしくも思うも、人の印象をまったく頓着しないのは、元からなのか、あるいは才能がそれを許したからだろうか。
「まあ気付いてねえなら、良い」
「ちょっと、教えてくださいよ。中途半端に言われたら気になるじゃないですか」
「言われたって気づけねえよ。オレはインドで気づいたが、自分で時が来りゃいつか気付く。そういうもんだ」
「はぁ……」
悟りとかそういうことだろうか。
あるいは、幽霊でも憑いてるのか。
悪いものという印象はなかったし、異世界に移動できる不思議な体験をしているのだ。
むしろ良いものに違いない、と言い聞かせた。
「でだ、どこの地蔵を直せば良いんだ?」
「え、やってくれるんですか?」
「とっくにそう言ってんだろうが!」
いや、言ってませんよ。
機嫌を損ねたくない渡は、否定したくなる気持ちをぐっと堪えて、マリエルに目配せした。
すぐに住所と外観写真の写ったプリントを、マリエルが鞄から取り出して渡す。
榊原は出された紙をひったくるように取ると、すぐに目を通した。
話のテンポが独特すぎて、ついていくのに疲れる。
マリエルと目があった時に、ほんのわずかに頷きが返ってきた。
マリエルも困惑しているのだ。
気持ちは皆一緒かと思うと、少しだけ落ち着くものがあった。
「ふうん、見事に欠けちまってるなあ、おい! 罰当たりなやつだぜ」
「お、俺じゃありませんよ」
「分かってるよ。まあ修繕だけならすぐできるだろうが……これは播磨本御影か?」
「写真を見ただけで石の材質と産地まで分かるんですか?」
「当たり前だろ」
当然のように言い切られて絶句してしまった。
花崗岩製が多いということは渡も調べて知っていたが、産地まですぐ分かるものなのだろうか。
やはり、このひとは少し見えているものが違うのかもしれない。
失礼な人、という印象から、腕は確かなのだな、と少し認識を改めた。
「大体は分かったが、やっぱり生で見ねえと、写真だけじゃわからねえなあ! よし決めた、明日大阪行くわ!」
「ちょ、し、師匠」
「オレは抜けるから、明日の段取り頼むぞ」
「………………はぁぁああああああああああ……分かりました。うう、後で絶対文句言われるよ……」
無茶振りされるのには慣れているのか。
あるいは諦めているのか。
長い長い溜息とともに、泣きそうな表情を浮かべる可哀想な弟子に、渡たちの同情の視線が集まった。
だが原因は自分たちなのだ。
下手な発言はかえって失礼だろう。
マジでご苦労さまです。
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果たしてお地蔵様は直るのか!?
更新優先で文章がちょっと荒いけどお許しをー(´;ω;`)
あと近況報告で、これから登場するキャラのイラスト公開中です。
https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16817330667756830163
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