第23話 大仏師、榊原千住 前

 綾乃小雪の紹介で、渡たちはようやく大仏師、榊原に会うことができた。

 榊原の工房は京都市内にある。


 渡たちの住む大阪の天王寺から京都までは、電車に乗っておよそ一時間ほどで着く。

 マリエルたちにとっては、何気にこれが初めての府外への移動だ。


 榊原との対面は午後の時間帯を希望されたため、渡たちは午前中に京都に移動して、少し観光を楽しむことに決めた。

 せっかく府外に出るのだから、少しでもマリエルたちに楽しんでもらいたかったのだ。


 窓から見える景色の変化を物珍しげに眺めていたが、同時に乗客たちも、色とりどりの美女であるマリエルたちを、チラチラと眺めていた。

 変化の付与が間に合ったのは僥倖だったな、と渡は思った。


 おかげでステラの長い耳も、エアやクローシェたちの耳や尻尾も人目を引くことなく、として認識されているようだった。

 それでもその秀でた外見から、人々の意識を奪ってしまうのは避けられない。

 とはいえ、ただでさえ種族の特徴を隠してもらっている今、平凡そうな顔立ちにしてくれとは、口が裂けても言えなかった。


 工房に着くまでの間に、京都タワーや本願寺などを観光した。

 やはり巨大建築に感動するのは異世界人でも変わらないためか、マリエルたちの興奮は相当なものだった。


「これがご主人様の住むニホンでの宗教建築物ですか。木造だというのが信じられないくらいすごいですね」

「うひゃー! ほんとに高い! アタシ高いところ大好き!」

「お姉様はよくこんなギリギリの所に立てますわね。でも本当にいい眺め」

「あなた様……申し訳ありません……」


 ニホンウニャーギなど、地球から異世界に生物が一部移動している影響か、マリエルたちのニホンの発音は流暢だ。

 マリエルは地球での風土や歴史にも深い興味を示していたからか、興奮や喜びも他の奴隷たちよりも大きい。

 一々感心し、目を輝かせ頬を上気させながら、由来や歴史を調べている。


 エアはただただ移動や巨大なものに喜んだ。

 この辺り、本当に単純というか、ある意味で純粋な楽しみ方をしている感じがする。


 クローシェも楽しんでいるが、その程度はマリエルほどではなかった。

 どちらかと言えば、クローシェの場合はエアの反応を楽しんでいるところがある。


 ステラにいたっては人混みに最初は不安そうな表情を浮かべて、渡の後ろにピタリと引っ付いて、隠れてしまっていた。

 かつてのトラウマをなにかしら刺激してしまったのだろう。

 自分を卑下しないように努力しているのは知っているし、トラウマが根性論でどうにかならないことも渡は知っていた。


 これについては、時間とともに少しずつ解決するのを待つしかないだろう。

 だが、そんな状態でありながらも、電車やエスカレーターなどの構造を見ては、「これは錬金術で応用が利くかもしれません」などと言って、鼻息荒く目を輝かせていた。


 また、渡たちは着物レンタルもしてみた。

 外国人の利用は珍しくないらしく、店員たちは手慣れた動きでマリエルたちを着物姿に仕立ててくれた。

 ただ、豊満な体型のせいで、着崩れしないようにするのは結構大変なようだった。

 イラストなんかでは胸が飛び出た着物をよく見るが、実際はどんどんと着崩れてしまって、だらしなくなってしまうのが避けられない。腹の辺りに大量のタオルを詰められていた。


 あと、渡が気になっていた尻尾の問題は、どうも上手く誤魔化せたらしい。

 エアとクローシェがステラにお礼を言っていたから、何かしらの魔法を使ったのかもしれない。


 お昼御飯には湯豆腐や湯葉、京漬物を出す店を訪れた。

 京都観光はまだまだしたい所だが、約束の時間が迫っていた。


 異国情緒ならぬ異世界情緒に包まれて、一行は笑顔だった。


 ◯


 京都市内、大きな寺はいくつもある。

 その一隅を借りて、榊原の工房はあった。


 大型の仏像も造られているのか、巨大な倉庫や工場のような外観の工房だった。

 弟子の一人が渡たちの話を聞いていて、案内をしてくれる。


 さらっと工房についても見させてくれたが、非常に広い空間に沢山の弟子の仏師が集まって、木像を彫っていた。

 なんと足場まで組まれていて、上部を彫ったり、着色したりするらしい。


 大仏師が棟梁になぞられるのはなるほどもっとものようだ。

 一つの家を建てるように、多くの職人を指揮して、巨大な仏像を造り上げていくのだ。


 榊原は木像も石像も、青銅像も造詣が深いと弟子が誇らしげに教えてくれた。


 ちゃんと面会室があるようで、案内された部屋はとても静かだった。

 畳敷きの十畳間に、座布団と机が置かれて、すぐに茶が出された。

 寒い冬に熱めの香り高いお茶が美味しい。


「こちらでお待ちください。師が用事が済み次第参ります」

「案内ありがとうございました」

「「ありがとうございました」」


 渡たちはほっと表情を緩ませながら、お茶を飲んで待った。


 榊原千住。

 はたしてどんな人物なのだろうか。


 綾乃からは悪い評判は聞かなかったが、独特なところがある、と注意を受けた。

 少しして、弟子をひとり伴って、榊原が部屋に入った。


 無理を言って面会を叶えた形になったからか、部屋に入ってきた榊原は非常に不機嫌な様子だった。

 じろりと渡の目を見る、その視線が鋭い。

 だが、ふと視線を横に移してマリエルたちを見た時、表情がにわかに緩んだ。


「ふほっ、吉祥天様のような女たちだな!」



――――――――――――――――――――

長らく更新おまたせしております。

ちょっと原稿が遅れてます。(´;ω;`)


カクヨムコンに参加しました。

今年こそ書籍化のチャンスを得たいと思い、頑張ります。


また、読者さんのレビュー投稿にすごい額のチャンスがあるみたいなので、良かったらレビューしてください。よろしくお願いします。


榊原千住がマリエルたちを見て吹き出した理由は、次回に。

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