第22話 意外な接点

 仏様の像を石や木、あるいは絵画として残す者を、仏師という。

 東大寺南大門の阿形像、吽形像を作った運慶快慶などは代表的な仏師の一人だ。


 大仏師とは、一流やベテランといった尊称であり、同時に大工でいうところの棟梁を表す、役職に相当する言葉でもあり、少々ややこしい。

 榊原の場合は尊称として呼ばれているようだった。


 榊原千住の経歴を調べてみたところ、現在は六十二歳。

 ただし記載された写真の顔つきは若々しく、目に生気がある。

 短く刈り上げた髪は染めていないのか白髪が多く、肌は日にやけていて、健康そうに見えた。


 京都工芸繊維大学を卒業後、インドや中国を遍歴して修業を重ね、日本に帰国してからは仏教寺院の数々の石像を手掛けてきた、その筋では日本でも指折りの高名な仏師であるようだった。


 京都に工房を構えているということで、渡は早速連絡を試みた。

 エアの勘働きは野性的なもので、常人には捉えられないものも捉えている。


 剣豪が他人の立ち姿をちらっと見ただけである程度の実力を把握するように、エアの超人的な感覚は、ホームページに掲載された写真などから、言語化できないながらも、その実力を推し量っているのだろう。


 そのエアの推薦だ。

 野性的な勘に全幅の信頼を寄せる渡に、疑問を挟む余地はない。

 エアが本気で勧めるなら、渡は弾幕飛び交う戦場にだって駆け抜けることができるだろう。


 ただし、事態はそう素直にうまく行かなかった。

 電話に出た女性に依頼の件を伝えると、丁重に断られたのだ。


「すみませんが、先生は現在あたらしい依頼を受けつけておりません」

「そこをなんとかお願いできませんか? 早急に修繕していただかないと、どうしても困る事情があるんです」

「とは言いましても、現在方方ほうぼうから依頼を受けておりまして、五年先ほどまで予定が埋まっております。すでに長く待っていただいている方々かたがたを差し置いて、お受けするのは難しいかと思われます」

「そうですか……」

「知り合いの仏師の方か、榊原の弟子であれば、ご紹介してみましょうか?」

「ありがとうございます。ただ、訳あって、どうしても榊原さんにお願いしたいのです」


 知り合いの仏師か、弟子なら紹介しても良いとのことだったが、渡としても半端な仕事では、異世界との連絡手段を失いかねない。

 ここで折れるわけには行かなかった。


 仕方なく、ひとまずは場所と依頼したいお地蔵さんの状態を伝え、本人の意向を聞いてもらえるように伝えて、その場は終わった。

 渡としては、落胆を押さえられない成り行きとなった。


 ◯


 風向きが変わったのは、しばらく様子を見ていた日のことだった。

 渡が執務室で。在庫の補充ができない慢性治療ポーションを誰に販売するか悩んでいた時、マリエルが入室し、意外な報告があがった。


「ご主人様、この榊原という方について調べてみたところ、以前にうちに温泉の素を購入された、綾乃小雪さんと面識があるみたいですよ。綾乃さんに仲介をお願いしてみるのはどうでしょう」

「マジで!?」

「はい、マジです」

「…………そうか。マジか」

「マジマジです」


 椅子から飛び上がって驚いた渡だが、その感情もマリエルの至極まじめな顔で、マジですなどという発言を聞いて、スッと覚めてしまった。

 丁寧な話し方を崩さないだけに、似合わないことこの上ない。

 マリエルは分かって言っているらしく、ニヤッと笑みを浮かべた。


 渡は椅子に座りなおして嘆息すると、詳しい情報を求めた。


「どういう関係なんだ?」

「数年前に、日本の職人についてのドキュメンタリー番組の取材で、綾乃さんが訪問されていたみたいです。有料配信もされているようで、それで詳細が分かりました」

「そうか! 意外な接点だったが、業界の一任者ならそういう取材が来てもおかしくないよな。一度綾乃さんの線で依頼を聞いてもらうだけ聞いてもらえないか、頼んでみる」

「面識のある人からの頼みなら、門前払いされることはないでしょう」

「よくこんな情報を見つけてくれたな。ありがとう」

「いいえ。ご主人様のお役に立てて嬉しいです」


 エアの直感を無駄にしなくて済むかもしれない。

 渡はゲート復活の頼みの綱がまだ残っていることに、ホッと息を吐いた。


 温泉の素も補充がきかない商品だけに今後が心配だが、綾乃の声掛けでゲートが再通すれば、問題は全部解決する。

 なんとしても骨折りしてもらわなければならなかった。


 早速綾乃にメッセージを送った渡に、マリエルが楽しそうに話しかける。

 役に立てたことを喜んでいるのか、嬉しそうな笑みだった。


「ご主人様も今後はポーションで有名になって、取材されるかもしれませんね」

「俺自身はいいけど、マリエルたちの存在をどうやって隠すんだよ。取材は受けても顔出しNGにするしかないな」

「ああ、そうでした。私は奴隷の立場に不満はありませんでしたけど、こちらだと拙いのですよね? ……でしたら、私が本妻ということでいかがですか?」

「エアたちは側室か?」

「いいえ、ただの住み込みのお手伝いさんです」

「ひどい女だな」


 不意に妖艶な笑みを浮かべたマリエルが、シャツの胸元を緩めながら近寄ってきた。

 ゆさっと飛び出た乳房が揺れ、深い谷間が目に入る。

 体のラインに合わせて立体裁断されたマリエルのシャツは、胸元が飛び出て見える。


「そう、私は悪い女です」


 マリエルの目が楽しそうに渡を誘惑していた。

 渡はひとまず考えを中断すると、その誘いに乗ることにした。


 息抜きにちょうどいいだろう。

 異世界と繋がるゲートが不通になって以来、渡も強いストレスに悩まされていた。


 シャツのボタンを一つずつ外すと、綺麗な刺繍がされた真紅のブラジャーがあらわになる。

 ブラをずらすと、バルンバルンと乳房が飛び出て、美しい桜色の乳首があらわれた。


 マリエルは頬を上気させながら、興奮にぺろりと唇を舐める。


「こんな悪い女を、ご主人さまはどうされるのでしょう?」

「自分の立場を思い出させてやらないといけないな」

「増長した奴隷にお仕置きしてください。ご主人様……」


 いっぱいお仕置きした。


――――――――――――――――――――

この落ちは二回目!


それと、思ってたところまでたどり着けなかったです。

普通に考えて、そんな有名な人が飛び入りで依頼は受けてくれないよな、と思うとワンクッション挟まないといけなくなりました。



次回こそ、『大仏師、榊原千住 前(仮)』の予定です。

ちなみに、綾乃小雪さんは若井満さんとクリスマス前にわっふるわっふるしてるみたいですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る