第21話 お地蔵さんの秘密①
お地蔵さんに突如として浮かび上がった文字を、渡はなんとか苦労しながら書き写し終えた。
気になったのは、一部分だけ文字に欠けがあったことだ。
異世界の祠で紋様に問題が起きていた時にゲートが不安定だったことから、お地蔵さん本体の損傷も問題だが、この文字に欠けが生じたことで、異世界へと繋がるゲートに支障が起きたのだろうと推察できる。
問題は、その文字をしっかりと認識できたのが渡だけだったことだ。
渡の言うことを疑うような彼女たちではないが、自分ひとりの目でどれだけ正確に写せているのかは、疑問が残る。
物事を正確に写すのは、多くの人が思っている以上に非常に難しい、高い技術を要する。
「やばいな……手が震えそうだ」
「ご主人様、文字は消えそうなんですか?」
「いや、今のところはそんな気配はないな」
「でしたら、ゆっくりと時間をかけてやってください。私、飲み物を買ってきますね」
「ノートとペンも買ってきてくれ。タブレットだと書き慣れてない……」
ほとんどの人間は、無意識に書きやすいように、捉えやすいように物事を歪めて見てしまうためだ。
また、もし正確に捉えられても、それを正しく書き写すにも、また高い能力が求められた。
美術家やイラストレーターにデッサンの練習をするのも、これらの技術を高めるためだ。
そして、渡にはそのような能力はない。
もしかしたら文字の形状、わずかなトメやハネに意味が含まれているかもしれない。
ただでさえ失敗できない問題だけに、渡は必死に書き写した。
「二人はさっき、うっすらと見えるという話だったが、どれぐらい見えたんだ?」
「言われてみれば何かがあるような気はしますが、ご主人様のようにハッキリと見えてはいません」
「わたくしもですわ。魔術的な要素でもなさそうです」
「……そうか、クローシェはある程度魔術を使えるんだったよな」
渡の言葉にクローシェが頷いた。
純粋な魔法使いではないが、クローシェは魔術を使える剣士、いわゆる魔法剣士のような役割ができる。
感覚的なものだけではなく、一族の長の血筋ということで、教育も受けていた。
「ステラのように専門的な技術はありませんけど、これでも人並み以上に扱える自信はありますわ」
「そのクローシェから見て、先ほど見えたものは魔術的な要素を感じたか?」
「……古代魔術の一種だとは思いますわ。ただ内容が高度すぎて理解できないことがまず最初に。そして、文字にも見覚えがありませんの」
「異世界の文字は普通読めるはずだけど、マリエルもクローシェも読めないのか?」
「おそらくは、たやすく量産されないように、翻訳の権能が及ばないようにされているのかと思われます」
「そうか……。そういえば、俺も祠の文字は読めなかったな」
マリエルの言葉に渡は納得した。
時と時空の神は使用者に制限を課していたと言うし、世界を繋ぐゲートには、相応の制限があっても当然のことかもしれない。
「そういう対策をするぐらいなら、もっと壊れないようにしていて欲しかったけどなあ……。祠の結界みたいなのが、どうして作用してなかったんだろうなあ……」
「人除けの結界自体はあったのですから、綻びが生じていたのかもしれませんね。それかルールの穴をちょうど衝かれたか」
渡の嘆きに、マリエルが答えた。
時と時空を司る神なら、それこそ風化にも耐えて欲しい、というのはわがままな要望なのだろうか。
ともあれ、一歩前進だったのは間違いなかった。
大切な情報を手に入れたことで、渡は帰宅して情報共有をはじめた。
特にステラの意見が聞きたかったし、その情報を元にして、エアの探してくれた候補を厳選したい。
「ステラ、できるだけ正確に模写したつもりだが、何か気づいたことはあるか?」
「これはおそらく呪文になっていますねえ。ここの文字と、こちらの文字、それとこちらとそちら、それぞれが同じようにわたしには見えますぅ。何かしら意味のある文章になっているのではないでしょうか」
「たしかにな」
「よければ、わたしが時間のある時に解読を試してみましょうか?」
「よろしく頼む」
「うふふ……。お力になれそうで嬉しいです」
おっとりとした口調とは裏腹に、ステラの目は真剣に文字を追っている。
変化の付与の術式の仕事もあるというのに、一気に仕事が積み重なってしまって心苦しかったが、今一番頼れる存在なのは間違いなかった。
「どちらにせよ、お地蔵さんの修繕には高い技術があったほうが間違いありません。できれば専門的な知識を持った方が望ましいでしょう。こちらから何かお願いするにしても、最低限度の技量がなければ、叶わないと思います」
「そうだよな」
渡は最初、すぐにでも直したい一心で、近くの石屋に頼もうと考えていたが、考えを改めた。
落ち着いて考えれば、安易な修復は致命的な結果を招きかねない。
とはいえ、仏像彫刻については伝手も知識もない。
渡の知り合いでも、そのような技術職に知識のあるものはいなかった。
「主、探したけど、どの人がいいのかやっぱりアタシには分かんないよ」
「そりゃそうだよな。パッと見て雰囲気で良さそうな人はいたか?」
「うん。こっち側に分けた人はなんとなく良さそうな人。こっちはビミョーな人」
「それだけでも大助かりだ。ちなみにエアの野生の勘で一番ピンと来た人は誰だ?」
「この人! いい面構えでティンときた!」
エアがタブレットを操作して、ホームページを開いてくれる。
そこには石像の専門家、
――――――――――――――――――――
次回はお地蔵さんはどうなるのか。
『大仏師・榊原千住 上(仮)』の予定です。
冬になるとメンタルが落ち込みやすくていけませんわ。
日曜日は14時間ぐらい寝て、ようやく元気になりました。
あと、ランキング上がってました。
沢山の★ありがとうございます。
また、ギフトもありがとうございました!
もし渡が近くの石屋に頼んでいたら……? という答えに、近況ノートに分岐ENDがあります。
https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16817330667225629321
あと、ついに頼んでいたイラストが一枚届きました!
ステラの媚薬漬けムラムラ我慢吐息イラスト
https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16817330667509583148
こちらは後日(BANされない程度に)SSを書く予定です。
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