第20話 祠の秘密 下

 この半年ほどで、何十回と行き来したお地蔵さんに、渡は向かった。

 人通りのさほど多くない裏通りの一角に、ぽつりとそのお地蔵さんの石像が建っている。

 瓦屋根と木柱で上が覆われて、雨は遮られていた。


 一応は大切に扱われているわけだが、最初に見かけたときもゴミが散乱していて、手入れがされているとは言い難い状況だった。

 お供物がされているところを見かけたことがない辺りからも、存在が浮いてしまっていたのだろう。


 あれ以来、ゴミが落ちていたら渡たちは必ず拾っていたし、一度はしっかりと磨いたりもしたのだが、特に変わった点には気付かなかった。

 あらためて見ることでなにか手がかりがあれば、とは思うものの、あまり期待できそうにもない。


 なんといっても、エアとクローシェがゴミ拾いもしながら、しっかりと確認したばかりなのだ。

 それでも何か手がかりはないか、渡は再度確かめてみたかった。

 自分の目でしっかりと確認した上でダメならば、諦めもつく。


「壊れかけたところには触れないように気をつけて、確認してみようか」

「そうですね。不用意に触れて損傷が進むと大変です。なにか見つかると良いのですが……」

「わたくしはもう一度周りに破片が落ちていないか、確認してみますわ」

「頼む。しかし見たところ、他のお地蔵さんと大して代わり映えのない見た目なんだよな」


 お地蔵さんは道祖神としての役割も持つため、日本では際立って石像の多い菩薩の一つだ。

 その姿は立像であったり、結跏趺坐であったり、また一つのこともあれば、六つ並ぶこともあると、微妙に違う。


 その他にも、瓔珞ようらくと呼ばれるネックレスのようなものを提げていたり、如意宝珠や錫杖を持つ、子どもを抱くなどのパターンが見られる。


 渡たちの前に立つのは立像のものだ。

 今は一部が欠け、袈裟の辺りにヒビが入っている。


「分かっちゃいたけど、特にこれと言って変わったところは見つからないな」

「そうですね……」

「わたくしも探してるのですけど、やっぱり今のところ破片はなさそうですわ」


 やはり彫刻家や研究家に頼むしか手はないか。

 渡たちの胸中に、失意が膨らんだ。


 マリエルがスマートフォンを手に、お地蔵さんについて調べはじめた。


「ご主人様、お地蔵様を調べたところ、六道すべての世界、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道に現れて衆生を救うとあります」

「その辺りが、地球とマリエル達の世界をつなぐのに関係していたのかな」

「そうかもしれません。時と空間の神と同一なのか。あるいは異なる世界で通じるところがあったのかは分かりませんが……。また非常に多くのご利益がありますが、そのうちの一つに、衣食がたり、眷属から尊敬される、といったものもあるようです」

「……当てはまるな。知らない間に、沢山ご利益をいただいてたんだろうか……。気付かずにスミマセン。そしてありがとうございます」


 途中で買ってきた仏花とお菓子を備え、線香を焚き染める。

 綺麗にはしていたが、こうしたお供えをするのは初めてだ。


 ずっと以前から感謝していたのだ。

 その気持ちに偽りはない。

 ……どうせなら、もっと早くしておけば良かったと、渡は軽く後悔した。


「真言と呼ばれる秘密の言葉を三回、あるいは七回、または千回唱えなさいとあります」

「なんて言えば良いんだ?」

「オン、カカカ、ビサンマエイ、ソワカ、と」

「オン、カカカ、ビサンマエイ、ソワカ――オン、カカカ……」


 渡が真言を唱えた。

 しばらくは何も起きなかった。

 それでも、何も言わないより、ちゃんと作法は守った方がいい。


 渡は神社にもお参りするが、二礼二拍手一礼を守るタイプだ。

 一回、三回。そして、七回……。


 不意に、渡の視界が揺らめいた。


「うっ!? こ、これはっ……!?」

「ご主人様、どうかされましたか?」

「お地蔵さんに模様が浮き上がってる。こ、これ、祠でも見たやつだ!」


 渡はお地蔵さんを指さした。

 だが、マリエルとクローシェは突然何を言い出すのかと、不思議そうに首を傾げた。


「主様は何を言っておりますの? わたくしには何も見えませんけれど……」

「クローシェの言うように、私にも見えません」

「嘘だろ……。こんなにもはっきりと見えてる! ここも。ここもそうだ! 見えないのか?」

「いいえ……。すみません。私にはやっぱり、変化が分かりません」


 お地蔵さんの表面に浮き上がった模様。

 それは間違いなく、南船町の祠で見た不思議な模様と同じだった。

 お地蔵さんの土台から頭の先、背面までビッシリと描かれている。


 渡には現実としてハッキリと目に写っているものが、マリエルやクローシェには見えない。

 まるで自分だけが幻覚を見ているようで、ぞわっと背筋が粟立った。

 だがこれが本物だと、幻覚の類ではないという根拠なき確信があった。


「カメラアプリは……クソ、撮っても映らないか。何か書くものを、スマホのイラストアプリでもいい。すぐ用意してくれ! 目を離したくない」

「は、はい! ど、どうぞ。こちらです」

「主様には、何が見えておりますの……?」

「お前たちもさっきの真言を唱えてみろ。もしかしたら見えるかもしれん」

「……スミマセン。やっぱり、私には何も見えません」

「わたくしもですわ。ですが、主様には間違いなく見えているのですよね」

「ああ」


 呆然と見つめるマリエルとクローシェの視線に晒されながら、渡は急いでお地蔵さんの表面に映る模様を描き留めた。

 スマートフォン上に何枚もの画像ファイルが生成され、模様が描き写される。


 異世界の祠には写真が通用し。すでにデータは保存してある。

 後はこれらを重ね合わせれば、修繕が可能になるかもしれない。


「こ、これは……!?」

「たしかにうっすらと、何かがありますわ!?」


 突如として現れた希望に、渡は夢中になった。


――――――――――――――――――――

渡は日本人によくある、神仏を敬ってはいるけど、特定の宗教には信教していないタイプです(でした)。

今は何らかの大いなる存在を感じざるを得ない状況になっています。


ここ数日、毎日のようにギフトいただいており、ありがとうございます!

本当に感謝です。ランキングももーちょっと上がってくれると嬉しいです。


いただいてるギフト、またリワードは、全額イラスト依頼にぶっ込んでます。

十二月ぐらいからどこかしら掲載できるはず。


次回「職人、痺れる(仮)」です。お楽しみに。

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