第18話 渡の焦り
台車に多量の砂糖を積んで、マリエルたちのような美女が集まって立ち止まっていると、どうしても目立ってしまう。
渡たちはしばらくはお地蔵さんの前で様子をうかがっていたが、ゲートが開く気配も、人の視線を遮る様子もなかったため、一度その場を離れることにした。
一度砂糖を喫茶店に戻すように命じて、渡は自宅に戻っていた。
自宅に帰って仕事部屋に入り、椅子に座る。
もしかしたら、二度とゲートは開かないかもしれない。
もとよりどうして異世界と行き来できていたのか、仕組みが分かっていなかったのだ。
それこそ神の思し召しのような、奇跡の類だとは分かっていたが、こうもあっさりと手段を失ってしまうと、呆然としてしまう。
奇跡の類でも、人の手によって駄目になってしまうなんてことがあって良いのだろうか。
稼ぎの手段を失ってしまった。
はたして今後、マリエルたちの面倒を見続けることができるのか。
むしろ優秀な奴隷たちが稼いで、ヒモみたいな生活を送らないと行けなくなるんじゃないか?
ついには愛想を尽かされて、これまでは敬意と愛情を持って接してくれていたマリエルたちに、冷たい目で見られるようになるのでは。
いや、最悪の場合には、日本の奴隷制度がないことを理由に、自分の元から離れられてしまう可能性もある。
渡としては、これまでに手酷い扱いをした覚えはないし、向けた、向けられた親愛は本物だと思っている。
だが、その愛も永遠に続くわけではない。
誰も離婚しようと思って結婚しないのだ。
マリエルやエア、クローシェ、ステラに見捨てられる情けない自分。
愛情を取り戻そうと藻掻くも、かえって愛想を尽かされる嫌な未来予想が次々と頭に浮かんで、キリキリと胃が痛んだ。
「主、ただいま。今報告して良い?」
「ああ。頼む」
一足先に帰った渡と違い、エアとクローシェにはお地蔵さんの周りについて調べてもらっていた。
彼女たちの優れた感覚で、他の情報が得られる可能性が期待できたためだ。
だが、エアは気落ちした様子で首を横に振った。
肩を落とした姿に、期待した結果は得られなかったのがすぐに分かった。
「そうか。周りには破片はなかったか」
「うん。クローシェと結構探し回ったんだけど、誰かが蹴っちゃって掃除で棄てられたか、排水溝とかに落ちちゃったんだと思う」
「分かった。お地蔵さんの不思議な力の方はどうだ? 戻ってる兆しはあったか?」
「ううん……なかった」
「そうか、寒いのにわざわざ確認に行ってもらって悪かったな。ありがとう。マリエルが美味しい紅茶を入れてくれてるから、飲むと良い」
「う、うん」
気まずそうにエアが頷く。
だが、仕事部屋を出る気配はなかった。
不思議に思って顔をあげると、エアの目にみるみるうちに、大粒の涙が浮かんでいた。
渡はビックリした。
いつも明るく騒がしいエアがまさか泣くとは、思ってもいなかった。
「アタシが……アタシがもっと早く対処してたら、こんなことにはならなかったのかなぁ……」
「エア。それは違うよ」
「そうですよ」
「でも、アタシ変なやつがいるって気付いてたのにっ、そ、相談しなかったから……」
剣士として誇り高いエアにとっては、とてもショックだった。
ボロボロと涙を流し、声を震わせる姿は、とても弱々しく見えた。
渡は立ち上がってエアに近寄ると、抱きしめる。
グスグスと鼻を鳴らし、嗚咽を漏らしながら、エアは素直に抱きしめられ、体重を預けてきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい……!」
「エアの仕事は俺の護衛だろう? お地蔵さんを守ることは命じてなかった。それに、こっちの社会で暴力沙汰になるのは問題が多いって伝えたのも俺だ。エアが気に病む必要はないよ」
「でも、でも」
「ちょっとお待ちになってくださいまし!!」
エアが胸板に顔を押し付けながら、顔をグイグイ左右に振ったかと思えば、扉がすごい勢いで開き、クローシェが乱入してきた。
「クローシェ。扉はゆっくり開けてくれ」
「そんなことよりも! お姉様だけの責任ではありませんわ! わたくしも臭いで追跡している不審な男は確認しておりましたの! ですが、脅威ではないと見過ごしてしまったのはわたくしも同じです」
「だから、俺は責任を追求するつもりは――」
「罰を与えるというのならば、お姉様だけではなくわたくしにもお与えください!」
話を聞いちゃいない。
さて、じゃあどうやって二人の責任ではなかったと言ってあげたら、うまく解決するだろうか。
少し考えた渡は、ニヤッと笑った。
「その覚悟は見事だ。じゃあクローシェは罰として今日から一週間肉抜きだ。エアの分も合わせて二週間が良いかな」
「えええええっ!? ちょ、ちょっとお姉様とわたくしで態度が違いません!? そこはわたくしの責任ではないって言うところでしてよ!?」
「エアもそれでいいな?」
「うん。クローシェに任せた」
「お姉様あああああ!? わ、わたくしに罰をおっ被せましたわねええ」
「ふ、あは、アハハハハ!」
「ニシシシ!」
先程まで大粒の涙を流していたエアが、今はいたずらっぽい表情を浮かべて笑っている。
クローシェがどこまで狙ったのかは分からないが、ナイスアシストだった。
やはりエアが落ち込んでいると、全体の空気もどんよりとしてしまう。
渡はできるだけ態度には出さないようにしているが、臭いや心音から感情を読み取るエアには、渡の不安や苛立ちが筒抜けだったのだろう。
情けない限りだが、それでも動揺は押さえきれなかった。
見えない危機が背中からヒタヒタと少しずつ押し寄せてきているような、切迫感に襲われている。
頭をガシガシと書いて、現状把握に努める。
こういうときほど、落ち着いて冷静に対処することが大切だ。
エアとクローシェのやり取りを見ていて、渡はふっと肩の力を抜くことができた。
マリエルが柔らかな笑みを浮かべて、渡の横に寄り添ってくれる。
マリエルだって、両親と会えなくなるかもしれない、よく知らない異世界に取り残されるかもしれないのに、渡よりもよっぽど肝が据わっている。
「幸いなことに、ポーションの備蓄は十分にあるな」
「はい。今のペースですと、半年ほどは供給できると思います」
「つまり、そこまでにこちら側の供給体制を確立すれば良いわけだな。難しいがまったくの不可能じゃない。ステラには負担をかけそうだが……」
「山の管理もしっかりして、できた畑から順次栽培を進めましょう」
「そうだな。薬草は冬場は栽培が難しいって聞いてたから、春前ぐらいにはじめたい」
現状、慢性治療ポーションの製造にはまだ成功していないが、ステラは作り方を知っているし、製造に必要な機器は用意できている。
薬草類の栽培にさえ成功すれば、供給問題がクリアできる可能性は大いにあった。
もちろん、特定の薬草の栽培に失敗する恐れも、まだまだ考えられるのが心配のタネだ。
これまでは種植えや株分けが失敗しても、異世界から新しく購入すれば、いくらでも補充ができる状況だった。
ゲートがもし再度開かなければ、今手持ちのもので成功させるしかない。
とはいえ、種は袋で購入しているし、何度かチャレンジする余裕はあった。
問題は異世界側だ。
行き来ができない以上、まったく供給できる手段が存在しない。
「砂糖と珈琲豆の備蓄は今日明日どうにかなるわけじゃない。二ヶ月ぐらいは猶予があるか……?」
「そうですね。ウィリアムさんに前回、供給量の限界についてお伝えしておいたのが良かったです。あのまま規模を拡張されていたら、一週間ほどで倉庫に置いていた在庫が尽きてしまったかもしれませんから」
「それまでにすべきことは何だ?」
「まずはお地蔵様を修繕して、力が戻るか確認するのが先決でしょうか? 後は、他のお地蔵さんでできないか調べてみることも大切でしょう」
「そうだな。俺は修繕できる職人を探してみる。墓石を販売する業者か、彫刻家、文化財保護をしている学芸員の人なら、直せる可能性がある。……俺は諦めないぞ」
悩んで落ち込んでいても仕方がない。
俺にはマリエルやエア、クローシェ、ステラを食べさせる必要がある。
やるべきことを、一つ一つ着実に実行していく。
上手くいく保証はどこにもない。
あるいはすべて失敗してしまうかもしれない。
結局のところ、今は状況を整理しただけで、何一つ事態は好転していないのだ。
それでも渡は、自分の弱気が吹き飛んだのを感じた。
――――――――――――――――――――
珍しく土曜日も更新。
さすがに昨日の内容で更新お休みすると、皆さんに申し訳ないですからね。
ただ、前向きにはなりましたが、危地はまったく変わってません。
はたして渡たちはゲートを復帰できるのか?
次回「作者が眠すぎてタイトル思いつきません(仮)」です。
★★★、コメント、SNS宣伝、よろしくお願いします!
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