第17話 閉じたゲート
寒くなると、朝目覚めるのがツラい。
だから、タイマー設定で予約されていた空調が室温を快適な温度まで高めてると、比較的寒さに震えずにベッドから起き上がることができる。
だが、それでも布団の温もりと、人肌の温もりは捨てがたい。
女体の柔らかさを感じながら、ゆっくりと渡の意識が覚醒していった。
「ふぅ。めちゃくちゃ反応良かったな……」
隣ですやすやと眠る、掛け布団に包まれたステラの寝顔を見て、ふと渡が呟いた。
昨夜の激しい乱れ具合が嘘のように、とても満ち足りた幸せそうな寝顔をしている。
ぐっすりと眠っていて、起きる気配はない。
優しく髪を撫で、頬の感触を楽しむ。
口の中に入っていた髪の毛を優しく払い除けてあげる。
昨夜はとても刺激的な一夜になった。
褒めるだけで勝手に感極まって絶頂状態になる女だ。
直接肌を合わして好意を伝えたら、常時頭ハッピーセットの
終盤には、渡も加減を忘れて十分に愉しんだ。
たとえ過剰でも、反応がいいのはマグロよりもよっぽど嬉しい。
「ほら、起きろ。朝だぞ」
「んむ……ほわ……おはようございますぅ」
「おはよう、ステラ」
「ああ……朝からご尊顔を拝めて幸せです……んんっ❤ あなたさまぁ❤」
駄目だこりゃ。
ステラが顔を見てうっとりとした。
肌を重ねれば、少しは生身の人間として過剰な尊崇も薄れるかと思ったが、どうもそう上手くは行かなかったようだ。
もはや個性として受け入れるしかないのだろうか。
上体を起こしたステラから、掛け布団が剥がれた。
窓から差し込む朝日に背後から照らされて、見事な上半身があらわになった。
豊かな双丘が陰影を帯びて、ツンと立った乳首やくびれた腰回りが光に照らされる。
特徴的な長い耳に、青と赤の左右色違いの瞳。
後光を浴びたその姿は、一種神聖な美を讃えていた――のだが、昨夜を思い出してビクビクと体を震わせる反応で、色々と台無しだった。
「はぁっ……。夢のようなひと時でした」
「俺も良かったよ。さあ、シャワーを浴びて準備するぞ」
ぽっと頬を染めるも、気を失ったりしない辺り、少しはマシになったのだろうか。
◯
朝食はフレンチトーストだった。
たっぷりと国産牛乳に漬けたパンをフライパンで焼いたそれは、ふわふわしっとりとしていて、少し苦味の強いワタルブレンドのコーヒーと良く合った。
「マリエルはもともと料理上手だったけど、最近すごく美味しくなったよね」
「ありがとうございます。こちらのレシピを沢山読んで、ご主人様好みの味が少しずつ分かってきました」
「これが胃袋を掴まれるってやつか……。良いお嫁さんになるよ」
もとより手放すつもりなど欠片もないが、マリエルをますます失えない。
奴隷の立場を開放して出ていかれたら、渡は泣いてしまうかもしれなかった。
耳をピクリと反応させたエアが、目を細めて意地悪そうに笑って渡に言った。
「アタシも作ってあげようか?」
「エアの料理は豪快だけど、それはそれで美味いよな。異世界か、山に行った時作ってもらおうか」
「うん! 任せて!」
「わ、わたくしも作りますわよ」
「張り合わなくていいぞ……いや、ほんとに。マジで」
意外というとエアには悪いが、野趣あふれる料理ではあったが、エアも肉料理に関しては上手だ。
獣や鳥の丸焼きに関しては、鋭敏な感覚をフルに活用して、絶妙な火加減で
そして、ムキになるクローシェはというと。
……これはとても残念だった。
マリエルが言うに、センスが無いわけではない。
だが、一族のお嬢様だったクローシェは料理の経験が皆無だったため、基礎の基礎から教えてもらっている状態だ。
優れた嗅覚は調理にも活かされているため、今後料理上手になる可能性は十分にあるとのことだった。
「えへ……うふふ……」
ステラについてはよく分からない。
話を聞く限りでは自炊も相当していたようだが、今は虚空を見つめて、時折ニヘラと気持ち悪い笑みを浮かべては自分の体を掻き抱いていた。
それでいてハムハムとフレンチトーストも食べているのだからよく分からない。
当初は心配していた渡たちも、今は奇行に馴れてしまって、誰も反応しない。
今日はいつもよりもさらに怪しいが、それすら日常風景の一つとされていた。
これで本当にここぞという時は役に立つのだから、よく分からない相手だった。
◯
ガラガラ、と音を立てて台車が進む。
多量の砂糖袋を積んだ台車を押しているのは、エアだ。
クローシェとステラが左右、および後方の警戒を担当しながら、一行は進む。
変化の付与はまだできていない。
ステラは工房だけでなく、マンションでも作業を続けるつもりのようだから、近日中にはできるはずだった。
作業中の作品はまだ見ていないが、完成を楽しみにしている。
今は人目を集めてしまうが、それも今後解消されていくだろう。
変化だけでなく、気配遮断の付与も活躍する予定だからだ。
砂糖も珈琲豆も、順調に売上を続けている。
砂糖と珈琲豆については、単独行動も任せられるエアとクローシェが、度々運び込んでくれていた。
「あれ……?」
異変に気づいたのは、最初にお地蔵さんのゲートに入るはずのエアだった。
小さな小さな雨風よけの中にあるお地蔵さんの様子がいつもと違う。
「主、お地蔵さんがおかしいよ。こ、これ、欠けてる」
「うわ、本当だ」
「これは誰かが蹴りましたわね。……この臭い、もしかして、わたくし達の後をつけていた男じゃありません?」
「あ、そうだ! アタシもこの臭いには覚えがある!」
風雨とともに少しずつ削れていたお地蔵さんだが、強い衝撃を受けて、首から肩にかけてヒビが入り、袈裟の一部が欠け落ちていた。
破片は周りに落ちた後、誰かに蹴られでもしたのか、見当たらない。
下手に触れれば、さらに損傷は酷くなりそうな、危うげな気配が漂っていた。
「ひどいことするな……。いったいどうしてこんなことを」
「もしかして、ゲートの存在に気付いたのでしょうか?」
「……そうかもしれない」
自分たちを尾行していたのだ。
もしかしたら、ゲートの存在に、異世界の存在に気付いていてもおかしくない。
だからといって、なぜお地蔵さんを蹴る必要があったのかは分からないが、マリエルの予想が的外れとも思えなかった。
ゲートに驚いて錯乱していたかもしれないし、あるいは異世界で酷い目に遭って、その腹立ちをお地蔵さんの責任だと感じて蹴ったのかもしれない。
問題なのは、渡たちだけの秘密だったゲートの存在がバレたかもしれない、ということと、大切なお地蔵さんが傷ついているということだ。
「あ、主ッ! ゲートの雰囲気が変だよ!?」
「なんだって? 本当だ……。この現象は古代遺跡の奴に似てるな」
「ご主人様、安全を考えると、今すぐ使用するのは控えたほうが良いかと」
「分かった……。エアたちも入るのは止めておけ。すぐに戻ってこれずに分断されると後が大変だ」
「うん……」
「あっ……! き、消えましたわっ!?」
異世界をつなぐゲートの形が歪で、しかも短時間しか保持されていない。
お地蔵さんが損傷したことで、何らかの支障が生じているのは明らかだった。
それどころか、ジジジ、と異音を立てていたゲートは、ついにブツリと形を失って、消えてしまった後、再度開くことはなかった。
しばらく渡たちは何も言えず、愕然とお地蔵さんとゲートのあった空間を見ていた。
だが、ゲートが復活する気配はない。
それどころか、これまで人の意識を逸してくれていた能力もなくなったのか、通りすがる人が、立ち尽くす渡たちを不思議そうに見ていた。
王都の祠よりも、さらに明らかな異常事態だ。
「嘘だろ……。これはマジでヤバいことになったな。お地蔵さんを修繕すれば……直るのか?」
――異世界との行き来する手段が、途絶えた。
渡は自分の成功の大元が絶たれるのをヒシヒシと感じていた。
傷ついたお地蔵さんの目が、じっと渡たちを見つめている。
――――――――――――――――――――
ゲート、まさかの使用不可。
はたして不思議な力を持つお地蔵さんは直るのか?
それとも今後ずっと異世界には行けないのか?
次回「
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