第16話 錬金術の付与 後

 ステラが集中して針を動かす。

 布自体は選ばないそうだが、刺繍に用いる糸は、魔力の通りの良い物が望ましかった。

 幸いなことに、入手には特殊な伝手などを必要としない物だったため、ウェルカム商会で購入できた。


 一針一針、丁寧に動かす姿は真剣だったが、見ている側としては変化に少ない。

 渡はステラの作業姿を見ながら、隣に座るマリエルと小声で話す。


「彫金や彫刻にしろ、地味で時間がかかる作業みたいだな」

「高い効果を望まないなら、プリンターで一斉に作ったほうが良いでしょうね。インクに魔力の籠もりやすいものがないか調べてみるとか、箔押し加工なんかで調整できるか調べてみたら、世界が変わるかもしれません」

「それじゃ結局コストがかかりすぎないか?」

「それは規模でペイできるかと。それこそパソコンやスマートフォンの基盤やパーツにプリントできれば、ものすごい収益になるはずです」

「なるほど。たしかに半導体メーカーとタイアップすれば量産も可能だしな……魔力はどうやって確保するんだ?」

「それこそタメコミ草を原料とするなどの処置で解決できる問題ではないでしょうか?」

「たしかに。魔力について知ってる存在がいない以上、独占できる技術だしな」


 マリエルは急速に地球文化への知識を吸収しているから、今後の商売に関する相談をするには一番の相手だ。

 エアにはそもそも理解を深めようという意思がなく、クローシェはお姉様第一主義が強すぎる。

 ステラには錬金術師としての仕事が多く待っている。


 なによりも、渡も含めて誰もが、新しい環境に慣れていなかった。

 新しい世界、生活を知って馴染んで、何かを生み出すにはもう少し時間が必要だろう。


 渡も付与の術式の商売への展開を考えてはいるが、実際に実行に移すとなるとキャパシティを超えてしまうのは目に見えていた。


「どんどん新しいことができそうなのに、この身が一つしかないのが悔しいな」

「好事魔多しですよ。先日も週刊紙にバラされかけたところじゃないですか。一つ一つ、やるべきことを積み重ねていきましょう。私達の国に、『城は石ひとつ積むところから始まる』って言葉があります」

「へえ。こっちにも千里の道も一歩からって言葉があるよ」

「世界を隔てても、案外同じようなことで悩んだり失敗したり、それを諌めたりするものなんですね」


 コロコロとマリエルが笑う。

 頭の切れる美しい女性だが、笑うととても愛嬌がある。


 たしかに、現状でも精一杯に手を広げていて、問題もまだまだ山積みなのだ。

 できれば、ポーションの量産化計画を成功させて、渡の手が離れても大丈夫になる辺りから、次の手を打つべきなのだろう。

 新しい技術が魅力的だからと、つい脇道にそれてしまうところだった。


「マリエルにはいつも助けられてるな、ありがとう」

「いいえ、お礼は結構です。私の役目で、また私がしたいことですから」

「マリエル。その気持ちが何より俺は嬉しいよ」

「ご、……渡様」


 少し頬を染めて、マリエルが目を伏せた。

 マリエルの手が、そっと渡の太ももに置かれた。

 華奢な体が渡の方へともたれかかり、肩にことんと頭が乗る。


 服越しに伝わる人肌の温もりに、渡もまた軽く抱き寄せた。


「できましたぁ!」

「おっ!? そ、そうか! 良くやってくれたな」

「流石はステラですね。効果を検証するのが楽しみです」

「どうしましたかぁ? 二人とも顔が赤いですけど」

「いや、なんでもない」


 渡とマリエルは一瞬にして体を離した。

 ステラはエルフの優れた聴覚でも聞こえないほど、作業に没頭していた。

 そんな姿を横目にいちゃつき始めたのは、ステラの心情を思えば、あまりよろしくない。


 ドッドッドッ、と心臓が激しく胸を打つ音を響かせながら、渡は意識して平静を取り戻す。

 今回はテスト用ということで、簡易的な物を作ったようだが、作業時間は三十分ほどだ。


 変化の付与は術式が複雑な上に、必要とする魔力の出力なども高いため、刺繍というわけには行かず、彫刻や彫金が求められ、最短でも数日かかるらしい。


「よし、じゃあ早速試してみるか」

「あなた様、わたしが仮縫いしますね。上着をお借りします」

「頼む」

「はい。お任せください」


 うやうやしくコートを受けとったステラが、どんよりとした目でマリエルを見つめた。

 ああ、良いなあ、という口の動きは声にならずとも、マリエルにはしっかりと見えた。


 一刻も早く、渡にはステラに対処してもらわなければならない。

 ステラとマリエルのやりとりには気付かず、渡は新しい技術の検証にニコニコと笑っていた。


 ◯


 その日の山の気温は、お昼時であっても一桁台でしかなかった。

 吹き付ける風も強く、体感温度で考えれば、四度ぐらいだろうか。


 渡は検証のために服を一枚脱いで、コートを羽織って外に出た。

 途端に冷たい外気に身を曝されるが、肝心な冷たさはコートに弾かれていた。

 分厚いダウンジャケットに少しも負けない効果がある。


「おおお、これはスゴイな! ぜんぜん寒くない!」

「上手く行きましたねぇ。効果も想定通りに出ています」


 白い息を吹きながら、渡は軽く体を動かす。

 術式の効果はロングコート部分だけにしか発揮されていないが、十分な暖かさをもたらしていた。


「ポーションの試作に続いて、付与の術式も成功か。これは順調だなあ」

「ご主人様、ステラの実力あってのものですよ。彼女にはご褒美が必要かと」

「ご褒美ですかぁ? でも、これは高いお金をかけていただいているわけですし、当然の行いかと」

「いや、俺は奴隷であっても良い働きをしてくれたら、ちゃんと報いたい。何か欲しい物があるか?」

「ご主人様、僭越ながら、ステラには夜伽が一番の褒美になるかと」


 マリエルの提言に、ステラがぎょっと目を見開く。


「よよよよ、夜伽っ!? わ、わた、わたしがですか? わたしが、あなた様に……❤」

「おいおいマリエル、それが褒美にするのは失礼じゃないか? むしろ褒美になるのは俺になるぞ」

「褒められただけで法悦に達してるステラには、十分な褒美です」

「ああ、でもわたしの体なんてお見せしたら、きっと落胆して目が潰れてしまいます」


 ステラが表情を悲しげにして、一瞬にして落ち込んだ。

 まったく、いったいいつまで卑下しているのやら。

 渡の繰り返す言葉を頭では分かっていても、意識が切り替わらないらしい。


 それだけ長年の洗脳が、ステラの心を蝕んでいるのだ。


 渡もステラのような美女を前に、じっくりと落ち着いていくのを待つのは辛かったのだ。

 それでも、ゆっくりとコミュニケーションを繰り返していけば、次第に落ち着くと期待していたのだが。

 いい加減、手を出してしまっても仕方ないだろう。


 渡はステラの顔を軽く掴むと、優しく口づけした。


「――――っ!? ん゛んっ」

「いい加減その癖は治せ。お前が言って良いのははいだけだ」

「は、はいっ❤」


 驚くステラを無視して、唇を舌で押し開けて、口内へと差し入れる。

 恐れるように縮こまった舌にむりやり突いて絡めて、たっぷりと時間を掛けて刺激した。


 最初は驚いて緊張に固くなっていたステラは、徐々に体を弛緩させ、すべてを受け入れ始めた。

 色の違う二つの瞳が興奮に潤み、うっとりとした表情を浮かべる。


「どうだ。これでもまだ信じられないか? ……ステラ? おい、ステラっ!?」

「わらひ、ひあわへれした……❤」

「い、意識消失。し、心臓が止まってます……!」

「ステラァ! 起きろ! ステラァああああ!」

「ハッ……!? わたしはいったい……?」


 恍惚とした表情を浮かべて倒れたステラを前に、渡は激しく動揺した。

 ステラの名を呼ぶ渡の声が、人気のない山に響き渡り、一行以外に聞かれることもなく森と空へと吸い込まれていった。


――――――――――――――――――――

なおその夜、ステラは渡がおいしくいただきました。

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今回、付与の術式が地球でも制作できました。

これから面白い技術が次々に出てくるはずです。

良かったら、皆さんも予想してみてくださいね。


次回は『傷ついたお地蔵さん(仮)』です。

お楽しみに。

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