第15話 錬金術の付与 前

 山を買って、工房を構えてから、車での移動時間がとても増えた。

 クリスマスが近いということで、車内ではあえて、クリスマスソングメドレーを流すようにしている。


 初めて触れる異文化だからこそ、彼女たちには日本の日常を少しでも知っていてもらいたかった。

 同時に、渡も異世界の文化や風習、考え方について知っておいたほうが良いだろうと考えている。

 特に人種、種族が入り乱れる異世界においては、各種族によって禁忌とされることが異なる。


 知らずに禁忌を踏んでしまえば、相手が寛容ならばともかく、激発されても不思議ではない。

 まあ、渡が不用意なことをする前に、大体はマリエルが止めてくれるだろう、とは信頼しているが。


 山に到着すると、早くも只野は畑の開墾に取り掛かっていた。

 納屋のすぐ側で、耕運機を使って地面を掘り進める。


「社長、おはよーございます!」

「おはようございますー! よろしくお願いします!」


 元気な声で挨拶してくれながらも、手は止めない。

 耕運機は速度よりもパワーを重視したギアになっているのだろう。

 エンジンのぶぅううん、という大きな音を立てながらも、その速度は非常にゆったりしている。

 冬の冷えて硬くなった大地を掘り返していた。


「進行が速いですね。すでにこんなにも進んでるなんて、素晴らしい技術です」

「マリエルの故郷に持ち込んだら、喜ばれるか?」

「それはもう。いったいどれだけ畑が広がるか、想像もできません」


 個人栽培用の耕運機だが、それでもツルハシやシャベルと使って人力で掘り起こすよりもよっぽど速い。

 異世界では力の強い獣人族が畑の開拓が任せられるようだが、種族を問わずに開墾の力になるのは、十分に魅力的だろう。


 掘り返された黒々とした土はたくさんの栄養を含んでいるように見えた。


「畑の開拓と錬金術で、役割分担しようか」

「アタシは木を切るよー!」

「わたくしもお姉様と一緒が良いですわ! 室内よりも外のほうが合ってますし」

「エア、クローシェは伐採作業だな。ケガには気をつけろよ」


 驚くべきことに、エアとクローシェはチェーンソーではなく斧を使用することを決めた。

 人間離れした力の持ち主である二人にとっては、大きな伐採斧の一撃のほうが、はるかに早く木を切れるためだ。


 コーン、コーン、コーン、バキキ……ドドン!

 木を叩く斧の音が少し響いたかと思うと、木が傾いて倒れ、地響きを立てる。


 納屋のそばで作業を眺めていた渡は、ぽかりと口を開いてその作業を見守ることしかできなかった。

 おそらくは、只野もビックリして眺めていることだろう。


「わたしは付与の試作ですねえ。今回は『変化』にしなくてよろしいのですか?」

「ああ。構わない。ポーションじゃないけど、どんな変化があるか分からないからな。できるだけ易しいものからはじめてくれ」

「ふわっ……、り、了解しましたあ」


 うっとりとした目線も少し慣れてきた自分がいるが、同時にもう少し落ち着いていて欲しいところもある。

 いきなり往来でビクビクと震え、恍惚とした表情をされるのは、毎度のことながら驚くのだ。

 自分の役目をしっかりと自覚できれば落ち着くのではないか、と思って様子を見ているのだが、症状は改善が見られるどころか、悪化の一途を辿っていた。


「んくっ……。あなた様の期待にお応えできるように、身命を賭すつもりで取り組みますねえ」

「いや、そこまで必死にならなくて良いぞ」

「ふふふ、ご心配ありがとうございます。でも、わたしが期待に応えたいんです」

「そうか。俺はマリエルやエアにもいつも言ってるけど、失敗しても気に病む必要はないからな。俺自身が特にこれと言ってできることの少ない男だから、その辺りは割り切ることにしているんだ」


 フンスと鼻息も荒いステラの様子を見ていると、気負い過ぎではないかと少し心配になってしまう。

 渡は自分に特別な才覚のある人間だと思ったことはない。


 頑張ればどれも人並みにはできるだろうが、頭一つ突き抜けて自慢できるようなこともなかった。

 活躍するプロのスポーツ選手や創作家などを見て、自分とは違う世界の生き物のように、眩しく感じていた。


 今自分が恵まれているのも、運が良かったからに過ぎない。

 慢心や過信できる要素はどこにもなかった。

 たくさんのできないことを抱えているからこそ、他人の失敗にも寛容でいたいと思っている。




 ステラは納屋を改装した工房に入ると、先程までの頼りにならない姿から、気を引き締めたらしい。

 アヘ顔からキリッとしたエルフらしい一服の絵画の美人絵のように表情が切り替わる。


 キリッとしてたら、本当に美人なんだよな……、キリッとしてたら。

 このあたりの切り替えができるのは、安心できる材料だった。


 ポーションの作成と違って、付与は刺繍であったり、彫金や彫刻といった非常に細やかな作業を行うことが多いようだった。

 あるいは染めの技術を使って、非常に精密な紋様を描くことで発動させられるそうだ。


 ステラは今回、刺繍を行うつもりのようだった。

 たしかに布地を後で縫い合わせるなら、防寒の付与は行いやすいだろう。


 ふと渡は疑問に思ったことを尋ねた。


「この紋様っていうのは、正確であれば他人が作ったものでも発動するのか? たとえば俺がプリンターを使って印刷するとかってできる?」

「結論を言うと可能なんですが、ただ同じ模様を描けば効果が得られるわけではないんですねえ」

「まあ、それはそうだろうなあ」


 文字には意味を持ち、それが一種の力にも通じる。

 どうもこの錬金術の付与はプログラミングに似通ったところがあるようだ。


 深く理解した美しい術式は、正確な効果を反映させる。

 だが、実行しなければ、それは情報の羅列に過ぎない。


「描かれた術式の美しさや正確性も大切ですが、その記述の意味や・・・・・・世界への理解・・・・・・も効果に影響するんです。そのためどれだけ手先が器用でも、錬金術師ではないただの彫金細工師や大工、絵師に外注することは滅多にありません」

「世界への理解……?」

「ええ。ですからぁ、優れた錬金術は世界の法則に通ずる、と言われているんですねえ。逆に優れた職人や絵師が一つの真理に到達して、すごい効果のある術式を作ることもあります」


 人とはなにか、暑さとは、寒さとは、熱とは。

 そういった森羅万象の知識と理解が深まるに連れて、術式は自然とより高効率に、そして大きな影響を及ぼすようになる。


「異なる世界を識ったわたしが、どれだけ効果に影響するのか、楽しみです」

「逆効果になる可能性もあるのか?」

「十分考えられますね。でも危険のある術式じゃないので、その点は大丈夫ですよ」


 上手くできるのだろうか。

 国が違えば文化や風習が違うように、世界を跨げば、それこそまったく別物の常識が通じるようになる。


 エアやクローシェといった獣人、魔力という要素もあれば、エルフという長命種もいる。

 異世界のつもりで付与の術式に取り組んで、はたして同じような結果が残せるのかどうか、渡には分からない。

 だからこそ、一生懸命に取り組み、集中しているステラの姿を見ると、成功して欲しいと強く願わずにはいられなかった。



――――――――――――――――――――

エアたちが無邪気にじゃんじゃか木を切り倒し、ステラががんばる回。後編に続きます。


今回の更新で、フォロワーが12000人に到達しました!

沢山の方に読んでいただけて嬉しいです。


コメントも返信できる時間がなかなかないのですが、全て目を通しています。

ありがとうございます。


【お知らせ】

『エアのクリスマスプレゼント』というタイトルで限定近況ノート書いてます。

なんか本文の最後にリンクを貼ろうって公式が推薦してました。飛べるのかしら?

https://kakuyomu.jp/my/news/16817330666612566055


明日はマリエルで新しいの書かなきゃなあと思います。


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