第09話 漏洩の危機

 地球に戻って活動を再開した渡たちは、それぞれ忙しく日々を過ごしていた。

 渡はポーションの販売先の予定の調整と、山の管理を頼めそうな人探しがあった。

 マリエルは家事全般、エアやクローシェは異世界に運ぶ商品の運搬があったし、ステラは新しい杖の調整にかかりきりだった。


 それぞれがすべきことを一つずつこなしていたわけだが、パソコンのメールをチェックしていた渡は、最新の一件の内容を読んで目を見開いた後、訝しそうに貼られていたリンクをクリックした。


 中身を見て、思わず絶句する。


「なんやこれ……」

「ご主人様、どうかされましたか?」

「ちょっと待って。読んだら話すから」

「はい。ゆっくりどうぞ」


 心配そうに見つめる、仕事を手伝ってくれていたマリエルに応える余裕もなく、渡は記事を読み進めた。



『新手の詐欺か、それとも神の奇跡を賜った使徒か?』



 クリック先のそんなタイトルがつけられていたのは、大手週刊誌のWEBサイトのページだった。


 そこには一体どうやって調べたのか、実業家の祖父江や女優の綾乃小雪、格闘技家の飯田、幼馴染である遠藤に、笠松の名前も挙がっている。

 祖父江の髪の毛や綾乃の若返りは、ビフォーアフター写真が掲載されている。

 だが、これはWEB上でも話題になり、多くの映像が残されていたため、特に問題はない。

 しかし、遠藤と笠松にいたっては、レントゲンやMRI造影写真まで載っていた。


”今年は奇跡的なカムバックに成功した選手や、驚くべき変化を起こした芸能人などが多く現れた年だ。その変化を目にした者も多いだろう。これらの奇跡的な変化には、すべて同一人物が関係していると考えられている。大阪に本拠を持つその男は、神の手を保つ治療家なのか、あるいは新たな教祖なのだろうか? 記者が独自に入手した情報をもとに医学所見を聞いたところ、匿名医師のMは、「これは今の医学ではありえない」と断言した。(略)”


 記事には直接渡の名前こそ載っていないものの、同一人物が接触していたことが書かれていた。

 都市伝説や眉唾もののコラムのような扱いではあるが、実際に渡と接触し、ポーションを購入したものならば、誰のことを指しているのかはすぐに分かるだろう。


「いったい何処で話が漏れたんだ? NDAを交わしても話してしまうような迂闊な人はいなさそうだったけど、甘かったか」

「ご主人様が秘密にしていたポーションの販売が露呈してしまったのですか?」

「ああ。完全ではないみたいだけどね」


 販売する人数が増えるほど、秘密が露呈する危険性は飛躍的に高まっていく。

 そのリスクは分かっていたし、だからこその秘密保持契約だったのだが、それでもどこからか漏れてしまったのが分かって、渡はショックだった。


 それなりに信頼の置ける人たちだと思っていた。


 今のところ、その記事には渡自身の名前や顔写真が掲載されたわけでもなく、取材に応じた張本人も出ていない。

 取材で明確に答えた人物はいないのかもしれない。


 そのため、この記事はあくまでも憶測でしかなく真実だと証明されていないからか、大きな話題には上っていない。

 SNS上でも眉唾ものの荒唐無稽な話だと捉えられている。


 だが、大衆雑誌に掲載されたことで、今後同じような変化が起きた時、今回のこととリンクする人間が増えるだろう。

 そして、渡について、あるいはマリエルやエアたちの存在に目を向ける人間が出てくる可能性はとても高くなった。


 一番困るのは、製法を盗み出そうとしたり、直接的に儲けをかすみ取ろうとする裏社会の人間の存在だ。

 エアやクローシェといった戦力がいれば、十分に対抗できそうとはいえ、組織力はけっして侮れないだろう。

 なによりも直接的な手段に出てくればありがたいが、情報戦になったり、祖父母を人質にでも取られたらなす術がなくなってしまう。


「もしかして、アイツなのかな……?」

「エア、心当たりがあるのか?」

「う、うん。しばらく前に、なんか遠くから妙な視線があったから」

「言われてみれば、わたくしも怪しい気配を感じていましたわ。でも確証は持てませんでしたの」

「そうか……。尾行してる奴がいたのか……」

「ご、ごめんなさい」


 エアとクローシェが苦しそうな表情を浮かべた。

 耳も尻尾もペタンと落ちて、しょんぼりとしているのが分かる。

 きっと、自分たちが役に立てないことを悔やんでいるのだろう。


「別に怒っていないんだけど、どうしてすぐに気付けなかったのか理由は教えてもらえるかな?」

「うん……」


 渡は本当に怒っていない。

 それはおそらく感情に敏感なエアとクローシェであれば、すぐに分かっただろう。

 言葉に詰まりながらも、ポツポツとエアが話し始めた。


「最初はアタシたちって、男の人からすごく見られるから、そういう目なのかなって思ったの」

「分かる。いつもすごく見られるからな」

「で、なんか車に乗ってたり、同じ方向についてくることがあったから、これは怪しいなと思ってアタシも警戒してたの」

「わたくしもですわ。なんだかジロジロと見られてて、でも、わたくしたちが気付いて警戒しているのが分かってからは、顔を表さなくなったのです」

「そう。数ヶ月前に三日ぐらいかな。車に乗ってて後を尾行してくるのが分かったりしたら、報告しようと思ってた」


 大阪という都市は人も多く、臭いも音もあまりにも溢れていて、エアやクローシェといえど、距離が離れると明確に意識しない限り、追跡が難しくなるらしい。


 ましてや盗聴器や監視カメラといった、これまで未知だった監視方法については、素人に過ぎない。

 もしそういった対策までもしてほしければ、渡が教え、学べる環境を提供するべきだが、今までそこまでの必要性を感じていなかった。


「確証もないわけだな?」

「うん、ごめんなさい」

「いや、良いよ」

「申し訳ありませんわ。罰ならお姉様に代わってこのわたくしに! いかような罰でも受けるつもりですわ!」

「久々にクローシェの駄犬ぽい姿見たな……。お前、尻尾揺れてるんだよ。お仕置き期待してるんじゃないって」

「わ、わたくしは誇り高き黒狼族ですのよ! そ、そんなお仕置きで尻尾を振るなんて……!」

「マリエル、どうだ?」

「今もブンブン力強く振ってますね……全然隠せてません」

「くっ!? ああっ、お姉様の目線が冷たい!」


 ビクビクと体を震わせるクローシェだが、その表情には悲痛な様子は何処にもなかった。

 たしかに情報が漏れる瀬戸際ではあるが、渡たちの間にはまだ余裕が残されていた。




 一方。

 週刊誌に情報をたれ込んだ安高康平には、まさに今・・・・、直近の危機が訪れていた。



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思ってたよりも書くのに時間がかかりました。

ちょっと気温差に体調ヤラレ気味なので、元気が出る皆さんの評価、コメント付きレビュー、感想お待ちしております。

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