第08話 風竜の逆鱗杖

 モーリスがテーブルに置いた箱には、厳重な施錠と封印がされていた。

 くずし字のような複雑な文字が書かれた布がぐるりと箱を縛っている。

 それだけ貴重であり、力のある物だということだ。


 モーリスが慎重に布を外し、鍵を開けながら言った。


「私は約束は守る。ただし君、念押ししておくが、定期的な納入は忘れないようにね。対価は一度限りではないのだから」

「はい。毎月お届け出来るようにしておきます。ただ、製造の保証や私自身の事情の変化が予測できないので、五年ほどのお約束ではいかがでしょうか」

「そうか。まあいい。さて、これは本当にスゴイよ……」


 モーリスがパチン、パチンと音を立てて鍵が開くとともに、目に見えない圧力が感じられる。

 ぶわっと肌が粟だった。


 特別な感覚を持たない渡でさえ、なにやらヤバい・・・ことが察せられたのだ。


「これ、スゴいね」

「よくこんな物を持っていますわ!」

「おおっ……」


 エアやクローシェは耳をピンと立てて尻尾を膨らませて警戒態勢に入っていたし、ステラもじっと箱を凝視していた。


 バコっと音がして箱が開くと、中には青々とした光り輝く見事な鱗が一つあった。

 途端に部屋の中に、どこからともなく風が吹き付ける。


 バタバタとカーテンが音を立て、マリエルたちの髪がなびいた。

 顔に強い風を感じて、渡は目を眇めながら、鱗を見た。


「うろ……こ……?」


 あまりに大きな鱗に、思わず渡は呟いた。

 表面が研磨加工された宝石のように輝いているというよりも、鱗自体がわずかに発光している。

 とてつもない力を秘めているのか、光とともに照らされた鱗の中で、何か・・が渦巻いているのが見えた。


「千年以上を生きた風の古竜の逆鱗・・だ。特に風の操作には強く、あらゆる颶風ぐふうもそよ風も自由自在に操れるだろう。もちろん他の属性の操作も非常に容易になるし、小さな魔力で大きな魔法を扱え、火花のように小さな魔法だって簡単に使えるようになる。世界樹の古木の杖も合わせてあげよう。ステラ君、君は自分で魔術具の調整はできるかね?」

「え、ええ! で、できます!」

「よろしい。まあ世界樹の杖なら、この発動体にも負けないだろう」

「こ……こんな素晴らしい物が……わたしの物に……? 本当によろしいのでしょうか」

「ふん、あのアルブヘイムに負けない素材というなら、これぐらいは必要だろうからね。対価を要求した以上、私も生半可なものを渡して、あの店主に笑われては沽券に関わる」


 巨大な竜の逆鱗ということで、たとえ一枚でもその大きさは渡の握りこぶしよりも一回りほど大きい。

 たった一枚の鱗で、ビリビリと感じる圧力。


 これが生きている時なら、どれほど恐ろしい存在だったのだろうか。


 世界樹の古木の杖は長さがステラの顔ほどの位置まであり、正確に測れば一六〇センチ前後はあるのだろうか。

 歩くのを補助する用途ではなく、魔術を使用したり、近接武器として用いられることは容易に想像できた。

 長さから考えると、杖術よりも短槍術とかの扱いになるのだろうか。


「あの古エルフなら、この素材にまさる物を持っているかもしれないが、耳を折る目的なら十分に満たせるだろう。持ってみたまえ」

「はい。うわあっ、手に吸い付きます。それに魔力の流れ方がすごくスムーズで、遅滞なく即座に反応してくれる」

「お、おいおい。ここで魔力放出は止めてくれ。部屋に施している術式が乱れてしまう」

「あ、すみません。わたしったら、ちょっと興奮してしまって」

「まったく。空恐ろしい魔力量だな」


 おそらくは一流の魔術師であるモーリスが軽く慌てるぐらいには、ステラも才気に溢れた魔術師なのだ。

 モーリスの額に汗が滲んでいた。




 杖は非常に目立つが、いざという時に使えなくては意味がない。

 長さから背中で括るか、手で持つ必要がある。

 日本に帰るときには、ますます変化の付与が必須になりそうだ。


 頬ずりしかねないステラの嬉しそうな表情の横で、モーリスがニヤッと笑った。


「次に何か頼みごとがあるなら、一体どんな物が出てくるのか、今からとても楽しみだよ。私の度肝を抜く代物を期待している」

「は、ははは。お任せください。きっと満足いただけるものを用意しますよ。あ、ただ、食べ過ぎにはくれぐれも注意してくださいね。今回みたいに一気に食べるのは、良くありません」

「む、そうか。気をつけよう」


 チョコレートは人類の長い歴史のなかでも、最上位に位置する甘味の一つだろう。

 このレベルで喜んでもらう品が、そうそう手に入るとも思えない。

 ステラという新しい奴隷のためとは言え、大きな課題を残してしまった。


 できれば、このチョコ製品のバリエーションを色々と用意することで、モーリスの過度な期待は逸してしまいたいというのが、渡の本音だった。


「あなた様、こんなにも素晴らしいものを手に入れていただいて、心より感謝します。この杖でますますお役に立って見せますね」

「ああ。よろしく頼む」


 なんとまあ、本当に喜んじゃって。

 まあ良いだろう。

 感動にうっすらと涙ぐむステラの姿を見れたのだ。

 これで彼女の自信が少しでも満たせて、今後の仕事ぶりが上がるなら十分な対価だ。


 それだけの価値は、きっとある。

 そう信じることができた。


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感想で教えていただきましたが、なんと前回で二〇〇話を達成したようです!

カクヨムピックアップにも選ばれてたりして、とてもありがたいですね。


良ければ感想、レビュー、評価お待ちしております。


次回は「暴露(仮)」の予定です。

ついに、事態が動く……。お楽しみに。

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