第07話 モーリスに贈るお菓子、食ってみな、飛ぶぞ!

 モーリス教授に渡すお菓子には、一つだけ難しい条件があった。

 定期的に提供する以上、毎回王都に出向くのは難しい。

 南船町で配送を頼み、王都に到着するまで、間違いなく腐らないことが大切だ。


 冷蔵技術を考えると、いわゆる生菓子と呼ばれるタイプのものは提供できない。

 そう考えると、クッキーというのはかなり優秀なお菓子なんだよな。


 手軽に手に入るがとても美味しく、乾燥しているから日持ちもしやすい。

 ドライフルーツとかを入れてるやつは栄養バランスもそれなりに整う。

 お茶とも合って、理想的なお菓子の一つだ。


 それを上回るものを提供する、と言い切ってしまったからには、生半可なものでは満足してくれないだろう。


「もしかして、ハードル上げすぎたか」

「あ、あなた様……」

「心配するな、大丈夫さ。さて、それじゃあ何を贈ろうか? 俺もお酒より甘いもののほうが好きなんだけど、だからってすぐに思いつかないから、皆の意見を聞きたい」

「アタシはチョコクッキーが好き! だけど、今回はクッキー以上に美味しいものなんだよね? アイスとかはどう?」

「この冬にアイスもなあ……夏なら喜んでくれるの間違いなしなんだけど」

「アタシは暖房の効いたお風呂上がりに食べるアイス好きだけどなー」

「同じ環境を用意できないだろ?」

「えへへ、そっか」


 アイスはゲートを急いで移動して、ドライアイスなどを用意していれば渡せる可能性は十分にある。

 一度限りという条件であれば、非常に強力な武器になるだろうが、できれば一番美味しく食べてもらえる夏場の交渉材料にしたいところだ。


「マリエルはお菓子好きだよな」

「あ、あはは。お茶探しとお菓子を試すのが趣味になってますね」

「なにか意見はないか?」

「そうですね……少し考えます」


 渡の奴隷たちの中で、一番お菓子について詳しいのはマリエルだった。

 渡に美味しいものを提供するため、と言いながら、よくスーパーや百貨店なんかで買っている姿を見かける。

 リスのように少しずつ、サクサクと食べるのだ。

 その時の至福そうな表情は見もので、美しさよりも可愛らしさを感じてしまう。


 カロリー計算は得意なようで、ちょくちょく摘んでいる印象があったが、見た目には変化は見られない。

 直接見ているのでよく知っているのだ。


 たまに体重計に乗って「きゃあああっ!?」と悲鳴を上げている姿を見かけるが、それも数日で戻っているようだ。

 嗜む程度、と言っていた護身術が、実は渡基準だと相当強いということも、この時に知った。


 そんなマリエルならば、モーリス教授が喜ぶお菓子も思いつくかもしれない。


「そうですね……。あ、ではスーパーやコンビニでも売ってるアレなんてどうでしょうか?」

「ああ、なるほどな。定番ではあるけど、たしかに美味いな。バリエーションも豊富で飽きないし」

「アタシも美味しいし好きだな」

「わたくしも味は好みですけど、食べすぎると後で気分が悪くなるのですよね」


 たしかに美味しい。

 むしろ定番過ぎてなぜ考えが思いつかなかったか、自分が不思議だ。


 エアとクローシェも味については認めていた。

 クローシェの気分が悪くなるのは、狼としての体質が影響しているのかもしれない。


「夏場も日本に比べれば涼しいし、日持ちもするし、これで決定だ。モーリス教授に会いに行こう」

「あなた様、ありがとうございます」

「モーリス教授から最高の杖を手に入れて、あの偉そうなエルフの店主の『耳を曲げてやろう』な」

「はい」


 深々と頭を下げるステラの姿に、きっと満足の行くものを手に入れてやろうと、渡は誓いを新たにした。




 王立学園を再訪し、モーリスに会う。

 期待をもたせる発言をしたからか、モーリスは楽しそうにしていた。


 この期待に応えることができるのか、少し不安だ。

 基本的な味覚はこちらの世界でもほとんど変わらないが、一部の種族では禁忌となるものが変わったり、鋭敏すぎる感覚が仇になることもある。


「なんだね、この黒い炭のようなものは……。表面に美しいデコレーションがなければ、少し手を取るのに戸惑う色合いをしてるね」

「これが今回ご用意した商品、チョコレートです」

「ふむ、ちょこれーと」

「飲み物には少し濃い目のコーヒーを用意しました。さあどうぞ、食べてみてください。驚きますよ?」

「ふむ、そこまでいうなら……」


 用意したのは、そこそこ良いお値段のする贈答用のチョコレートだった。

 小粒のすべて微妙に違うチョコが美しく飾り立てられ、円状に並べられている。


 モーリスがゆっくりと、そのうちの一つに手を伸ばした。


「むっ。固くもなく柔らかくもないな」

「あまり長時間持っていると溶けてしまうので、早めに口に含んでください。噛んでいただいても、そのまま少し口に含んで、溶けるのを待っても構いません」

「分かった。……うむ、とろりとした、まろやかな甘さだな……む、むむっ、おおっ、噛むと中から何やら液体が出てきたっ!? こ、この芳醇な香りは果実酒かっ!? ふわりと漂う爽やかな香りと、果実特有の甘味と酸味っ、多層的な味わいの広がりがチョコレイトでデリシャスでビューティフルだ!」


 モーリスが目を見開いて解説し始める。

 時に唸り、時にぐっと目を閉じて味に集中するモーリスの姿は、傍目からはかなり奇異に映ったが、満足しているのは間違いなかった。

 よしよし。大分好評だぞ。


 見守っているマリエルが、そっとコーヒーカップを近づけた。

 モーリスはすぐに口に含み、舌に残った名残をコーヒーで洗い流すと、すぐさま次のチョコへと手を伸ばした。


 まるで飢えた人が食事に夢中になっている姿にも似ている。


「つ、次は柑橘類の皮かこれは……!? ナ、ナッツとの絶妙なコンビネーションだと……!?」

「……………………かゆ、うま……」

「うまっ……うまぁ……マジ……こんな……美味いものが世の中にっ……」

「君たちも食べないのかね? 飛ぶよ!?」

「はああ、この柔らかな口当たりは、トリュフチョコというのか……!! これは昇天しかねない美味さだ!」


 モーリスが次から次に食べていくので、贈答用のそれなりにボリュームのあるチョコレート缶がどんどんと減ってしまい、ついにはすべて無くなってしまった。

 こんなにも食べて、高血糖やカフェイン中毒は大丈夫だろうか。

 興奮冷めやらぬ様子のモーリスに、それまでコーヒーを飲みながら様子を見守っていた渡が話しかけた。


「一度に全部食べてしまったんですね。どうでしょう、相当気に入っていただけたようですが」

「…………………………」

「も、モーリス教授?」


 さすがにこれだけ熱中しておいて、文句はないだろう。

 そう思っているのに、モーリスは黙って答えない。


 まさかこれで満足できなかったのか……?

 少し不安になってきたところ、少しずつ笑い始めた。


「ふ、ふふふふ。負けた。負けたよ、完敗だ」


 ペシペシと額を叩くモーリスの姿には、老獪で怪しい魔法使いにも、また優れた学究の徒にも見えなかった。

 ただただ甘いものが好きな、一人の男性でしかない。


「こんなっ、こんなにも美味しいものが世の中にはあるのか。そしてこれが定期的に食べられるのだね。きっと与太話だと、そんなに美味しいものがあってたまるか、などと考えていた自分が恥ずかしい。やはり世界は広いな」

「そうですね。長期保存や輸送に向かず、現地でしか食べられない美味しいお菓子もまだありました」

「ほう。いつかそちらも食べてみたいものだ」


 ゆっくりと、あらためてコーヒーを口に含んだモーリスは、信じられないと首を横に振る。


「一体どこの何から、どうやってこんな物を持ってきたのかは知らないが、たしかに僕の予想を上回る甘さと美味しさだった。この勝負は君の勝ちだ。約束通り、アルブヘイムにも負けない素材を譲ろう」

「あ、ありがとうございます。気に入っていただけて本当に良かったです」

「お礼を言うのはこちらの方だよ。貴重な経験をさせてもらった」


 すでに用意していたらしいモーリスが、厳重に施錠と封印された箱をテーブルに置いた。


「まずは開けて、確認してみたまえ」


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(エルフの)【耳を曲げる】プライドの高いエルフの、種族を示す大切な耳を折り曲げることから、転じて伸びた鼻を叩き折る、鼻を明かす、などの意味。


 月末月初の多忙を抜けました。

 今月は企画の参加や同人誌の原稿締め切りなど、かなり忙しい用事が山積みで、ちょっと更新ペースが落ちるかもしれませんが、ご容赦ください。


 そういえば、先日Skebでエアのえっちぃイラストを依頼しました。まだできていないのですが、今から楽しみにしてます。

 今後皆さんから頂いたギフトとかリワードは、イラスト依頼に使用するつもりでいます。

 詳しくは近日中に近況ノートに書くつもりです。

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