第06話 ステラの気高さ

 ステラが驚愕の表情を浮かべて、モーリスを見つめた。

 その驚き様から、よほどの秘密情報なのだということは察せられた。

 しかし、神を相手にして効力があるとか、いったいどれほどの力が秘められているのだろうか。


 そして、モーリスがなぜそんな秘宝の情報を求めるのか。

 もし在り処が分かったとして、モーリスがどんな手に出るのか。


 色々な疑問が湧き上がり、モーリスへの疑念が高まる。

 ステラからだけではなく、渡からも目が向けられた事に気づいて、モーリスは肩をすくめた。


「さて、噂話で聞いただけだよ。それよりも、どうして断るんだね。悪い話じゃないと思うが」

「い、一族を裏切れません……」

「そのエルフたちが君の忠誠を裏切ったのに? 君は一族から棄てられたのだろう? おまけにアルブヘイムの店長から商品を買うことさえ拒絶されている。ひどい連中だ。わざわざそんな者たちの肩をもつ必要があるのかね?」

「そ、それは……」


 ビクリとステラが体を震わせた。

 以前にも聞いていたが、ステラは常に危険な最前線で戦わされ、十分な支援も受けていなかった。

 その上、他の一族の者は捕虜になった後もすぐ身代金を支払われたというのに、ステラだけが解放されなかった。


 エルフの一族の結束力から考えると、明らかな冷遇を受けていたのは間違いない。

 ステラ自身、そのことは誰よりも分かっていただろう。


「よく考えてみたまえ。別に物自体を渡して欲しいと言っているわけじゃない。ただ場所を教えてくれれば良いのだよ。どうせ厳重に保管していて、手出しできないのだろう? 君は自分をひどい目にあわせた一族に軽い仕返しができる。いい気味じゃないかね? その上戦力を高める貴重な魔法具を手に入れられるんだ。強くなってそこの主人に貢献できる。私が言うのも何だが、いい話だと思うぞ?」

「…………」


 まくしたてるモーリスに、ステラは答えなかった。

 ただ深く呼吸を繰り返し、自分の考えを纏めている。

 グッと眉間にシワが寄り、深く苦悩しているのが分かった。


 渡としては、ステラの気持ちを尊重したかった。

 モーリスの言い分にも納得できる部分は多い。

 言ってしまって良いのではという気持ちは、たしかにある。


 ステラの持つ情報にどれだけの価値を持つのか、渡には判断ができない。

 軽々しく言ってはならないことなのだろう。

 だが、アルブヘイムで見たエルフの店主の、あるいは道行くエルフたちのステラに対する反応に、強い嫌悪感を覚えていた。


 渡が命令すれば、ステラはそれに従うだろう。

 だが、この問題は外野が口出しすべきではないように思えた。


 マリエルやエア、クローシェたちも黙って、ステラの出す答えを待っている。

 どちらの判断を下しても、渡はステラの考えを尊重してあげたい。


 そして、ステラが顔を上げた。


「――たとえ裏切られてもわたしは裏切りません。相手が失礼な人だとしても、わたしは失礼な態度をとりません」

「ほう。やられっぱなしでも構わないということか」

「わたしは気高くありたい。……たしかに、里でひどい扱いを受けてきました。でも、だからって、知った秘密をペラペラと漏らす者になりたくはないんです」

「ふむ……そうか」

「こちらから無理なお願いをしているのに、お力になれず申し訳ありません。あなた様、私のせいで、貴重な機会を不意にして申し訳ありません……この罰はいかようにでも受けます」

「いや、俺には謝る必要はない。本当に立派な態度だと思う」


 ステラが深々と頭を下げた。

 その声からも、本当に申し訳なく思っていることが伝わった。


 あれだけ冷たい態度を取ってきた一族を前に、これほど誇り高い態度を貫けるのか。

 渡の心中には強い驚きと、そしてそんな女性が自分の味方にいることに頼もしさを覚えた。


 これなら、どれほどの窮地に陥ることがあっても、ステラは自分を見捨てないだろう。

 すでにステラが自分の命を差しだすことに躊躇を覚えないガンギマリ狂信者と化していることに気付かず、渡はその対応を素直に喜んだ。


 モーリスはそんなステラの言葉にうなずくと、軽く溜息を吐いた。


「ふむ……。君の気持ちはよく分かった。たしかに立派なことだと思う。合格だ」

「ご、ごうかく、ですかぁ?」

「うむ。大いなる力には責任がともなう。悪いがステラ君、君の誠実さを試させてもらったのだよ。君が私の誘いに乗って、大切な里の秘密を口外するようなら……。そんな危険な人物に、貴重な魔法具を渡すわけにはいかないと思っていた」

「早く言ってくださいよぉ……」

「それだと君の本心がわからないだろう? すまないね」


 キッと睨むステラに対して、ケラケラと笑うモーリスには、気負ったところがどこにもない。

 はたしてこの反応が本当なのか、あるいはステラが情報を渡せば、何らかの行為に移ったのかはまるで読めなかった。


 ちらっと渡はエアとクローシェに視線を送ったが、首を横に振られた。

 心臓の動きや臭いで感情を読む彼女たちでも、モーリスの本心は読めなかった、ということだ。


 あらためて、魔法使いを相手に、相手の本拠地で行動することの危うさを感じさせられる。

 これがあるいは外で出会っていたならば、真偽を確かめることも可能だっただろう。


 ゲートでの件から始まり、モーリスは非常に有能で、味方になってくれれば心強いが、心の底から信頼するには怪しさが残る。

 これで学園の教授という立場だから、よほどのことがない限り、迂闊なことはしないはずだが。


「さて、しかし改めてどういう条件にしようかな」

「……クッキー以外の美味しいお菓子ではだめですか? モーリス教授の場合、大半の物は自力で手に入るようですし、貴重品を対価としても満足はしてもらえないでしょう。」

「ふうむ。さすがにそれはなあ。とはいえ、たしかに今欲しいものとなると困るが……」

「このクッキーよりもさらに美味しいものをご用意します。他では手に入らない、特別なものです」

「そんな物が用意できるのかね?」

「できます。もしお気に召されたら、それを王都で活動している商会に運んでもらい、定期的に届くようにします。ダメですか……?」

「ふうむ、定期的にか……。実際に食べてみてから決める、ではダメかね?」

「もちろん構いません。必ず満足いただいける美味いお菓子をご用意します」

「……楽しみにしているよ」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえた。

 興味津々といった様子のモーリスの態度に、たとえこれほど掴みどころのない人物でも、一つぐらいつけ入る隙はあるのだな、とむしろホッとする思いだった。


――――――――――――――――――――


ステラ。

この女、アヘオホ痴女になったりガンギマリになったりするくせに、誇り高きエルフの精神をも受け継いだ……!(そろそろステラ編は終わり、地球編に戻る予定です)


次回『モーリスに贈るお菓子、食ってみな、飛ぶぞ!(仮)』お楽しみに。

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