第05話 モーリスの要求

 王都を歩く。

 人通りの多い大通りには、相変わらずヒト種以外にも多くの種族が行き交っている。

 その中にはエルフ種たちもいて、その顔立ちもそれなりに個人差はあったが、それでもステラのような豊満な肉体をした人は、一人もいなかった。


 ある意味では、ステラはエルフ種族におけるオンリーワンの存在だ。

 相変わらず同族からの視線は気になるのか、エルフの姿を見かけると、ステラはそそっと渡の後ろに隠れて、ジャケットの裾を軽く握った。


 ふだんのおっとりとした姿とは大違いの態度に、守ってあげたいという庇護欲が擽られる。

 軽く腰に手を回し、体を引き寄せると、あんっ、と声を上げたかと思うと、ステラが顔を伏せた。


「んっ、あっ……らめぇ……こ、こんなところで抱き寄せられるなんへ……ッ!」

「ステラ、同族の視線なんて気にしなくていいからな」

「あ、あにゃた様がわたしを抱いて……❤ 耳元で声が……おほっ❤」


 視線が怖いのか、ステラは顔を伏せたまま体をブルブルと震わせていた。

 渡の腕にすがりつくようにしがみつき、豊満な乳房に包まれる。


 小さな声でなにか呟いているが、あまりにも声が小さくてよく聞こえない。

 可哀想に。もっと堂々としていたら良いのに。


「もっと……もっとぎゅって……」


 同意を求めて渡は周りを見渡したが、何故かマリエルもエアも、クローシェも、誰一人目を合わせようとしてくれなかった。

 一体どういうことなのか分からず、渡は困惑した。

 ……寂しい。もしかして奴隷に嫌われてしまったのだろうか。


 エルフとすれ違ってしばらくも、ステラは渡に抱き寄せられていたが、さすがに目的地の学園に近づく頃には持ち直したのか、恥ずかしそうにそそくさと一定の距離を取った。

 よほど恥ずかしかったのか、顔が真っ赤で、肩で息をしている。

 うっすらと汗ばんでいる姿が少し淫靡な気がした。


 気のせいだよな。


 気を取り直して、マリエルに話しかけた。


「実を言うと、普段の俺の商売とも特に縁のない場所だから、ここには特に用事はないと思ってたんだ」

「あら、ご主人様は私と友達との再会にあれほど力を貸してくださったじゃありませんか」

「でも、同時に嫌なやつもいたんだろう?」

「そうですね。たしかに、以前はこの学園に来るのは、少し怖かったです。でも、前回にやり込めたことですし、ご主人様のおかげで大切なお友達とも再会できて、今はいい思い出になっているんですよ?」

「そうか? まあマリエルにとっては母校だからな。それにモーリス教授はゲートについてもまだなにか知ってそうだし」


 マリエルがそそと近づいて、渡と手を組んだ。

 なんとなくひんやりとした、張り詰めた空気が流れた気がする。


「さあご主人様。あらためて私が校内をご案内しますね」

「ああ、よろしく頼む」




 モーリスと面識ができていたことで、今回は面会がすぐに叶った。


「やあマリエル君。あれからも勉学は続けているのかね?」

「はい。細々とですが、本を読み、色々な物に触れて充実しています」

「それはなによりだ」


 挨拶と一緒に、前回気に入っていた菓子をプレゼントすると、モーリスは殊の外喜んでくれた。


「君に紹介してもらった店の味も悪くないのだがね。やはりこれが一番お茶によく合うよ」

「そうですか。それだけ喜んでいただけるなら、持ってきたかいがありますね」

「それで、今日もゲートについての質問かな?」

「いえ、今日は教授にお力を貸していただけないかと思い、今日はご相談に参りました」

「ふむ……話を聞こう。……おっと、その前に、早速ひとついただいて良いかね?」


 本題が重い内容になりそうなのを察してか、モーリスがにこっと笑うと、早速渡したお菓子を開封しはじめる。

 上手くタイミングを外されて、渡も自分が緊張していることを自覚できた。


 気を取り直して、あらためて相談内容と、その経緯を伝える。

 モーリスは特に口を挟むこともなく、渡の言葉が終わるのを待った。


「アルブヘイムか、まあ王都で魔法使いの素材を求めようと思えば、一番に訪れる店だろうね」

「そうみたいですね。でも、俺は今後利用したくはありません」

「……君たちが私を頼ったのは正しい。たしかに、あのエルフの老翁にも負けない素材を私は持っているとも」

「本当ですか!?」

「さすがは先生ですね」

「おだてても何も出ないよ。それに、持っているとは言ったが、別に譲るつもりはない」


 モーリスの毅然とした拒絶の言葉に、渡は納得した。

 そう簡単に交渉が運ぶとは、最初から考えていない。


「アルブヘイムでも最高級品となれば、もはや値がつけられない品だ。私は別にお金には困っていないし、大金を積まれたところで使い道に困るだけだよ」

「では、どうすれば良いでしょうか? 教授に気に入っていただけそうなものとなると、俺にはこの国では絶対に食べられないような、新しい非常に美味な甘味を提供するぐらいしか思いつきませんが」

「なるほど。……しかしそれでは、対価として……安すぎるね。……うん。冷静に考えると、到底釣り合うとは……思えない……」


 モーリスが平然とした表情で言った。

 何やら非常に考え込むことが多かったが、それは価値を十分に比較検討していたのだろう。

 先日の贈り物にはかなり食いついていたから、もしかしたら、などと考えたのだが、それこそ甘かったか。

 たしかに貴重な宝物と、一度食べたらなくなる消えものを交換対象とするのは非常識だったかもしれない。


「では、教授がこれならば交換しても良い、と思える物はありませんか?」

「私としては、ステラ君、君の持つ情報を対価としたいのだが、どうだろうか」

「わたしの情報、ですか? なんでしょうか、あまりお役に立てそうもありませんが」


 ステラはすでに渡の奴隷だ。

 持っているものなど限られている。

 だが、その知識や技術は時には有用な交渉材料になるだろう。


 首を傾げたステラに、モーリスは涼し気な目で条件を告げた。


「エルフの隠れ里には、神すら迷わせる一族の秘宝が隠されているというじゃないか。私にその場所を教えてくれないかね?」

「そっ、それはできません! どこでそれを!?」


 ステラが悲鳴のような声を上げて、拒絶した。


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