第04話 魔法の杖

 ウェルカム商会は雑貨屋だ。

 渡から砂糖を購入したり、付与のついた服を販売したりと、その取り扱う商品の幅の広さは相当なものがある。

 だからこそ、渡の要望を聞いて、ある程度の自信を見せたのだろう。


「当商会は様々なお客様が来店されますからね。錬金術や魔法の品もそれなりには取り揃えていますよ。どのような商品をお求めでしょうか?」

「ステラ、詳しく求めている物が分かる君の口から言うんだ」

「はい。錬金術師の付与に使う彫金細工の品と、優れた魔法の杖が欲しいのです。わたしはほどほどの物で良かったのですけどぉ、ご主人様が良いものを買ってくださるって仰って」

「先日、王都にある魔法使いの商店街に行ってみたんですけどね、アルブヘイムという名の店主がステラを気に食わないのか、うまく調達ができなくて」


 店名ともう少し詳しい事情を説明すると、途端にウィリアムは納得してみせた。

 そして同時に、目に力がこもる。


「ははあん、あの店アルブヘイムですか」

「ウィリアムさんは知ってるんですか?」

「まあ大店ですからね。歴史ある有名店ですよ。それに来る者拒まずの当商会とは方針が真逆ですから、嫌でも意識してしまいます」

「なるほど」

「貴族や裕福な者、そして種族や血筋を重要視し、客を選ぶスタンスは店の自由ですが……まあ私はあまり好ましいとは思いません」

「ひどく失礼な目に遭いました」

「災難でしたね。その代わり、品揃えは非常に優れているそうです。店主の目利きも人脈も桁外れですから。……しかしそうですか。ステラ様にそのような失礼を働かれたのですね」


 ウィリアムがステラの目をしっかりと見つめて言った後、ゆっくりと頭を下げた。

 突然の行動にステラが口を開けて驚く。

 少なくとも、これまで冷遇し続けられていたステラにとっては、店主からこのような態度を取られたことは、生まれて初めてだっただろう。


「当商会では、どのような種族の方も、またその生い立ちにおいて対応を変えるようなことはありません。その点はご安心ください」

「は、はい……」


 真摯な態度だった。

 この人の、客をより好みしない姿勢に助かって、渡も今まで商売を続けられている。


 ゆっくりと頭を上げたウィリアムは、気まずそうな表情を浮かべて頬をかいた。


「しかし話を聞く限り、彫金の品はともかく、魔法の杖でステラ様の目に叶う商品が当商会でご用意できるかどうか……」

「なにか良いものはありませんかね。ステラの場合、自作もできるそうなので、素材でも良いみたいなんです。お願いします。うちの奴隷たちには、みんな満足がいく物を持たせてあげたいんです。それに、あんな無礼な態度をされてそのままにはしておけません」

「はいー。取り扱いにくいけれど、優れた素材みたいなのでも、対応できると思います」

「そうですか……。私も可能な限り、ワタル様の希望にお応えしたいと思います何と言ってもワタル様は当商会のお得意様ですからね」

「ウィリアムさん……」

「お礼は商品が気に入ってからで結構です。うちでご用意できる最高峰の商品をお持ちしますので、一度ご覧いただきましょうか」


 ウィリアムが従業員に言付けると、すぐさま色々な商品が運び込まれた。

 彫金の道具はすぐにステラが納得を見せた。

 ノミをさらに細く小さくしたような物と、それを叩く木槌。

 付与を施す物を固定する台、そして液体を注ぐ急須のような物を一つ一つ確認し、問題ないと頷く。


 だが、魔法の杖については、うまく納得をいくものが見つからなかったようだ。

 パッと見では上質な木材に、色々な宝石やモンスターの爪や骨などを磨いた玉が嵌められており、渡には良さそうに見えたが、見た目と使いやすさとはまた判断するポイントが違うということだろう。


 そして、ウィリアムはそんなステラの反応に対して、残念そうではありながら、どこか納得した様子を見せた。


「まあそうでしょうね。優秀で真っ当な物なら、当商会に持ち込む必要はあまりないですから。専門店や貴族御用達の店に持ち込むと考えるのが順当でしょうから。しかしそうなると……癖の強い物をお出しするしかなさそうです」

「大丈夫なんですか?」

「さて、仕入れる際に訳アリだからと安く引き取った物もありますし、金に困って何とか買い取ってもらいたいと頼み込まれた物もあります。こちらの品については、一応の解説はしますが、保証はできません。そのあたりも含めて判断していただきたい所ですね」

「わたしが見れば、およそは分かると思います」


 ウィリアムが箱から取り出したのは、いくつもの布に強固に巻かれた黒々とした杖だった。

 パッと見ただけで、背筋がヒヤッとする怪しげな雰囲気が感じられる。

 ウィリアムは変わった手袋をはめて、テーブルの上に杖を置いた。


「こちらは邪教徒に堕ちた魔法の杖です。多重の呪いがかかっているらしく、非常に優れた力を難なく行使できる反面、持ち主に多くの不調や不幸を招くと言われています」

「これは解呪すると、性能も落ちてしまう杖ですねえ。スミマセンが別のものを」

「こちらは魔法の威力を二倍にする杖です。ただ使用には四倍の魔力を必要にするとか」

「え、ただのゴミなんじゃないんですか?」

「いいえー。一度に射出できる魔力量は、杖の性能に左右されます。耐久度が高い術式が施されているんでしょうねえ。……ただ普段遣いする必要は感じられませんわ」

「ふむ。では次は――」


 一癖も二癖もある杖が次々に飛び出してくる。

 よくこんな厄介物を溜め込んでいるものだ、と思ったが、それでも欲しいというもの好きがいるのだろう。

 だが、どれもステラの満足には及ばなかったようだ。


「となると、スミマセン……。当商会には残りはこれといったものはありません……。後はご覧の通り、微妙な性能のものばかりです。お力になれず申し訳ないです」

「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません。もし良かったら、ウィリアムさんの伝手で、どなたかそういった物に詳しい人はご紹介いただけませんか? それが無理だったら、モイー卿にお願いすることになります」

「アルブヘイムに匹敵する商品を置いた店、ですか。……いえ、スミマセン。」


 ウィリアムが申し訳無さそうに頭をかいていた。

 しかし、そうなると本当にモイー卿を頼るしかなさそうだ。

 だが、モイーは大氷虎と珍しい物の交換にさっと応じる人でもあり、武器や魔法の類には、あまり興味を持っていない。


 啖呵を切ったというのに、いい伝手もなく、目処が立たない。

 渡が苦悩に、眉間にしわが寄って考え込んだとき、ふとウィリアムが呟いた。


「そういえば渡様には、お知り合いに魔法使いの方がいませんでしたか?」

「あ……いました!」

「モーリス教授!」


 マリエルが大きな声を上げる。

 いた。

 魔法使いにして、王立学園の教授にまで立つ知り合いが。


――――――――――――――――――――

 いつもの謝辞になりますが、ギフトいただいた方ありがとうございました。

 次回、まさかのモーリス教授の登場です。

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