第34話 ポーション作成① 四章完
納屋に作られた簡易製薬所に、渡たちが見学する。
ステラがもし、地球でのポーションの上手く作れなかったとして。
これまでにかけた労力はかなりのものになっているが、それでも渡は自分が怒ることはないだろうと思っている。
そもそも環境が違う異世界で、同じものを再現できる保証はないのだ。
こちらで再現が可能な方法がないかを色々と調べてもらい、それでも不可能なら、地球での量産を諦めて、輸入することに専念する。
そういった手段も採用できるからこそ、渡はさほど緊張せずに、ステラの製薬を見ることができた。
反して、自分の役割を自覚しているステラは、かなり気合が入っているようだった。
ステラは液体などが跳ねたときのために、特殊な防護素材で編まれたエプロンをしていた。
腰紐でキュッと絞られているため、大きすぎる乳房が強調されている。
「それでは、早速ポーションを作っていきたいと思います。今回は世界すら違うということですので、もっとも基本的で簡易なポーションを作りますね」
「よろしく頼む」
「はい。ご期待に応えられるように頑張りますぅ」
ステラからすれば、相当に肩に力の入る状況だっただろう。
貴族を相手に交渉して引き抜き、金貨百枚以上を費やして設備を整えた。
これで簡単なポーションすら作れなければ、存在意義を見失う。
ふんす! と鼻息も荒く、グッと脇を締めて力を入れたステラだが、そのエルフらしくない巨乳がギュッと引き絞られて、エプロンがとんでもない状態になっていた。
これで手元の低い位置とか見えるんだろうか。
ステラが乾燥処理された薬草を、乾燥棚から取り出した。
「これは薬師ギルドから購入した薬草の一つ、スエヒロ草ですね。単一でも効果のある薬草の一つで、処理も適切に行われています。まずはこれを葉の部分と、根の部分に切り分けます。これは後で両方使用するので、皿に集めておきます」
小さなナイフで、薬草の束を切り落とす。
相当切れ味の良いナイフのようで、大して力を入れた様子もなく、薬草はスパッと切り分けられた。
次いで、ステラは沢山の葉を細切りにした後、床から膝ほどまでもある大きなすり鉢に入れて、すりこぎ棒でゴリゴリと粉末化させていく。
ツン、とミントにも似た爽やかな、ただ人を選ぶ臭いが立ち込める。
幸い鼻の良いクローシェやエアには不快ではなかったようで、心なしか微笑を浮かべて見ていた。
「ふっ、んっ! これは、ゆっくりとぉ、粉末に、んんっ、する必要がありますっ! よいしょぉっ、急ぎすぎるとっ、熱が生まれてぇ、失敗の原因になります」
「は、話しにくかったら、後でもいいからな」
「は、はいぃ。だ、だいじょうぶ、んんっ、です! ちゃんとっ、できます」
ステラは大真面目に作業をしているだけなのだが、太い棒を持って動かしている姿は見ているだけで扇情的だった。
うっすらと汗をかいて、肌をしっとりと赤く上気させながら、バルンバルンと一部を激しく揺れ動かしながら、作業に没頭する。
思わずゴクリと唾を飲み込んだ渡は、自分がおかしいのかと周りを見るが、マリエルたちも顔を赤くしていたから、同じような感覚を抱いていたのがわかった。
はあ、と熱い溜息をステラが漏らして、粉末化作業が終わった。
古典的だけれど、石臼とか
多量の粉になった薬草は薄緑色をしている。
「この粉末化した薬草の葉を、こちらの壺に移して、蒸留したお酒に浸します。すり鉢に残ったものももったいないので、できるだけ丁寧にすべて移します。よいっ……しょっと」
トポトポ……と音ともに、壺に蒸留酒が流し込まれる。
最後に薬草の粉とよく混ぜて、壺に蓋をした。
「これはどれぐらい浸しておくんだ?」
「早くて半日、長くとも丸一日ぐらいですね。あっ、だから今日中には……できませんね」
「まあそれは仕方ない」
「はい……。明日のお昼ごろにはまずできていると思います」
できるだけすぐに完成品を見せたかったのだろう。
ステラはがっくりと肩を落とした。
「変に気落ちして次の工程を失敗しないようにな」
「はい。大丈夫です。これでも打たれ強い方ですからぁ」
だが、すぐに気を取り直すと、次の作業へと移る。
優秀な錬金術師という評判は嘘ではないようで、動きの一つ一つがよどみなく正確だ。
一流シェフが手際よく注文をこなすように、ステラの手は迷うことなく動いていく。
渡が車に積んでいた、数少ない地球産の器具、カセットコンロを着火し、汲んできたばかりの井戸水を小鍋で熱し始める。
すぐさま手は別の作業に移る。対象はスエヒロ草の根だ。
根は濃い茶色をしていて、茎に近い部分は紅色に見えた。
それをいくつかに切り分ける。
「この根は粉末にするのではなく、細かく切り刻んだ後は、そのまま湯で抽出します」
「へえ、部位によってアルコールだったり、お湯だったり変わるんだな」
「はい、そうなんです。必要な成分だけを抽出するには、温度管理や何で抽出するかが重要なんですよお。一緒に煮出してしまえれば楽なんですけどねえ」
「なるほどなあ」
それだと余計な成分まで溶け出してしまうということなのだろう。
鍋の水に小さな泡が出てきたところで、根を投入する。
こちらは湯で煮出すからか、透明な湯の中で、茶色い模様がすぐに広がっていった。
「このカセットコンロとかいうの、すごく火の量が一定していて扱いやすいですねー。おかげで焦がす心配もなくて助かります」
「それは良かったよ」
こちらの技術もメリットに繋がる部分もあるようだ。
菜箸のようなもので鍋の中で根を動かすと、湯が全般的に濃い茶色に染まった。
納屋の中に根っこの独特な臭気が満たされる。
その後、十分に煮出したと判断したステラが、布で根を濾して、こちらはそのまま冷ます。
真剣な瞳で鍋を見ていたステラが、緊張を緩めて顔を上げた。
「以上で今日の作業は終わりです。こういうのは何日もまとめてやるので、本来は出来上がった物があるはずなんですけど……新しい工房だということをうっかりしてました」
「明日を楽しみに待ってるさ。ステラ、ご苦労さまでした」
「は、はい……! あ、ありがとうございます、あなた様ぁ……❤」
こうして一日目の作業が完了した。
完成品がすぐ見られないのは残念だが、仕方がないことだ。
それに量産化するならこれも問題ではなくなるだろう。
そして、翌日。
壺の蓋を外すと、爽やかな草の香りと、蒸留酒の濃い臭いが混ざってプンと立ち上がる。
壺の中を覗いたステラが、嬉しそうに頷いた。
「うん、これは大丈夫そう。葉を浸したアルコール液を、濾していきますね。エアさん、良かったら壺を傾けて流すのを手伝ってもらえますか?」
「おっけー。これでいい?」
「はい。ゆっくりと、その量で大丈夫です」
エアがたっぷりとアルコール浸出液の入った壺を傾ける。
深みのある受け皿の上には、錬金術通で購入した濾し器が敷かれ、非常に目の細かいそこに、液体が通り、薬草の粉だけが溜まっていった。
深い緑色の液体がどんどんと注がれる。
「濾し布とか紙を使わないのか?」
「それでも良いですよ。わたしはこの金属製の濾し器が後処理しやすいので気に入ってます。あと、薬草によって濾し布だと成分が残留することがあるので、他に使えないことがあるんです」
「なるほどなあ……」
「残ったこの粉は、また畑に撒くと良い肥料になるんですよー」
「へえ。そりゃ良いな」
ステラが濾し器に残った薬草粉末をギュッと絞ると、別皿に置いた。
蒸留酒を使って成分を抽出したからか、濡れているのに、少し色が薄く見える。
煮出した根の液体も、同じように綺麗に濾すと、緑と茶色の二種類の液体が並んだ。
「最後に、このアルコール抽出した葉の成分と、湯で抽出した根の成分を、三対一の割合で混合していきます」
「へえ、本当にひとつの植物でできるんだな」
「お望みが一番簡単なものだったので……。もっと高性能なものや、使用用途が違う物は、使う素材が増えたり、工程がもう少し複雑だったりします」
「なるほどな。俺の要望を最優先してくれたわけか」
「は、はい。あなた様の希望に叶うのが、一番ですので」
その時不意に、ステラの目がどこまでも澄んで澱みなく渡を見つめていた。
が、抽出した液体に興味津々だった渡たちに、その目の変化に気付く余裕はなかった。
ゆっくりと慎重に二つの液体が混ぜ合わされる。
驚いたことに、この作業は完全な目分量だった。
かといっていい加減な配分では、十分な効果が望めないのだという。
じっくりと混ぜ合わさる液体を見ていると、混合液の変化に気づくとのことだが、機械化には向いていない……。
最終的には料理のレシピのように、塩何グラム、といった明確な基準が必要になる。
これは量産化には手間取りそうだ。
そして、およそ両方の浸出液をすべて混ぜ終えたことで、『簡易急性ポーション』とも言うべきものが完成した。
「ふうん。なんか薄茶色で、これまで見たポーションと色合いも微妙に違うな。どれぐらいの効果があるんだ?」
「見てみますか?」
「ああ。頼む」
「分かりました」
スパッとなんの躊躇いもなく、ステラが自分の指の腹を切った。
パクっと皮膚が破れて、血が浮き上がる。
「ちょっ!?」
そこにできたばかりの簡易急性ポーションを流すと、すぐさま元の状態へと戻った。
効果を確認できて頷くステラだが、渡は言葉を失って、一連の過程を見ていることしかできなかった。
ステラが渡に笑みを浮かべて、喜んだ。
「はい、これで問題ありませんね。傷ひとつなく治りました。ポーションは成功です!」
「ステラ!?」
「は、はい!? どうしましたか?」
「いきなり自分を傷つけるのは止めてくれ。心臓に悪いぞ。ただでさえ今回は実験で、効果が出るかどうかハッキリしてなかったんだから……」
「す、すみません。わたしの感覚では、間違いなく成功していると思って、ご心配をおかけしました」
「まあ、無事に痕も残らなくてよかった……。本当に気をつけてくれよ」
しょぼんとしたステラを援護したのは、意外にもエアとクローシェだった。
「まあまあ。主、アタシとかクローシェでも、多分同じことしてたし、許してあげてよ」
「そうですわね。わたくしもお姉様もケガには慣れていますし、ポーションもあれば普通にやったと思いますわよ」
「……感覚が違いすぎるのは分かったが、できるだけ避けてくれ」
「ニシシ、気をつける。ね、ステラも次から気をつけよーね」
「はい。ありがとうございます、エアさん」
「良いってことよ! アタシは先輩だからね、ニシシシ!」
異世界のポーションを用意していたから、すぐさま治療はできただろうが、心臓に悪すぎる。
だが、何よりも無事に成功して良かった。
これから素材を増やすとどうなるのか、地球産の道具でどこまで作れるのかなど、調べるべき課題は大きいが、地球でも作れた、とわかったことがなによりも大きい。
これで地球産のポーションによる医療革命が起きるかもしれないのだ!
そう思うと、感動が胸にあふれてきた。
「ステラ。お手柄だぞ! 良くやってくれた!」
「わわっ! あなた様!?」
「君が俺たちのもとに来てくれて、本当に良かった、ありがとう」
「あ、いえ、そんな……。わ、わたしのほうこそ、お迎えいただいて、ひっく、ほんとうに、うう、よがっだでずっ……わだじ、じあわぜでず……」
「あー! 主がステラを泣かしたぁ!」
「あらあら……」
「ち、違うって! これは、なあ!?」
「う゛う゛う゛……あなだざまぁ……! わだじ、もっどおやぐにだぢだいっ!!」
思わずステラを抱きしめたのだが、ステラは感極まって、涙を流した。
今ばかりは、落ち着くまで優しく抱きしめてあげたほうが良いだろう。
――本当に、来てくれてありがとう。
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4700字です。頑張りました。
ちょっといつもより短めですが、次回から五章に移ります。
良かったらこの機会に、レビュー書いてもらえると励みになります。
評価もお待ちしております。
最後に、先日もまたギフトをいただきまして、ありがとうございます。
この場にてお礼申し上げます。
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