第33話 山の管理

「いい加減、社用車を買っても良いのかもなあ……」


 渡が車を運転を終えて、ぽつりと呟いた。

 先日購入した山の、納屋の前に停車した。

 六人乗りのワゴン車には、トランクと空いた席にビッシリと錬金術の道具が収められていた。


「最近は車に乗ることも多くなりましたよね」

「だよなあ」


 マリエルの言葉に渡は頷いた。

 砂糖や珈琲豆の運搬に車を使うことが増えた。

 それだけウィリアムが精力的に働き、貴族や商会を中心に販路を広げている証拠だ。


 異世界に借りている倉庫に置いている砂糖や珈琲豆の積んでいる数が、気づいたらかなり減っていることもあり、マリエルとクローシェには運搬にすごく働いてくれていた。

 それだけ渡に入る金額も鰻登りになっていて、手形に書かれた数字がなにかの冗談かと思うような額になりつつあった。


 車の運転も少しは慣れて落ち着いてきた。

 このままの使用頻度なら、仕事用に割り切って車を買ったほうが良いかもしれない。


 ウィリアムは南船町を出て様々な場所に顔を出していたり、渡も忙しくなったことで、近頃は以前ほど密に会っていない。

 ステラの杖について、今後協力を頼む時に、顔合わせするつもりだ。


「ステラ、今は物置に錬金術の設備を仮置きするから、エアやクローシェにも、どこに何が必要か伝えてくれ。後日、こっちの商品でも設備を代用できないか試すから、使えるものはどんどん教えてくれ」

「は、はい。分かりましたあ❤」


 なんだか昨日から、ステラの様子が少し変わった気がする。

 以前には感じられた暗い雰囲気は払拭された。

 それにともなって、なんだか熱っぽい視線を投げかけられている気がするが……。


 もしかして……。


 ようやく主人としての俺の偉大さに気づいたのだろうか?


 などと自惚れるのは、大失敗への第一歩だ。

 少なくとも渡は、自分の才覚が優れていないのは重々に承知している。


 数奇な運命でゲートを潜ることができたからこそ、今の自分がある。

 もし、お地蔵さんの汚れに気付かず、あるいはゲートに潜らなければ、それまでと変わりない人生を送っていたのではないだろうか。


「俺とマリエルは、薬草園の整備だな」

「分かりました」




 渡たちは薬草園の予定地で、余計な枝を集めて除けたり、候補地に杭を打って目標を立てたりした。

 小枝や草が生い茂っていた土地が、少しは農地に近づいただろうか。


 十二月の寒空の下、さらに山地ということで相当に寒かったが、多量のカイロと機能性のインナー、薄手のダウンジャケットなどを着て動いていれば、案外に何とかなった。


 普段は大人しく冷静で上品なマリエルだが、体を動かすことが不得意というわけではない。

 野良仕事も命じられれば、嫌な顔ひとつせずにテキパキと要領よく動いていた。


 長い長い雪のような銀の髪が強風にたなびき、光を反射する様は、とても美しい。

 マリエルが動いて暑くなったのか、ダウンの前を開けた。

 とたんにボロン、と大きな乳房が飛び出てくる。


「このカイロというのは良いですね。服も軽くて薄くて温かいです」

「付与の品じゃなくても、こっちは何とかなりそうだ」

「町人相手になら十分売り物になりそうですよ」

「差額を考えると儲けが少なそうだ」

「フフフ、そうですね。搬入を考えると、むしろ砂糖とか珈琲豆に割く時間が減って、売上が下がるかもしれません」

「逆効果じゃないか」


 渡はうんざりとした表情を浮かべた。

 現時点で搬入こそが一番のボトルネックなのだ。

 嵩張ったり、差額の稼げない商売はできないだろう。


 だからこそ、薬草やコーヒーノキなどは、現地栽培が望ましい。

 薬草は目処が立ちそうだが、コーヒーノキは今後商談の必要があった。


「ステラとは仲良くやれそうか?」

「はい。ちょっと昏いところがあって、そこが気になってたんですが、ご主人様の言葉で吹っ切れたのか、明るくなりましたね」

「新入りだから、優しくしてやってくれ」

「もちろんです。でもご主人様、最初からお仕えしてる奴隷も、どうか蔑ろにしないでくださいね?」


 上目遣いに、口元で笑みを浮かべながらそんなことを言うマリエルは、言葉とは裏腹にまったく心配そうにしていない。

 それどころか、声色は渡の反応を予想して、楽しそうに聞こえた。


「ふん、そんなことするわけないだろ」

「あんッ!」


 渡がマリエルに抱きついた。

 わずかに汗ばんでいるのか、甘い香りが漂う。

 耳元に口づけを落とすと、耳たぶがかあっと血色が良くなり、途端にマリエルが甘い声を上げた。


「もう、みんな、きちゃいます」

「まだ大丈夫だろ」


 ステラたちと細々とした整理が残ってるはずだ。

 そう考えていたのは甘かったらしく、遠くからエアの大きな声が山に響いた。


「あー、主がマリエルとエッチなことしようとしてる!」

「ずるいですわ!」


 パッと体を離して、服装を整える。


「ははは、来ちゃったな。あれかな、嗅覚とかで分かるもんかな」

「もう、すぐに気付くんだから。残念です」

「まあ、またの機会にしよう」


 できるだけ平静を保ってエアとクローシェを待ち受けた渡に、二人が口々に言い立てた。


「主、ステラが準備できたって!」

「ずるいですわ、ずるいですわっ!」

「よし、じゃあステラのポーションの製造がどれほどか、見てみるか」

「アタシも頑張ったんだからね」

「悪い悪い。帰ってから、な?」

「ちょ、無視しないでくださいまし!! わたくしにもお慈悲を! およよよ……」


 すべて異世界産の道具や素材とは言え、地球でポーションがそもそもできるのかが分かる、大切な実験だ。

 渡は謝りつつも、ワクワクしながら、納屋へと走った。




 納屋が綺麗に片付けられ、広い空間になった内部。

 棚には所狭しと錬金術の道具が綺麗に並べられていた。


 ステラは渡の姿を見ると、うっとりと目を細め、頬を染めた。

 そして、恭しく頭を下げる。


「あなた様、まだまだ必要最低限ですが、準備ができました」

「そうか。じゃあ、調合を開始してくれ」

「はい、お任せください」


 ついに、地球でのポーション生産の本当の一歩が始まろうとしていた。


――――――――――――――――――――

仮タイトルの管理人の姿がどこにもいねえ……。

予告どおりになかなか進めるの大変です。


さて、昨日から今日にかけて、ギフトをたくさんいただきました!

誠にありがとうございます!!

寝不足で今日は更新お休みしようと思ったんですが、頑張りました!


次回は「ポーション作成1(仮)」

ついにポーションができるのか? それとも何か条件が要るのか?

お楽しみに!

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