第31話 ステラの気持ち 前
ワタル様が錬金筋を出て、魔法使い通に向かいます。
その前をエアさんが立って人除けをし、クローシェさんが最後尾で後ろを警戒する。
マリエルさんが左側を立ち、わたしステラが右側に立って移動します。
ワタル様の奴隷となってから常の光景ですが、見事な警戒態勢でした。
この護衛二人が相手なら、暗殺者や傭兵が優秀であっても、小規模戦闘では勝ち目がないでしょう。
金虎族の優れた直感、黒狼族の鋭敏な嗅覚を前には長距離魔法もまず通じない。
そんなわけで、今の私は杖も持たない魔法使いですが、安心して道を歩いていました。
ワタル様は不思議な方です。
エルフとして非常に醜い体型をし、あまつさえヘテロクロミアという眼を持っているわたしに対して、少しも嫌悪感を示しません。
それどころか常に優しくしてくれています。
それはもしかしたら同情から来るのではないか、と思っていたのですが、それもどうやら違うようです。
ワタル様のわたしを見る目には、哀れみの色が見えませんでした。
それどころか大金を費やし、設備を必死に整えようとしてくれている。
それが、わたしにはどこか不思議で、今一つのところで納得できないでいるのです。
「ここか。たしかに一目で分かる。他の店よりも間口が三倍ぐらいあるな」
「アルフヘイム……」
大きさに驚くワタル様の横で、私は店名を聞き間違えではなかったことに落胆していました。
店の中はたしかに評判がいいだけはあって、珍しい素材が山のようにありました。
希少種であるドラゴンの爪、瞳を用いた杖の発動体、ワイバーンの背骨やユニコールの角。
客層も一角の人物が多いようで、一目で優秀な魔法使いだと分かる方が多く訪れていました。
バイコーンにアルラウネや世界樹の樹木を用いた杖材など、世の魔法使いが破産覚悟でも、喉から手が出るほど欲する素材が上質な加工を施されて棚に棚べられています。
そしてその高度な加工技術を見れば、店主がどういった存在なのか、わたしにはすぐに察せられました。
「どうだステラ。欲しいものはあったか?」
「はい、あなた様。もし良ければ、わたしにこちらの杖を検討ください」
ワタル様の役に立つためとは言え、自分から物をねだるのは非常に心苦しいものがありました。
奴隷は主人から物を下賜や貸与されることはあっても、基本的に自分から望めるものではありません。
とくにわたしのこれまでの生涯では、欲しいと願った物は必ずと言ってよいほど拒否されていたものですから、すんなりと認めてもらえるとは思っていませんでした。
わたしがえらんだ商品を見て、ワタル様が首を傾げます。
「本当にこれで良いのか? もっと高くて良さそうなのはいくらでもあるようだけど」
「お言葉だけで嬉しく思います。ありがとうございます」
これ以上の出費を強いるのは心苦しい。
内心を上手く隠しながら、手頃な品を求めたわたしでしたが、驚いたことにワタル様はそれを購入しようとはしませんでした。
それどころか、厳しい声でわたしを叱ります。
「お金のことは今は気にしなくて良い。普段遣いのものを贅沢にするとの違うんだ。これは必要経費だから、これから万が一戦闘になったり、強力な、精密な魔法が必要になった時、君が十分に実力を発揮できるものを買うべきだ」
「はい。誠に失礼しました。お優しいのですね……。ありがとうございます」
「優しいんじゃない。ただお金に余裕があるからできるだけだ。俺がもっと貧乏だったら、一番安いやつを買ってもらってたさ」
そう言ってワタル様は苦笑いを浮かべたのですが、それでもわたしはやっぱり優しいと思うのです。
これまでにわたしはエルフの一族のもとで暮らしていた時も、奴隷として将軍の下で働いていた時も、高度な装備を整えてもらえることはありませんでした。
どちらの環境も、おそらくは今よりも遥かに求められた使用頻度は高いだろうに、です。
「じゃ、じゃあこれを買っていただいても、……よ、よろしいでしょうかっ!」
「もちろんだ」
「えへへへ……あなた様、ありがとうございます」
「おう。なんだ、そういう顔もできるんじゃないか。可愛いぞ」
「も、もう! あなた様はすぐそうやってわたしをからかうんですから」
「いやいや、本心だって」
わたしは図々しいお願いをしていると自覚しながらも、本当に欲しかった短杖を指さしました。
世界樹の太枝の芯材を用いた、見事な逸品です。
端材などと違い、良質な部分を使い、魔力操作まで考えて繊細な加工が施されているのが分かりました。
これなら魔力をスッと通してくれますし、先端には同じく世界樹の蜜を濃縮して固めた宝石が用いられていて、術者の魔力を確実に、精密に放出することが可能になるはずです。
本当に欲しかったものを買ってもらえると分かって、心がウキウキしました。
足取りも軽くカウンターへと向かいます。
ただ、こんな優れた取り扱いの難しい品を抱えている、アルフヘイムという店。
ここがエルフの、それも古い古いエルフが運営する店だと、わたしにはすでに分かったのに。
杖を手にとって支払いに向かったわたしたちを迎えたのは、
濃密で洗練された魔力を纏い、色素の薄い金色の長い編み込んだ髪に整った気品ある顔立ち。
全身がスラッとしていて、無駄な肉付きの全くない、針金のような肢体。
わたしとはまったく違う、エルフの中のエルフとでも呼ぶべき女性でした。
「おや……また珍しい
きっとこのエルフの人が店主だと予想していながらも、しわがれた声の老エルフの女性が目の前に出てくるまで、わたしはその事実を皆さんに言うことができませんでした。
その可能性を言うことさえ、怖かったのです。
そして、古エルフの店主は、わたしを心底気持ち悪いと顔を歪めながら、汚いものから目を背けるように、すっと視線を外したのです。
「うちの店にこんな気持ち悪い出来損ない、連れてくるんじゃないよ。なんだいこのでっぷりした体に、色違いの目。よく一緒に出かけられるね。さあさあ出て行ってくれるかい。店の空気が汚れちまう。あとで掃除しないといけないよ」
わたしの胸が軋むように痛みました。
この目。
本当に、心底醜いものを前にした嫌悪感のにじむ瞳。
この目が子どもの頃からずっと、ずううううっと、わたしを見つめていました。
哀れみと嫌悪感。そして、まったく価値を認めない無機質な視線。
両親からは失望され、親戚からは陰口を叩かれ、まともな友人すらできなかったかつての日々。
戦士として働く日々も、上官からはもっとも危険な場所へと派兵され、どれだけ懸命に戦っても、仲間の救援を期待できなかった日々。
その目を前にして、わたしの買い物を楽しんでいた心はすぐさま萎え、胸に悲しい気持ちが溢れて、涙がこぼれそうになります。
戦で捕らえられ、郷に帰らずに済んだと思ったのに。
わたしは、エルフという呪縛から一生逃れられないのでしょうか。
「はっ、はうっ、あ、ああ……あああっ……」
「ものもマトモに言えないのかい。本当に気味が悪いったらないね。お前さんたちに売るものはないよ。さっさと出ていきな」
「客に向かって失礼な物言いだな」
「客かどうかはうちが決める。このエルフの出来損ないに売る商品は、うちには一つもないよ」
わたしは視線から逃れたくて顔をうつむかせ、しゃがみこんでしまいそうな足をがんばって支えていました。
くるしい、つらい、つらいよ。たえられない。
足が、体が震えて、頭がクラクラして、息が苦しくて。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。
だれか、だれかわたしを助けてください。
心の中の叫びを、わたしは
かつて助けを求めて、実際にその願いが叶ったことなど一度たりともなかったのですから。
だれもわたしを助けない。
――そんなわたしの前に、ワタル様は立ちました。
まるで、視線からわたしを守るように。
――――――――――――――――――――
思った以上に描写が多くなったので、前回のタイトルの「中」を「後」に変え、今回のを独立して前後編にしました。
前回から出ているアルフヘイムとは、エルフの国を指す言葉ですね。
故郷を離れ数世紀にわたって店を構えている店主が、エルフの象徴として名付けました。
今朝、ギフトをいただきました。
ありがとうございます! ギフトをいただくとやる気が溢れます。
次回、後編です。ワタルが、そしてステラが、・・・・・・・な感じになります。
実はすでにできているのですが、近況ノートに限定公開を書く時間を作りたいので、明日までお預けです。
とてもいい話に仕上がったので、お楽しみに。
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