第30話 錬金筋・魔法使い通 後

 ポーションを造るには、薬草を乾燥させ、部分によりわけ、粉砕機にかけた後、成分を抽出、他の薬効成分と混ぜ合わせて、魔力を調合し、と複雑な工程が必要になる。


「あのさ……俺知らなかったんだけど、薬草単体で作れるものじゃなかったのか?」

「薬効を高めるのに、補助的に必要になるということですねえ。特に重症時には普通のポーションでは効果が足りないことも多いでしょうし。例えば、馬車や馬に轢かれたりしたら、最悪体のあちこちがグチャグチャになるかもしれませんよね? そういう時に普通のポーション単体では、回復が追いつかないでしょう」


 交通事故、地震などの災害、火事、魔法戦。

 何らかの原因で身体に重大な損傷が起きた時には、普通の急性ポーションでは対応できない場合がある。


 そんなときでは、ハイポーションと呼ばれるポーションが必要になるそうだ。

 ポーションの治癒能力を格段に上昇させた『霊薬』『秘薬』とも呼ばれるそれは、錬金術師でも誰もが扱えるわけではない。


 エルダーエルフに連なる者や、一部の創薬に長けた種族だけが作れるのだという。


「それをステラは作れるわけか」

「はい。ずっと前線に出されていたため、必要に迫られて作れるようになりました」

「大変だったなあ。苦労したんだな。俺のところでは、ゆっくりとしてくれて良いからな」

「あなた様……ありがとうございます。そうですね。わたしはもう、あなた様の物ですもの」


 ステラの瞳から光が失われる姿を見て、渡は思わず抱きかかえていた。

 往来ですることではないかもしれないが、渡の直感が、そのままにしておくには良くない気がした。

 一体どんなつらい目にあってきたのか、渡には想像もできない。

 だが、心が傷だらけになっているのが分かった。


 人のぬくもりが、ステラには必要だ。

 色違いの瞳がキラキラと輝き、元気を取り戻したのを確認して、ゆっくりと体を離した。

 残念そうな表情を浮かべているように見えたのは、気のせいだっただろうか。


「ねー、あるじー。アタシも頑張って護衛してるんだけどなー。目の前でイチャイチャするのやめてほしいなー」

「わ、わるかったよ」

「わたくしもなんですけれど?」

「クローシェもすまん。マリエルも無言でじとっと見るの止めてくれ。さ、さあ。器具を揃えよう」


 別に口説いてるわけじゃないんだが。

 そんなことを言っても納得はしてくれないだろう。

 しかしステラには相当に地雷が多く埋まっているようだ。

 話しかける話題には気をつけなければならないだろうな。


 あるいは、過去のつらい思い出を払拭できる何かが必要なのかもしれない。




 錬金術の器具は、一つひとつが小さい割に高額だった。

 秤専門店では成分調査と魔力量の調査のための物を購入したり、混ぜるためだけの棒を別の店で購入したり、ふるい一つでも、目の細やかさによって数種類買い揃える必要がある。

 これらの、細々とした単体のものは、現金で支払った。


 特殊な鍋のセットなどは、錬金筋でも一際大きな店でまとめて購入することになった。

 半巨人と呼ばれる三メートルほどの背丈もある大きな男の店長が、まとめ買いをする渡達に確認を取る。


「お客さん、こんなにも纏めて買うんですかい?」

「ああ、よろしく頼むよ」

「わかりやした。まああっしは金さえ入るなら、何でも構いませんが。新しい工房でも立ち上げるんです?」

「ああ、まさにその通りだよ。この子が優秀な錬金術師でね」

「へえ、エルフの。そいつぁいいや。そいじゃあ、合計で金貨えー、端数はおまけして二八〇枚ですね」


 渡としても合計金額を聞いたときには、一瞬言葉が出なかった。

 日本円にして二億八千万。

 工場の設備投資としては十分どころか、大工場なら桁が違うだろう。

 だが、渡個人が運営するのだから、とんでもない出費になってしまった。


 エアが目を見開いて、驚いている。

 ステラもまた、言葉を失っているようだった。

 エアは渡の鞄持ちをしているから、今の手持ちの所持金もおおよそは把握している。

 顔中に心配そうな表情を浮かべ、声を潜めて話しかけてきた。


「主、大丈夫なの?」

「ああ。だ、大丈夫だ。もっと事前に予算を聞いておくべきだったか。とはいえ、ステラもあんまり知らなさそうだったんだよな……」


 ステラの錬金術の道具は、エルフの所有するものだったり、エトガーが所有するものだったりと、出費を心配する必要のない立場だった。

 だからこそ、必要な器具がまとまるとどれほどになるか、あまり深く考えていなかったのだろう。


 雇われ店長がいざ独立する時、設備費で目を剥くのと同じようなものだ。

 まあこの場合、目を剥いたのはステラではなく渡だったのだが。

 トホホ……。


「……手形の書き換えでお願いできるか?」

「もちろんでさあ」


 これを手持ちの金貨で支払うのは現実的ではない。

 金貨は一枚一枚がそれなりに重く、嵩張る。


 そこで登場するのが、ウェルカム商会で振り出してもらった手形の出番だ。

 以前からウェルカム商会では、砂糖のまとまった支払いに手形を利用している。


 取引額が大きくなればなるほど、手形の出番は増えていく。

 大量の金貨を揃えるのは大変だし、重量も嵩んで持ち運びにくい。


 手形の信用元は南船町の商業ギルドなので、信頼性にも問題ない。

 手形の書き換えを行ってもらい、支払いを完了する。


「商品は後で引き取りに来るから、纏めてもらっておいて良いかな?」

「分かりやした」

「店主さんは、魔法使いのお店にも詳しいのかな」

「へい。まあ評判ぐらいは」

「一番いいものを扱ってる店を教えてもらえるかな?」

「そりゃあ、アルブヘイムが一番だろうなあ。魔法使い通りの入ってすぐにある、大店だよ。品揃えの数も質もまあ有名だぞ」

「そうか、ありがとう。時間も結構経ってるし、急いで見に行こう」


 つい商品選びに時間がかかってしまった。

 こちらの世界は、夜も長時間営業してくれているわけではない。

 ステラの良い杖を探すためにも、急いで移動したほうが良いだろう。


 名前を聞いた渡は、マリエルたちを引き連れて、人混みの中を足早に進んだ。


「あの店はただ、物は良いけど気をつけた方が良いよ……ってああ、行っちゃった……。まあエルフみたいだし大丈夫か」


 半巨人の店主の続く声を聞くこともなく。


――――――――――――――――――――

Skebの原稿書いてました。


ステラの扱える秘薬は、今回のハイポーションは一例であり、全てではありません。

誤解しそうな方もいるので、一応補足。

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