第25話 家族の再会
モイー卿との謁見を終えた渡は、ホッと息を吐いた。
多少心を許してくれているような気もするが、それでも貴族との対面は、非常な緊張を強いられる。
さすがに一発レッドカードで打首獄門御家断絶、とまではいかないまでも、どこに不興を買うか分からない怖さは常にあった。
異国どころか異世界という、文化や常識の違う世界だ。
毎回マリエルやエアたちの意見を事前に聞いて、失礼な贈り物ではないことを確認する必要があった。
「気に入ってもらえたようだな」
「かなり上機嫌だったかと」
「あとはマリエルの両親との顔合わせだな。最初に挨拶だけするから、あとは家族水入らずで楽しんでこいよ」
「何から何まで、ありがとうございます。奴隷になった私が、また父と母に会えるとは思ってもいませんでした」
マリエルが深々と頭を下げた。
通常、奴隷はよほどの事情でもなければ、親と会うことは滅多にないそうだ。
務めを終えて、解放されてから初めて帰れる、というケースが大半。
奴隷になった時期が時期なら、そのまま今生の別れになることも多いのだとか。
館からは離れた場所にある一軒家に、マリエルの両親は仮寓していた。
一応は貴族位にあるというためか、周りもやや高級街に位置する区画だった。
訪いを告げると、中から早速二人が出迎えに来た。
貴族としてはフットワークが軽すぎる気もしたが、これは田舎領主であればふつうのことであったし、何よりも娘と再会できる両親の気持ちを考えれば、迂遠な格式よりも、すぐにでも会いたかったのだろう。
マリエルが両親に向かって駆け寄ると、二人がマリエルを抱きしめた。
「お父様、お母様!」
「おお、マリエル!!」
「お二人共元気そうで、本当に良かった」
いつも冷静なマリエルが、感極まってうっすらと涙ぐんでいる。
その背を父親が軽く叩いてやりながら、震える声で言った。
「お前こそ。私達が不甲斐ないばかりに、お前には苦労をかけた。すまない」
「奴隷になった時に、もう二度と会うことはないかと覚悟していたのに、こうして元気な姿を見れるなんて……嬉しいわ」
「私も、もう会えないと思ってた。でも、ご主人様が、きっと会わせてみせるって。……そうだ、こちら、私の今の主人の渡様です」
まだまだ再会の感動に浸っていたいだろうに、マリエルは抱擁から抜け出すと、渡を紹介する。
まったく、気を使いすぎるのにも困ったものだ。
こんな時ぐらいは、もっと時間をかけて喜べばいいのに。
だが、マリエルの両親もハッと気づいて威儀を正したのだから、貴族として教育を受けた者は、そういう態度が自然になっているのかもしれない。
マリエルの両親ということで予想していたが、二人とも整った顔立ちをしていた。
父は立派なヒゲが特徴的なジェントルマンで、身長が高く、骨格もしっかりしていた。
母は儚げな印象を持たせる。
本当にマリエルを産んだ母かと思うほどに若々しく、また失礼なためまじまじとは見なかったが、マリエルの立派なスタイルは母親譲りなのだな、と渡は思った。
どちらも長旅の疲れを感じさせない肌艶で、ゆっくりと疲労を回復できていたのだろう。
「はじめまして。モイー卿から事情は伺いました。マリエルの父、ダニエルです。こちら妻のマリーナです」
「マリーナです。この度は尽力いただいたようで、誠にありがとうございます」
ダニエルとマリーナの二人が、深く頭を下げたことで、渡はもちろん、エアやクローシェたちも息を呑んだ。
貴族が平民に頭を下げることなど滅多にない。
彼らの忠誠は王に捧げられたもの、という形式があるからだ。
封建社会において、上位のものが下位のものには頭を下げない。
下げてはならない。
だからこそ、深く頭を下げたダニエルとマリーナは、渡に非常に深い謝意を示したことになる。
渡はすぐさま、その場に膝をついた。
頭を下げた二人に恥をかかせないためには、渡がさらに下るしかない。
見知らぬ誰かが見たとして、これで形式だけでも
「はじめまして。渡です。どうか頭を上げてください。俺こそマリエルには助けてもらってます。今回は少しでもその奉公に応えたい、と思ったまでです。評価すべきなのは、私ではなくマリエルの働きぶりですよ」
「ご主人様……」
マリエルが感動したように目を潤ませたが、これについては、渡の本心だった。
マリエルの協力がなければ、今の渡の活躍はまったく違った形になっていただろう。
貴族との伝手もできたかどうか怪しいし、できたとして手痛い失敗をしていた可能性は、低くない。
エアという信頼に足る護衛と、マリエルという判断を預けられる補佐。
二人を手に入れられたのが、渡にとってとても幸運なことだったと、しっかりと自覚している。
さらに言えば、マリエルにもエアにも、クローシェにも、すでに体を重ねて、情が湧いている。
奴隷と主人という立場ではあるが、可能な限りその希望に応えたいと思うのは、渡にとって自然な考えだった。
「あなた方の娘は、本当に機転がよく利いて、俺の商売を助けてくれています。立派な娘です。ご両親の素晴らしい薫陶を受けていた証拠でしょう」
「ははは……没落した貴族ですので、お恥ずかしい話です」
「それも不可抗力だと聞いています。一点だけ、腑に落ちない点があり、ぜひお伺いしたいのです。失礼な物言いになりますが、お許しいただけますか?」
「なんでしょうか……。娘の恩人に、大抵のことは許せるでしょうが」
両親の話を聞いてから、ずっと気になっていたことだ。
「なぜマリエルを手放したのでしょう。結局負債の償却とともに領地を手放していますよね」
「ああ……それはですね。我が国の政策に関することなので、口外不要にお願いします」
「当時、領地運営がずっと上手く行ってなくて、そんな時に復興計画が持ち上がったのですよ」
「はい」
「国から支援金が支払われ、街道の修繕や一部農民の補償が行われるということでした。領地は資産不足で、どちらにせよ、このままでは我々は破綻します。たとえ一時マリエルを手放しても、いつか必ず取り戻してみせられるはずだ。そういう考えだったのですな」
「ですが、そうはならなかった、と」
「そうです。ときの国府卿が、計画に了承しなかったのです。我々は梯子を外されました。より経済効果に優れた政策がある、とのことでね」
皮肉げにダニエルが笑った。
本当に、そんな政策があったのか、渡には分からない。
本当だった可能性もあるし、そもそも復興計画自体が何らかの政治的意図を含んだ工作だった可能性もある。
ただ一つハッキリしていたのは、その計画が起点となって、マリエルがならなくても良い奴隷になった、ということだ。
渡にとっては、すごく幸運な、マリエルたちにとっては、とても不運なできごとだった。
「マリエルは久しぶりに両親にあって、積もる話もあるだろう? 俺たちは席を外すから、ゆっくりすると良い」
ダニエルとマリーナに興味がない訳では無いが、それ以上にマリエルとの時間を取らせてあげたかった。
渡は遠慮しようとするマリエルを強く言い含めて、その場を離れた。
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昨日は寝不足がひどく、全然執筆が進まないため、更新をお休みしました。
さて、今回はご報告。
こちら『いせこぼ』とは別になりますが、カクヨムにも掲載している拙作の『青雲を駆ける』のコミカライズがスタートしました。
LINEコミックを始め、色々なサイトで掲載されてるらしいので、ぜひ検索して読んでみてください。
いせこぼについても、書籍化、コミカライズできないか動いているので、なにか進展があれば報告しますね。
次回予告、『まさかの依頼人』地球編になります。
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