第24話 モイーの驚愕

 今回はどんな物を見せてくれるのだろうか。

 モイーは、渡との会談をとても楽しみにしていた。


 初めて会った時は、まったく期待していなかった。

 古今東西のあらゆる稀少品を見てきたモイーにとって、本当に興味を惹かれる物珍しい物など、滅多に出会わなかったからだ。

 元奴隷の持ち物を回収したいなどと、奴隷思いな主人もいたものだ、と軽く考えていた。


 その印象は、驚愕とともにすぐに覆された。

 それ以来、モイーは渡の商品から目が離せなくなった。

 次々ともたらされる、これまでに見たことも聞いたこともない珍品の数々。


 渡は自分の出身をけっして明かさなかったが、まるで異郷の地からやってきたように、目新しさに満ちていた。


 そして今、渡がテーブルに置いたのは、これまで見たことのない形状のガラス製品だった。

 二つの漏斗を逆さまにしてくっつけたような物が、サイズ違いに五つ並んでいる。


 ガラスの中には美しい砂が入っていた。

 サイズごとに砂の色は違う。

 透き通った、ありとあらゆる雑味を感じさせない透明なガラスは美しいが、それだけであり、意味が分からない。


 とはいえ、これまでにモイーの予想を覆してきた渡の品だ。

 一見して侮るような真似はしない。


「なんだこれは?」

「これは砂時計ですね」

「砂時計……。ふむ、日時計や水時計は聞いたことがあるが……。これで時間が計れるのか?」

「はい、そうです。こちらの皆さんは、日時計を用いて時刻を図り、街の鐘に合わせて、およその感覚で生活していると聞きました。そのため、待ち合わせでも長時間待つこともごくごく当たり前だとか」

「そういうものではないのか」


 多忙を極めるモイーも、時間感覚は現代日本人と比べると、非常におおらかだ。

 国の重大事を決める会議などでは、多くの者が顔を合わせるため、ある程度の時間合わせは行われる。

 それでも所用で遅れるような場合は、最低人数に達したら会議をどんどんと進めてしまい、後から入ってきたものは改めて進行を聞く、という形を取っていた。


「こちらの砂時計は、私の国で五分という単位を計ることができます。マリエル」

「はい、モイー卿、失礼します。この砂時計を逆さまに回転させます」

「ふむ……砂が中央の細い筒を通って、少しずつ流れていくな」

「はい。この場所を通称蜂の腰、と呼びます。この砂は常に一定の勢いで流れます。そしてこの砂が最後まで流れ終わった時間は、常に一定なのです」

「ほう……!? なるほどな」

「高いところにある砂が、下に落ちてくる。このサイズ違いの砂時計によって、厳密に何分という時間を計ることができます」


 モイーは砂時計を見た。

 たしかに一定の時間を計れるのは、様々な計画を立て、実行するのに好都合だ。

 特に訓練での進捗管理には持って来いではないか。


 とはいえ、それは別に日時計でもできなくはない。

 短い時間はたしかに把握に難しいが……。


「この砂時計の良いところは、パッと見ただけで、およそどれぐらいの時間が残っているのかが視覚的に分かることです」

「うむ、仕事量と残り時間を比較しながら、ペースが掴めるわけだな」

「そして、見ていても楽しいという点も重要です」


 ただ砂がサラサラと、音もなく落ちていく。

 上の容器にたっぷりと詰まった砂が少しずつ容量が減っていき、下の容器には砂が少しずつ溜まり、高さを増していく。

 さらさら……さらさら……。

 ハッ!? と気づいたときには、無心になって砂を眺めている自分に気づいた。


 な、なんだこれは!?

 ただ砂が落ちているだけだというのに……楽しい! 驚くほど楽しいぞ!


 だが、その時間も話をしながら眺めていれば、すぐに終わる。

 上の容器から砂が一粒も残さずなくなった。

 ああ……終わってしまった。


 なんだか寂寥感が胸に湧き上がった。


「ふむ……終わったな」

「はい。では次は卿が逆さまにしてください。乱暴に扱わなければ、上下と枠は木でできているので問題ありません」

「ふむ。おおっ、こうやって砂時計を何度もひっくり返すわけだな」

「はい。これは五分の物ですが、他に三分、十分、三十分、そして最長で一時間のものをご用意しました」

「なるほど。用途に合わせて使い分けるわけだ」

「取り掛かる仕事のおよその見積もりに合わせて、砂時計を選び、くるっと回していただければと思います」

「ふむふむ。こうクルッとな。おおっ、複数同時に回すのも良いではないか!」


 なかなかに良いものだ。

 それに人にも見せやすい。

 これをエトガーに見せてやろう。


 あいつは部下に仕事を任せきりで暇そうだが、暇だからこそ・・・・・・ぼうっとこの砂時計を見るのに夢中になるに違いない。

 今から悔しがる顔が思い浮かんで、モイーはにやっと笑みを浮かべた。


「そして、次がこちらです」

「四角い透明のガラスの中に、水が入っておるな? なにやら不思議な色合いのものがある。まるでインクのようだが……」

「流石の慧眼ですね。こちらは特殊なインクを用いております。卿自らの手で逆さまにしてみてください」

「う、うむ」


 モイーは渡に促されるままに、逆さまにした。

 すると下部から蜂の腰を通って、光沢のある赤いインクの滴が次々に浮かび上がっていく。


「こちらはオイル時計ですね」

「なるほど! 実に見ていて楽しい! ポコポコと小さな粒が上がっていくのを見るだけで、不思議となんだか心が洗われるようだな!」

「裏に明かりをおいて見てください」

「おおおお!? 中が光を反射してキラキラとまばゆい星の如く輝いておるッ! ぽこぽこぷくぷくぽこぽこぽこぽこ……おおお、不思議だ。頭で仕組みは分かるし、単純な仕組みだと言うのに、なぜか惹きつけられて目が離せん」


 ポコポコプクプクポコポコプクプクポコプクポコプク……。

 はっ!?

 またもや時間を忘れて見惚れてしまっていたぞ!?

 いや、だがこれは……!


「時間を計るだけでなく、そのときの一瞬一瞬を楽しんでいただける逸品かと思います」

「うむうむ! 良いぞ! 良いぞ!」


 砂時計も目を奪われるが、このオイル時計はもっと目を楽しませてくれる!

 モイーは少年のように目を輝かせて、浮かび上がっていくオイルの輝きに魅せられていた。

 ぷくり、ぽこぽこ、と小さな粒が揺らめき移動する様がとても面白い。


 自分で見ているだけでなく、これをまた王都の好事家たちに見せびらかせば……。

 ぬふふふ、と未来を想像して、思わずモイーは笑み崩れた。


「この時計が優れているのは、人の身にとって、もっとも効率の良い働き方ができる点です」

「ほほう? どういうことだ。詳しく説明してみよ」

「はい。こちらのエアのように優れた戦士でも、休みなく戦い続けられないように、黒狼族のクローシェが、地の果てまでは走り続けられないように。長く優れた働きをするには、休みも必要です。これは体だけでなく、頭を使う仕事でも変わりません」

「であろうな。我もあまりに長時間根を詰めると、頭がぼうっとする時がある。最近ではそのような時、貴様が持ち込んだコーヒーを飲むようにしておるのだ」

「ご愛用ありがとうございます」


 最初は苦くて薬のようだと思っていたが、次第に慣れると妙味が分かるようになって、気づけばやみつきになっていた。

 鼻孔をくすぐる香りも、口に広がる苦さの中に隠れた甘みも旨いし、頭がスッキリと冴えて良かった。

 ちと高すぎるのが困りものだが。


「この砂時計を基準に、働く時間と休む時間を分けられることをオススメします。非常に差し出がましいことですが、卿は多忙を極められております。今後もその多忙さはおそらく続かれることでしょう。ときには流れる砂を眺めて心と体を休まれてください」

「ふむ……」


 なんとこいつは、我を珍品で楽しませるだけでなく、この身を案じていたのか!


 モイーにとって、渡は物珍しい物を持ち込む商人でしかなかったが、はじめてこの時、モイーは渡個人に親しみと興味を持った。


 一体どういう男なのか。

 なぜ南船町に突如現れたのか。


 他の主人と比べると奴隷に入れ込むようだが、どういう物に喜びを覚えるのか。

 どのような対価が、一番この男が喜び、また新たな希少品を持ち込みたいと思うようになるのか。


 人をく使うとは、相手の望むものを与えることだ。

 金が欲しい者に地位を与えても喜ばない。

 権力や地位を欲するものに、大金を与えても喜ばない。


 御用商人の地位は渡のためでもあったが、それ以上にモイーのためでもあった。

 だとすれば、この男の望むものはなにか。


 奴隷の剣を求め、両親の安全を求め、素性を隠すために変身の付与の品を求めた。


 そういった諸々の思案を始めながらも、モイーは破顔して大声を放った。


「なるほど。相変わらず見事な品であった! 我は満足である!」


――――――――――――――――――――

ということでモイー卿視点でのお話でした。

当初モイーは切れ者だけど蒐集家としては愛嬌もある、みたいな立ち位置だったんですが、気づいたら好き勝手に動くし、作者の想定を超えた反応に驚いてます。


贈り物の予想ではスケルトンの時計を予想した方がいて、かなり近くて驚きました。

ボトルシップについてもいつか書こうと思ってたのでこれも驚きでしたね。


さて、またもやギフトをいただき、ありがとうございます。

これで今月、過去最多のサポートをいただいたことになり、とても嬉しかったです。

毎度のことですが、直接返信できないため、この場を借りてお礼申し上げます。


次回、ようやく登場する『マリエルの両親(仮)』、お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る