第23話 モイー卿への贈り物
モイー卿に贈る物は何が良いか。
改めて考えてみると、なかなかに難しい。
国府卿に選ばれるぐらいに高位の貴族であり、非常に有能な領主でもあるモイーにとって、自国の珍しいものの大半は自力で得ることができる。
となると、地球産の物が望ましいのは確実だ。
問題は、地球で手に入る珍しいものが、異世界において当然のように珍しいとは限らないということだ。
これは逆にも当てはまる。
地球においてはポーションは珍しいが、異世界においては有り触れている。
異世界でガラスがかなり希少なものだという情報があったからこそ、物珍しさも相まって、万華鏡は気に入ってもらえた。
「うーん、難しいな……。やっぱりガラス製品が鉄板かな? マリエルはどう思う?」
「あまりにそればかりだと、モイー卿からそういう商人だと捉えられてしまいませんか?」
「それもそうか……。砂糖に酒にコーヒーに、色々手広くやってるつもりなんだけどな」
こういう相談事は基本的にマリエルが相手になってくれることがほとんどだ。
元貴族で教養があり、肯定するばかりではなく、ちゃんと問題点や疑問点を指摘してくれる。
エアなら直感頼りで適当なことを言いかねないし、クローシェは真剣には考えてくれるだろうが、貴族について知識に乏しい。
「ステラはどうだ?」
「どうだと言われても、わたしまだこちらの世界に詳しくありませんわ」
「それもそうか。ステラもこっちの街とか物をもっと紹介しないといけないな」
マリエルやエアとは特に色々な場所を巡った。
そこまで忙しいわけでもなかったし、三人で出かけるならそれほど負担もなかったことが大きい。
さすがに五人で出かけたり食事を取るのは、大人数であるために、色々と不都合が起きがちだ。
車は基本四人乗りだし、店のテーブル席も四人がけまでが多い。
ただでさえ美女ぞろいで人目を引くが、それが四人も集まると、相当な印象に残るだろう。
交流を増やしたいと願いながらも、現状は少し規模が大きくなっているように感じた。
エアとクローシェが稽古するときに連れて行ったり、分かれて行動する時間をもっと取っても良いのかもしれない。
全員で行動する時間も大切だが、それぞれと濃密にコミュニケーションを取るのも、同じぐらい大切だ。
「さて、じゃあやっぱり、当初予定してたこいつを持っていくぞ。今回は色々なお礼を兼ねてるから、気に入ってもらえるかどうか、ちょっと心配だ」
「大丈夫ですよ。私も
「わたしもただただ見てるだけで飽きませんねえ。心が落ち着きますし、なんだかワクワクします」
「そうか。じゃあ、やっぱりこいつでいくか」
モイーへの贈答品は、以前から候補を見繕っていた。
はたして気に入ってもらえるだろうか。
相手が貴族だから、偉い人で影響力が大きいから。
そういったことを抜きにして、渡は贈り物が気に入ってもらえたらいいな、と心から思った。
それが多分、きっと贈り物の一番大切な、本質的な意味だろうから。
◯
南船町がモイーの領地になって、まだ四ヶ月経ったかどうか。
だと言うのに、今日も町はにぎやかで、少しずつ発展して行っているのが分かる。
モイー領で採れる良質な芋を始めとした食料品が、河川を通ってあらゆる地域に出荷されていくのだ。
自然と行き交う荷は増えて、川船はとても多くなっていた。
南船町と星見ヶ丘を結ぶ主要道路は、毎日拡張が行われているらしい。
日雇い労働者が他都市から呼び集められて、日夜汗を流し仕事をする。
手に入った給金は宿や酒場、娼館などに落とされ、都市はますます経済的に潤っていく。
道路工事という大金のかかる事業。
それをすぐに始められる資産を持つモイーだからこそできる、経済成長だった。
当然、モイーの領主館には多くの人が詰めかけることになる。
何の伝手もない陳情者などは、長時間、あるいは日をまたいで待たされることもあるだろう。
中には待つことに疲れて悄然としている
そういった人を横目に、御用商人であり、また事前に約束を取り付けていた渡たちは、待たされることなくスムーズに館に入った。
執務室で多くの書類を次々と決済し終えて、モイーが渡を迎えた。
「国府卿、いつもお世話になっております。先日はエトガー将軍との仲立ちをいただきありがとうございました。また、この度は御用商人の偽者の件で大変ご迷惑をおかけしました」
「顔をあげよ。貴様は被害者だ。そこまでかしこまる必要はない」
「はい。そう言っていただけると、気持ちが楽になります」
最初に言いづらいことを言い終えて、渡はほっと肩から力を抜いた。
これで処罰される可能性はまったくなくなった。
反対に、嫌なことを思い出したのか、モイーの表情が不機嫌そうになる。
「まさか我の御用商人を騙る愚か者がいるとはな……。取り調べは済んでいる。幸いなことに犯行からまだ間もなく、被害者もそれほど多くはなかったようだ」
「それは良かったです。一つお伺いしたいのは、なぜ犯人は俺の立場を騙ろうとしたのでしょうか?」
「あのバカな口上売は、これまでの商売に失敗し、どうもかなりの負債を抱えていたらしい。到底返済できぬ額の期日が迫り、一発逆転を狙ったのだ」
「だとしても、手段が悪すぎませんか」
「愚かなことよ。貧すれば鈍するというが、良い見本だ。渡、貴様も気をつけよ」
「はい。御心遣いありがとうございます」
「我に珍しい逸品が手に入らなくなれば困るからな。質問はそれだけか?」
「どのような処分をされたのか、当事者としては気になります」
できればちゃんと処罰はされて欲しい。
ないとは思うが、人の名を騙って、微罪扱いでは気分が悪い。
渡の質問にモイーはしばらく考えて言った。
「さて……我も詳しくは知らんが、今頃は新薬の実験台になっているのではないか? 薬効を確かめるために刻まれながら回復させられたり、手足が十本生えていたり、目玉が四つや五つになったりしていても不思議ではないが……。なんだ、そういうゲテモノ好きの気質でもあるのか?」
「いえ、滅相もございません! ご遠慮させていただきます」
「それが良い。我の名にかけて被害者は救済しておいたし、この件についてはこれで終わりとする」
「了解いたしました」
これ以上追求したくない内容だったこともあり、モイーの一声はとても助かった。
これでも、渡の反応を見て配慮してくれているのが分かる。
次にモイーは若干、声色を優しく、表情にも笑みを浮かべた。
「話を変えよう。マリエルの両親だが、先日南船町に着いた。長旅で疲れていたようだが、今は元気にしている。仮家に待機させているので、後で会うが良い。場所は配下に案内させる」
「は、ありがとうございます。良かったな、マリエル」
「はい! ようやく会うことができます」
「うむ、ご両親も君に会いたがっていた。久しぶりの再会だ。ゆっくりと過ごすと良い」
目を潤ませ、マリエルが感極まったように頬を紅潮させた。
美しい挙措を続けていたが、本当にわずかに震える体は、その内側で感情が爆発していそうだ。
マリエルの両親については、以前からかなり行方を気にしていたのだ。
マリエルからは、自分を奴隷として売り払った両親に、文句の一つも吐いているのを聞いたことがない。
それだけ、領地経営に苦労していた姿を見てきたのだろうし、両親から愛されていたのだろうと渡は思っている。
しかし、それにしてもモイーは仕事が早い。
領地の決済を多量にこなしつつ、もう偽者の件について取り調べと救済を済ませ、マリエルの両親の手配も済ませている。
モイーが蒐集家として多くの蒐集品を集められるのも、その土台として無数の富を生み出す能臣としての顔があるからなのだと、改めて感心した。
ただただ蒐集品にうつつを抜かすような人物ではなかったのだ。
「うむ、これで事前に話さねばならない用件は終わったな。我は忙しい。他に用がないなら下がると良いぞ。用がないのならな」
しかし、どれだけ優秀であっても。
明らかに分かるほど興味津々に、チラチラとエアの持つ鞄に目をやるモイーは、やはりエアの言うところの「モイモイー!」って感じなのだった!
――――――――――――――――――――
くそ。
頑張ってモイーの格好いいところも見せてやりたいのに、どうしても最後がモイモイーな感じになってしまう……!!
次回、渡が贈った
予想できる人はいないと思う。
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