第22話 仕立て服の完成

 南船町の職人通りを通って、バックの工房へと足を運ぶ。

 薄暗く細い道のりも、慣れてしまえば色々と楽しむ余裕が生まれてくる。

 それでも渡は、日の出ている明るい時間帯に通うようにしていた。


 以前襲撃された記憶は、今もまだハッキリと残っている。

 あの頃よりもエアもクローシェも感覚を取り戻し、今はステラがいるとはいえ、狭すぎる路地はかえって身の守りには向いていない。

 格好の襲撃地点であることは、今も変わりなかった。


 工房に着くと、弟子に呼ばれてゆっくりと親方のバックが出てきた。

 相変わらずひどい猫背だが、これは慢性治療ポーションでは治らないのだろうか?


 飲めば治るが、職業柄そのままにしているのか、長年の癖づいたものは病気ではないと判断されて、治らないのか。

 他人の身体的特徴をあれこれ言うほど野暮ではないが、ポーションを販売する身として、その効能と限界については、少し気になった。


 バックとはすでに仮縫いで何度も顔を合わせている。

 渡を見ても、当然のような対応をしてくれていた。


「おう、よく来たね。今日は付き人が一人多いじゃないか」

「本日もよろしくお願いいたします。こちらは俺の新しい奴隷です。今後の商売に深く関わる相手ですね」

「ステラと申します。よろしくお願いします、マエストロ」

「おうおう、そんなに畏まらなくていいんじゃぞ」

「ウィリアムさんの紹介ですし、マエストロとも呼ばれる方に、あんまり馴れ馴れしくもできませんよ。あ、これお茶菓子です。よかったら皆さんでどうぞ」

「ほっほ。ありがとうよ」


 基本的にこちらの世界の人々は、日本の茶菓子などは非常に好評だ。

 バックが機嫌よく茶菓子を受けとって、それを弟子に手渡す。

 そして手際よく、吊られていた渡の仕立て服を手繰り寄せる。


 ベネシャン織りを用いた仕立て服も、すでにそのほとんどが出来上がっていた。

 今日の最終調整で問題なければ、このまま着れるとのことだが、はたして結果がどうなるのか。


 貴族たちを相手にして恥ずかしくない服装は欲しい。

 だが、仕立て服初挑戦の渡は、同時にこれほど手間暇がかかるとは思っていなかった。

 何度も足を運び、時間が取られるのはなかなかに大変だ。


 特に最近は忙しさを増している渡にとって尚更で、できれば今回で決着をつけたい、と心底思った。


「さて、それじゃあ袖を通してみなさい」

「はい」


 渡はスーツを着ていく。

 たっぷりとした布地を用いて、ゴージラインはかなり低めに作られている。


 袖を通していくと、ピタッと吸い付くように体のラインに沿っていくのが分かる。

 と同時に、まったく負担がなく、体を動かしても一切ジャマをしない。

 ぶかぶかのスポーツウェアともまた違う、体にピタリと沿った快適感は初めて体験するものだ。


「おっ、これは! 今までもフィットしてましたけど、これはなんか、違う」

「ふむ、問題なさそうだね」

「ご主人様、素敵ですよ!」

「そ、そうか?」

「ニシシ、そうやって立ってると、どこかの商家の大旦那様みたい」

「と、とてもお似合いでしてよ!」

「あらあらー、とってもカッコイイですねえ」


 それぞれが素直に称賛してくれて、渡は珍しく照れた。

 自分を着飾ることに関しては、あまり力を入れてこなかった。

 自分が世間一般的な外見であることはよく自覚していたからだ。


 だが、やはり仕立て服ともなると、見た目の印象も変わるのだろうか。

 彼女たちからおだてているような雰囲気は感じられない。


 むしろ、思ったことを素直に言ってくれているように、渡には見えた。


 バックは渡の着姿をしっかりと観察し、手足を動かすことを要求する。


「お前さん、仕立て服を作ってる最中に急に体を鍛えだすから、こっちは大変だったぞい」

「す、すみません! ちょっと体力不足に思うところがありまして……」

「仕立て服は客の体型の変化にもある程度合わせられるのが強みだが、それも程度がある。極端に体型が変わるようなら、新しく卸さんといかんよ」

「分かりました……」


 まさかマリエルたちとの毎晩繰り広げる相手のために鍛え始めたとも言えない。

 渡は赤面した言葉を濁した。


 それでも多少筋肉はついたし、筋力も上がり、スタミナもついた。


 おかげで色々な体位も楽しめるようになったのだ。


 それに今では、異世界で忙しく動いてもそれなりについて行ける。

 渡は話題を変えようと、以前に棚上げしていた、異世界の布地を取り出した。


「こちら蜘蛛族の糸とアルラウネの糸で織った布地なんですが、こちらでも俺の体型に合わせて作ってもらうことはできるでしょうか? ……実は、俺の地元の工房に持ち込んだんですけど、ハサミが負けると匙を投げられてしまって」

「そりゃ構わんよ。体型も分かっておるしね。むしろうちに頼んでくるのはこういうのが多いんだよ」

「ええ、そうなんですか!?」

「うむ。そもそも扱えるところが少ないからね」

「知らなかった。いや、もしかしたらそうじゃないかとは思ったんですよ」


 現代鋼で歯が立たないなどと言われる、図抜けた硬さを誇る布を、どれだけの職人が取り扱えるか。

 そう考えると、自ずと一部の腕の良い職人に仕事が集中するのは当然のことだ。

 マエストロ、との評判はこういった点も大いに貢献しているに違いなかった。


「スーツの形状も同じにするのかい?」

「ゴージラインを少し高くして、ノッチドラペルでお願いします」

「ほう? なるほどね。もしよかったら、うちの若いのにも手伝わせたいが、構わないかい? もちろん重要なところは、責任を持ってワシが担当する」

「はい。大丈夫です」

「それは良かったよ。若いのにも経験を積ませなきゃならんからね」


 渡の希望は、あくまでも現代日本を中心に考えたものだ。

 こちらの世界では生地を豊富に使い、上襟の下襟の合わせ目ゴージラインを低くすることで、恰幅の良さや裕福さを押し出すスタイルが好まれる。


 水戸黄門の印籠は、目に見えるところに出しておいてもらわないと、罪人が増えて仕方ない。

 封建社会という、見た目で偉さが分からないと・・・・・・・・・・・・・大惨事を招きかねない・・・・・・・・・・社会に即したスタイルだ。


 異世界と比べれば、現代日本ではむしろラインはやや高めに、ラペルもこちらの世界に比べると細く、スタイリッシュな見せ方になる。

 バックは渡の要求を聞くと、その意図を正確に把握したようだが、余計なことは言わなかった。


 むしろ普段扱わないスタイルに、面白そうじゃわい、と呟くのだった。


 これで防刃や防弾性能に優れた衣服を手に入れられる。

 エアやクローシェの護衛の負担も、気持ち的に多少は減らすことができるだろう。


 そして新たな二着のスーツの制作に、また仮縫いを必要として渡は苦労するのだが、それはまた別の話。


――――――――――――――――――――

週末に二件ギフトいただきました。

誠にありがとうございます。

また面白い作品を書けるように頑張っていきます。


明日の更新は、モイーモイモイ!? でお届けします。

(嘘です。こんなタイトルじゃありません)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る