第21話 タメコミ草の成果

 これから余罪を追求され、動機などの詳しい話も分かっていくのだろう。

 ひとまず被害者である渡はその場から急いで離れた。


「……とんでもないトラブルが発生して予定を超過してるけど、タメコミ草のチェックは今日中に終わらせるぞ」

「分かりました。後日、あらためてモイー卿にも話を通したほうが良いかと」

「どうせ将軍との仲立ちでお礼を言いに行くところだったんだ。全部まとめてやってしまおう……」


 面倒事を増やしやがって、と若干の不機嫌さを滲ませながら、渡は王都のゲートへと足を運ぶ。


 ふと渡はステラを見た。

 口上売を相手にしていた時、ステラは渡の護衛をしてくれていたわけだが、彼女は何の武器も手にしていなかった。

 強兵として知られるトーマス将軍の軍が苦戦を強いられ、エアやクローシェから一目置かれるステラの実力はたしかなのだろう。

 が、それでも素手で戦わせようとするのはどうだろうか。


「そういえば、ステラは魔法使いなんだよな。杖とかやっぱり要る?」

「なければないで戦いようはありますが、やっぱりあった方が良いですねえ。ただ魔法具なので、手に入れるのは大変なのです。高価ですし手に入りにくいですから、わたしのような奴隷のために骨を折っていただかなくてもよろしいかと」

「いや。それは違う。君たちがしっかりと装備を整えて、十分に働いてくれればそっちの方が俺は助かる。これで俺が貧乏に喘いでいて、余裕がないなら別だけど、ありがたいことに俺は収入のあてがあるからな」


「……分かりました。お心遣いありがとうございます。ここは王都だそうですから、魔法使いのためのお店も多いのでしょうか?」

「俺は知らないけど、多分あるんじゃないかな」


 王都の観光をしたことはあるが、マリエルが案内してくれていた。

 かつて王都で生活していたマリエルは、心当たりがあったのか、すぐに知っていることを伝えてくれた。


「あ、私は行ったことはないですが、場所は知っています。どちらを優先しましょう?」

「悩ましいな。でも先に決めてた用事を終わらせよう。俺はもうタスクを中途半端に抱えたままにしておきたくない。やることが増えるにしても、一つずつ終わらせたいんだ!」

「ふふふ、承知いたしました」


 マリエルがおかしそうに笑うが、笑える要素なんて俺にはどこにもないんだ。

 渡はぐっと頭のなかで湧き上がった言葉を抑え込んで、ゲートを潜った。



 ゲートの先は以前に掃除をしたからか、綺麗とまではいかないが、特に変わり映えがない。

 うっすらと土埃が積もっているから、相変わらず誰もここには来ていないようだった。


 祠の中から、古代遺跡を覆う森を見上げて、ステラが感嘆の声を上げた。


「ここが言っていた古代遺跡ですかあ。たしかに恐ろしい魔力濃度ですねえ……。それにただ濃いだけじゃなくて、異様なまだら模様になってて気持ち悪い……木々も変な成長の仕方をしていて可哀想です」

「魔力には気をつけてくれよ。まあ、前回飛び出そうとした俺が言えたことじゃないが」

「うふふ、わたしはこれでもエルフの端くれです。自分だけでなく、周りの魔力を扱うのもそれなりに得意なんですよ」

「おー、すっごい緻密な結界。さすがエルフ」

「うふふ。本職ですから、これぐらいできなくては」

「お、お姉様も負けていませんわ!」

「アタシは代々伝わる宝剣があるからね。クローシェもアタシのために一々対抗しなくていいの」

「森は我々の棲家とはいえ、この森は勝手が違いそうですわねえ。古代都市にしか存在しない伝説的な魔法具も気になりますが、諦めましょうか」

「アタシも魔剣とかありそうだなって思ってるんだけど、けっこうヤバいモンスターとかもいるし、トラップとかあったら大変だから、無理っぽいよねえ」


 魔力災害の影響を受けずにステラが祠から出て、その後をエアとクローシェが続いた。

 すぐ目の前に設置したビニールハウスの中は、はたしてどうなっているのか。


 無事に育ってくれているなら文句なしだ。

 だが、万が一にも前回のクローシェのような騒動が起きたら。


 ハラハラしながら渡は第一報を待った。

 そして、すぐにエアが帰ってきた。


「主!」

「ど、どうだった!?」

「バッチリ! 問題ないって!」

「よっしゃ! そうかそうか。危険な中でビニールハウスを組み立てたり、エアも本当に良くやってくれたな!」

「エヘヘヘ……。主の役に立てて、うれしい」


 にへらっと笑み崩れたエアが、尻尾をブンブンと振る。

 クニクニとした耳をくすぐりつつ、頭をグリグリと撫でてやると、エアは頭を手に擦りつけてくる。

 この甘えため。うりうり。

 エアが本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。


「ニシシ。あとでクローシェも褒めてあげて。この前失敗したの、気にしてるみたいだから」

「ん、そうか。もうたっぷりお仕置きもしたし、気にしなくて良いんだがな」

「もー主は分かってないなあ。そういう問題じゃないんだよ」


 失敗した、という汚名を、成功した誉れで雪ぎたいのだろう。

 狼の一族を名乗るだけあって、その辺り渡が思っている以上に、誇り高き少女なのかもしれない。


「主はアタシの隣に立って。危ないから離れないでね」

「分かった分かった。マリエルもいっぱい提案して、サポートしてくれてありがとうな」

「もったいないお言葉です」


 離れないどころか、腕を絡めてるじゃないか。

 渡は苦笑いを浮かべながらも、指摘はしなかった。

 それだけ上手く行って喜んでくれているのだと思うと、むしろ好きにさせてあげたい。


 マリエルが反対側で同じように手を組んで、一体何を張り合ってるんだと思ったが、それも指摘はしなかった。




 そして魔力を遮断する素材で作られたビニールハウスの中では、渡の太ももほどまでも成長したタメコミ草の姿があった。

 よほど生育環境が良かったのだろう。


 ポットから親指ほどもある茎が伸び、そこからいくつも枝分かれして、たっぷりと葉を茂らせている。

 すごい成長速度だとも思うし、祖父の徹から届けられた葉よりも大ぶりだが、それでもまだ常識的な範囲に留まっていた。


「ステラ、これは素材として使えるか?」

「はい、貴方様。これほど豊かに魔力を溜め込んでいるものは珍しいです。薬草園では魔力の薄い土地に鋤き込んであげれば、ポーションにも使える薬草が育つでしょう」

「ほとんど世話らしい世話もしてなかったが、よく育ってくれたなあ」

「タメコミ草は地中の栄養も多少必要ですが、魔力こそが一番の栄養です。遮断素材を用いても十分な魔力に満たされたこの空間なら、育ちやすい環境かと思われますわ」


 森の中ということもあって、空気中に水分も含まれてしっとりとしている。

 おそらくは朝露などで十分な水気も確保していたのではないだろうか。


「ゲートの調子も前より少し良さそうだし、今後はこのビニールハウスの規模を拡大して、空気中の魔力をちょっとずつでも減らしていけると良いな」

「この魔力溜まりが解消されるには数千年はかかりそうですねえ……」

「やらないよりやった方が良いんだ! はい、この話は終わり!」


 渡が買った山とは比べ物にならない噴出量を誇る龍脈の地域だ。

 タメコミ草が確保する魔力量など、大河からペットボトルで水を掬ったに等しい。

 次から次に水は流れ、川の水量がどれほど変わるというのか。

 そうとは分かっていても、まったく何もしないよりはマシに違いない。

 それに渡にとっては、薬草の素材になることが大きい。


 また一歩前進したぞ、と達成感を得て、少し疲労が軽くなった気がした。


 なお、クローシェはその夜にたっぷりと褒められ「も、もうご褒美はいらにゃい、ほめられるのはじゅうぶんれすわ……❤ っ、もうほんとうにいらにゃいれすわあっ」と言ったとかなんとか。



――――――――――――――――――――

よーやくまた一つタスクが終われた。

渡も大変だけど、伏線管理しつつ、やるべきことを書いてる作者も疲れたー。

最近は感想コメントと★とレビュー、ランキング通知を励みに頑張ってます。

いつも本当にありがとう。

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