第20話 御用商人

 まさかこの口上売も、本人を前に騙ってみせたとは思ってもいなかったに違いない。

 得意満面の表情を見せられて、渡は呆然となった。


 あまりにも可笑しすぎて、顔が勝手に苦笑いを浮かべてしまう。

 だが、苦笑いとはいえ笑っていられたのは、騙られた本人だけだったようだ。


 マリエルが、エアが、クローシェが、能面のように表情を失って、口上売の熊獣人を見ていた。

 これまでの付き合いの短いステラでさえ、不愉快そうに顔を歪めて、男を軽蔑していた。


 あの、怒ったうちの奴隷、マジ怖いんですけど。

 主人である渡でさえ思わず怖気づき、聴衆がなにかおかしいとジリジリと後ずさる状況だというのに、愚かにも直接狙われている男だけが、事態の危機に気づかないでいる。


「どうしたら良いと思う?」

「御用商人の詐称は重罪です。すぐに衛兵に突き出しましょう」

「捕まるとどうなるんだ?」

「多分、良くて死罪ですね」

「良くてって……それ以下があるのか?」

「はい。お忘れですか、最下層の奴隷は、それこそ人体実験に使われて、死んだほうがマシな目に遭います」


 冷え冷えとしたマリエルの声を聞いて、渡はヒュッと息を呑んだ。

 もちろん偽者が出たことには気分を害しているが、はたしてそこまで不幸に突き落として良いのか。

 渡のそんな葛藤を見抜いたのか、普段は主人の意向を最大限尊重するマリエルが、ここで日和見を許さなかった。


「この男がいつからご主人様の名を騙っているのか分かりませんが、すでに相当な被害者が出ているでしょう。その手が他の貴族に伸びていないとは保証できません」

「そんなに騙されるか?」

「実物を見たものが少なく、また辺境の領主が見栄のために買う可能性はありえます。見栄で買っているのですから、偽物と分かれば虚仮にされたと激怒するでしょう。最悪ご主人様にその責を咎められる恐れすらあります」


 事態の深刻さに気付いて、渡もさすがに楽観視はできなくなっていた。

 苦笑いしているような状況ではない。

 軽い警告で見逃すなどもってのほかだ。


 今すぐこの偽物を弾劾し、被害を訴えなければならない。


「さしあたって、エアとクローシェに取り押さえるようにお命じください。私はすぐに衛兵を呼んでまいります。ステラにはご主人様の護衛をお願いします」

「分かった。エア、クローシェ、ケガを負わせずに捕縛できるか」

「任せて。クローシェ」

「ええ」


 ほとんど言葉らしい言葉もなく、エアとクローシェが飛び出した。

 そもそも口上売は襲われるとは思っていなかっただろう。

 大した抵抗もなく、茣蓙を敷いた地面に押さえつけられた。


 まあ、抵抗したとして、それが抵抗になったかは疑問の余地が残るのだけれど。


 大きな体格の熊獣人が、可憐な乙女たちに軽く押さえつけられている様子は、何かの見世物のようだ。

 突然の強行に、聴衆がわっと悲鳴を上げて逃げ散った。


「おい、お前ら! 俺の商品をどうするつもりだ! 誰に手を出してるか分かってるんだろうな!? 御用商人の俺に手を出したら、モイー卿が黙って――」

「黙れ」

「死にたくなければ汚い口を閉じなさいな」

「ひいっ!?」


 この期に及んで、まだ自分が偽者だと発覚したと気付いていないのか。

 荒声を上げて威嚇する口上売の度胸も凄かったが、エアとクローシェから絶対零度の殺気を受けて、完全に心をへし折られた。


 ちょっと待って。

 エアもクローシェも態度変わりすぎ。変わりすぎじゃない?

 ニシシーとかですわー! とかどこに行ったわけ?


 渡が驚いているうちに、手際よく呼ばれた衛兵が駆けつけてきて、とりあえず事情聴取を受けることになった。


 〇


 さて、すごく端的に説明すれば、渡こそが真の御用商人であることはすぐに判明する。

 これは当然のことだ。

 モイー卿から御用商人である証を受けているだけに、正当性を保証するのは容易かった。


「嘘だろ……あんたが御用商人の渡だって……!? な、なんで本人と出会っちまうんだ! ついてねえ!」

「俺の方は本当に幸運でしたよ。滅多に王都に来ないし、あの広場も通らないから、今日を逃したら被害が大きくなるまで知らないままだったかもしれない。まあ、悪事はバレるんです。観念してくれ」

「ご主人様って、けっこう運が良いですよね」

「まあな。なんてったってマリエルやエア、クローシェにステラに出会えた上、主人になれたぐらいだからな」

「まあ!」

「ニシシ。アタシも変な主人に買われなくてラッキーだったよ」

「わ、わたくしは……! い、いえ。こうしてお姉様とも出会えた上、一緒に暮らしているし、ふ、不満ではありませんのよ。でも幸運とは……ゴニョゴニョ……」

「わたしはこれから幸運に導かれるのかしらー」


 熊獣人の口上売はすぐさま別の意味で御用された商人・・・・・・・となって、引き立てられていった。

 衛兵に小突かれながら、それでも口上売の男は渡に向かって、あるいは自分の不運を天に向かって叫んだ。


「なんでだよ。俺とあんた、同じ砂糖を売って、なんでこんなにも差が生まれるんだ! 同じ砂糖売りじゃないか」

「人の名を騙っておいて、何が同じだ! そういうのは真っ当に自分の名前で商売して言いなよ! 誇りがないのか!」

「ぐうっ」


 エアに鋭く言いたてられて、男が呻いた。

 剣闘士として不敗を誇り、己の腕一本で名を高めたエアだからこそ言える言葉だっただろう。


「ワタルさん、災難でしたね。この男はしかるべき処罰を受けることになります。捜査が終わって、被害を受けた人がいないか、また説明すると思います」

「分かりました。よろしくお願いいたします」


 御用商人であることを知った衛兵には、とても丁寧な態度を受けた。

 王都に住む役人が、一介の商人に丁寧に対応する。

 これは背後にいるであろうモイー卿の権威によるものだ。


 その権威を傷つけようとした口上売を、モイー卿はどのように処するのか。

 渡には想像もしたくなかった。


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今日は本当に時間がなくて、見直しとかできてませんので、後日加筆とか修正するかも。

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