第19話 ニセモノ
薬草栽培のために山を購入した渡だが、まだまだ越えるべき課題は多い。
いったい誰が薬草を栽培するのか、というのも大きな問題の一つだ。
祖父の徹が問題なく栽培できたことから、ある程度野良仕事の経験がある人物なら、生育には問題ないのだろう。
もともと繁殖力もそれなりにあり、難しいものとも聞いていない。
だが、山を拓いて畑を作るのは相当な人力か動力を必要とするだろう。
その時だけ短期的にエアたちの力を借りるか、トラクターなどを使える人材を求めるか。
そう考えると、必要な労力はかなり大きい。
それに、これから事業規模が大きくなってしまえば、薬草について秘密を厳守できる口の固い協力者が必ず必要になる。
薬草そのものを、あるいは生育方法を盗まれました、ポーションの製造方法を盗まれましたでは非常に大きな損失になってしまう。
薬草については魔力の問題をクリアする必要があるが、万が一勝手に栽培された土地に魔力があれば、目も当てられない事態になる。
「口が固くて、疑問を覚えずに仕事をこなしてくれる協力者かー。難しいな」
「奴隷を購入されて、こちらに連れてきますか?」
「それも一つの手だと思うんだけど、長々とこっちで暮らすなら、やっぱり現地の人のほうが融通が利いて良いんだよ」
マリエルの提案に、渡は即答しなかった。
変化の付与の品を大量生産して、大阪で暮らしてもらうのも、秘密の厳守という意味では正解なのだろう。
だが、それが今後も規模が拡大していけば、成り立たなくなる可能性は大きかった。
こういう時、自分の古い交友関係に当たるのも一つの手だ。
とはいえ、地元の昔ながらの友人が、本当に口が固く絶対に秘密を守れるかどうかは、別問題だ。
友人として付き合うには良くても、秘密の多い仕事には向いていない人物も多い。
うかつに友情優先で頼んで、あとで裏切られたと悲しい思いをするくらいなら、最初からビジネス的な信頼できるパートナーを探したかった。
「爺ちゃんに泉佐野市まで通ってくれってのも無茶な話だしなあ……」
「結局のところ、ご主人様が誰なら信じられるか、にかかっていると思います」
「うん、そうだな。ちょっと考えるよ」
少なくとも、祖父と祖母、そしてマリエルたちのことは誰よりも信じられる。
たとえ情報が漏洩したとしても、自分の詰めが甘かったと諦めもつく。
だが、それ以外の人物となると一体どこまで信用できたものか。
契約で縛って、給料を多めに渡すか。
早めに決めなければならないと思いつつも、即断できなかった。
◯
渡は多忙を極めつつあるために、最近では用事をひとまとめにしてこなすことも増えていた。
その日は異世界に来て、それから再びゲートに移動する時は、王都と古代都市の両方の用事を済ませるというのも、少しでも移動時間を減らしたいという涙ぐましい努力によるものだ。
冬が近づいていて、道行く人々の服装も夏に見た姿とは様変わりしている。
コートなどの厚手のものが増え、外套を纏っている人も多いのは、街から外に出る人が多いからだろう。
中にはゴツい鎧や大剣、長弓、金属杖などを装備している者たちもいて、隊商の護衛や冒険者なのだと見て分かった。
特に異世界は、夏場すら日本と比べると少し気温が低かった。
冬になればより寒くなるようだ。
渡はこちらようにすでにコートを持ち込んでいるし、マリエルやエアたちは薄手のセーターを着ていた。
こちらの世界では耳や尻尾を隠す必要もないし、変化の付与の品で見えなくさせる必要もない。
やはり自然な気負いのない姿に見えて、渡としても見ていて嬉しかった。
「主! ベーキングパウダー、いっぱい売れたね!」
「ああ。『ヴォーカル』のお客さんにも、思ったよりも好評みたいで良かったよ」
「…………」
「どうした、マリエル」
「いえ、なんだか行列に並んでいた購入者の一人に、モーリス教授がいた気がして」
「本当か? あの人ってかなり偉い人だろう。自分で買いに出るのかな」
「普通に考えるとありえません。なんとしてもすぐに食べたかったのか、お忍びなのかなって思ったんですけど……たぶん気の所為ですかね」
「ビックリすること言うなよな」
「すみません」
登山用の大型リュックサックとショルダーバッグに詰めてきたベーキングパウダーは、すべてお買い上げになった。
在庫が尽きかけていたらしく、次の入荷を急ぐように念押しされてしまったのは誤算だった。
正直なところ参った。
これでまた王都に近々来ないといけなくなった。
とはいえ、最近では稼ぎに困らなくなってきている。
今日一日でも、金貨二〇枚の稼ぎ。
単価で考えると砂糖よりもかなり安い設定だが、それでも日本円換算でざっくりと二千万円。
長らくこの仕事をしていると、お金の感覚が変わってしまいそうだ。
今も以前ほど大きな衝撃は受けなくなっていた。
ヴォーカルも前回は清水の舞台から飛び降りるような表情を浮かべていたのに、今回は在庫が補充できると、ホッとした表情をしていた。
それだけ採算が取れて稼げているのだろう。
渡たちは裏口から声をかけたのだが、礼とともにお土産まで持たせてくれた。
「元々美味しいお店だけど、ますます美味くなってたな」
「親子揃って研究熱心そうでしたからねえ。今では王都でも結構知られてきたようですよ」
「あとは砂糖とコーヒーでもあれば良いんだが」
「主様、それでは軽食屋ではなく喫茶店になってしまいますわ!」
「あら、わたしはそれでも良いと思いますけど……なにやらわたしが知らない事情があるんですねえ」
ヴォーカルの店から王都の大広場まではすぐ。
そこから少し路地裏に入れば、古代遺跡に通じるゲートがある。
談笑しながら移動していた渡たちだったが、ひんやりとした寒さに負けず、多くの人で賑わっていた。
その中でも一際多くの人が集まっていたのが、売り込みの声をかけている男の場所だった。
口上売、あるいは啖呵売と呼ばれる、口で客の興味を引いて、割高に売りつける商売の一つだ。
威勢のよい呼びかけは、買うにしても見るにしても楽しませてくれる。
「さあさあ皆寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 寄るは一時の無駄、知らぬは一生の損! これが王都で今はお貴族様がこぞって競うように買い占めている白砂糖だよ!」
「へえ、こんなところでも売られてるのか」
自分の影響が王都のこんな所にまで影響を与えているのか。
一体どんな宣伝文句をして売るのか、興味が出て、足を運ぶ。
売っている男は大きな体格で、おそらくは何らかの獣人なのだろうが、ヒト種の影響が色濃く、あまり種族が分からない。
ぴょこんと丸い耳が見えるので、熊系かもしれない。
男は大きな体格に見合った、よく響く声で口上を続ける。
「こちらウェルカム商会から今飛ぶ鳥を落とす勢いのモイー国府卿が慌てて買い占めた! 南船町では代官がこの白砂糖を手に王都に返り咲いた! いまこの国にいる要職の皆々様方が、喉から手が出るほどに欲している、甘味な甘美な白砂糖! こいつが今ならなんと一袋金貨一枚だよ! あんた高いと思ったかい? いやいや、お貴族様と同じ味が楽しめるんだ。一生に一度の贅沢! 口の中で弾ける甘さの暴力! これを逃すと、一生後悔することになりますぜ!」
周りの聴衆は高いとか、でも興味がある、などとざわめいている。
そんな中で、渡たちは唖然とその砂糖を見ていた。
白砂糖というには、黄色っぽいというか、あまりにも色がついていた。
それでも現地の黒っぽい不純物の多い砂糖しか知らない人から見れば、それは
「なあ……あれ」
「偽物だね」
「ですわ」
渡の言葉少ない問いかけに、同じく端的にエアとクローシェが確信を持って頷いた。
優れた視力、嗅覚において、間違いなく偽物だと断定してくれたのは良かった。
これで万が一の勘違いの可能性を除外できる。
周りの聴衆には、誰一人として疑っているものはいない。
そもそも本物を知らないのだ。
あれがお貴族様愛用の、高いが買って見る価値はあるか。
一生の思い出に……。
ちょっと待て待て。
金貨一枚は渡からすればすぐに稼ぎなおすことができる額だが、市井の人々にとってはもっと大金だ。
渡は客を装って、情報を聞き出すことにした。
「お兄さん、これ本当にウェルカム商会から購入したのかい?」
「ああ、間違いないよ! この砂糖の白さを見てくれ! 丁寧な仕事で、ありとあらゆる不純物を取り除いてるんだ! まるで真珠みたいだろ!?」
「たしか小耳に挟んだんだが、たしかウェルカム商会は個人向けには販売してなくて、お貴族様ばかりに売ってると記憶してたんだが……」
こっちは白砂糖について知ってるんだぞ、というプレッシャーをかけてみた。
これで大人しく店を畳んで撤収するならそれで良し。
だが、啖呵売、口上売は威勢の良さで売っているだけに、軽々とは引き下がらなかった。
「おっ、お兄さん耳が早いね! 実はそのウェルカム商会に卸してるのがこの俺なのさ! 俺はこの砂糖でモイー卿から御用商人に任命されたんだ! 御用商人のワタルといえば、この俺のことさ!」
「…………」
口上売の堂々とした名のりに、さすがの渡も言葉を失った。
――――――――――――――――――――
話を進めたいが、思いついたネタが面白そうだったから仕方ないよね……。
次回、口上売の未来は……!?
最近なろうでもようやくランキング入りができました。
書籍化のチャンスが巡ってきた……のか?
よかったら感想とか高評価とかお願いします。
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