第18話 購入する山と龍脈
不動産会社に販売されていた物件は、主に和歌山県よりの大阪府内の山々だった。
具体的には泉佐野市に連なる山の一つだ。
軽く草が生えている土道を車で進んでいくと、古びた平屋建ての家に大きな納屋があった。
そこから先は管理を長らく放置されていた山だ。
木々が野放図に生い茂り、鬱蒼とした様子を示している。
開けた場所もあり、水量はわずかながら、湧き水もあるらしい。
家屋に電気は通っているが、ガスはプロパンガスボンベを利用し、水道は井戸水を組み上げているとのこと。
納屋は個人利用にしてはかなり大きく、物が入っていない今は余計に広く見える。
案内を終えて、ここを購入するつもりだと不動産会社の営業に伝えた後、渡たちはその場に残った。
山は青々とした針葉樹とともに、深い赤色に染まった広葉樹が混ざっている。
ひんやりとした空気が強い風とともに吹き付けてきて、じっとしてると少し肌寒かった。
渡もマリエルたちも、動きやすい格好をしていた。
体のラインがハッキリと浮き上がる伸縮性のある素材のせいで、四人の肢体の魅力が目に入って、そんなときでもないのに、ドギマギさせられる。
あのチャックをゆっくりと下ろして、収まっているものを見たい。
だが残念ながら、今はその時ではない。
日はまだ高いが、十一月の日没は早い。山ならばなおさらだろう。
ゆっくりしていたらすぐに日が沈んでしまう。
ただでさえ慣れない車の運転を、夜道に走るのは可能な限り避けたかった。
行こう、と渡は移動を促した。
「ステラ、エア、クローシェの三人は、薬草園に向いてる場所を探してくれ。今後のことを考えると、山の一部を切り拓いて農地にするぐらいでもいいと思うぞ」
「わたしはこちらの方向が良いと思いますの。おそらく魔力の濃い、龍脈に近い場所のようですねえ」
「うーん、アタシはそっちはすごい木が生えてるから、今すぐは原っぱのほうが良いと思うな!」
「お姉様の意見にわたくしも賛成ですわ! 短期的には木の生えていない場所を。長期的には山を管理して、利用するのが良いと思いますわ」
「め、珍しくクローシェが知的なことを言ってる……っ!?」
あのクローシェが。
渡は驚きのあまり、つい失礼なことを言ってしまったのも仕方がないことだろう。
クローシェにしたら思い出したくない失点なのだろう。
顔を赤くして渡に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと主様! わたくしのことをどう思っていらっしゃるの! わたくしけっして馬鹿ではありませんのよ!」
「す、すまん。出会いのことを思い出すとどうしてもな……」
「あ、あれはお姉様を前にして、我を見失っていただけで……!?」
エアに肩を押さえられて宥められ、クローシェは仕方なく追求を諦めた。
たしかに直感とその場の勢いだけで決めてしまうエアより、クローシェはエアの情報を集めて後を追い、人の行き来の多い王都で待ち構えたりと、まったくの考え足らずではない。
第一印象がひどすぎて、渡もついうっかり、考えなしの猪突猛進タイプだと勘違いしてしまう。
「この辺りでも薬草栽培には問題ないのか?」
「大丈夫だと思います」
「どちらにせよ、一度ステラのいう場所は見ておこうか。今後の計画をどうするか、自分の目で確かめておきたい」
「はいー。ではこちらにどうぞ。ご案内しますね」
足元を踏み固められたわけでも、獣が通っていたわけでもない。
降り積もった落ち葉が腐葉土となって柔らかく足を取ったかと思うと、木の根が伸びていて、転びそうになる。
横から伸びている藪に袖が引っかかったりして、苦労しながら移動した。
そんな姿を見かねたのか、エアが一行の先頭に立った。
「んー。主は、アタシとステラの後ろを歩いてほしい」
「わ、分かった」
エアが大氷虎を鞘から抜くと、歩みに合わせて藪を切り払った。
途端に一人分が楽に通れるぐらいの空間が、スッパリと切り抜かれるようにしてできる。
藪の中には子供の手首ぐらいの太さの枝もあったが、まるで抵抗がなかったように、綺麗な断面を残していた。
エアを購入して以来、片手の指で足りるぐらい滅多に見ない剣技だが、やはり恐るべき冴えだ。
そうして藪を切り開きながら歩くと、一気に負担が減った。
「相変わらず見事な腕前だな。ありがとう」
「エヘヘ」
「尋常な腕ではありませんねえ。エア様とは戦う運命になくて本当に良かったです」
「まあね。でもステラも相当強いんでしょ? あー、一度戦ってみたかったなー」
「ご冗談でしょう? 万全の状態でも避けたいのに、今の杖もない装備じゃ戦いになりませんもの」
渡に褒められて嬉しそうにするエアの後ろで、ステラはその実力に驚き、軽い警戒を示していた。
ステラはエルフの戦士として戦い、最終的に捕らえられた。
エルフは仲間想いで知られ、ほとんどの場合は高額な賠償金――引き換え金が望めるからだ。
ステラを確保するのには相当な出血を強いられたと、エトガー将軍の配下がこぼしていた。
非常に優れた魔法使いとして、そして戦士として突出した存在だったらしい。
「へえ、エアの目から見ても、ステラは強いんだ」
「うん。今は丸腰だけど、万全の状態なら遠間と森ではあんまり戦いたくないかな」
そんなステラがまさかエルフたちに賠償金が支払われなかったのは、軍としても想定外の事態だったに違いない。
同胞の命を多く奪った歴戦の猛者にして仇。
奴隷として手元においておくには問題の火種になるが、うっかり解放することもできない。
さりとて錬金術師として稼がせるには、あまりにもったいない。
その辺の事情がめぐりめぐって、渡の交換に用いられるようになったのは、縁によるものか、あるいは運命の導きか。
神のみぞ知ることだろう。
山の中に入ること二十分ほど。
目的の方角にひたすら直進した後、ステラが足を止めた。
「この辺りからしばらく先が、もっとも魔力に満ちた場所です」
「へえ……なんか清々しいって言うか、ふっと体と心が軽くなるな」
「龍脈から溢れ出ている魔力は心身を活性化させますからね。薬草の栽培には十分以上の密度を保っていますねえ。後はこのあたりの木々の管理を上手くして、散らず溜め過ぎないように工夫すれば、より高度な薬効を得られる植物も育つでしょう」
なんとなくの違いが、魔力の素養のない渡にも分かった。
歴史ある神社の中にいるような、なんとも言えない荘厳な空間が広がっていた。
樹木の緑は色濃く、幹も枝もよく成長している。
濃い緑の匂いがした。
古代都市の遺跡のような極端なものではないが、この辺りの木々も良い影響を受けているのだ。
魔法の素養があるエアやクローシェならもっと分かるだろう。
うんうんと納得したように頷いている。
「しかし試してみた俺が言うのもなんだが、よく龍脈が見つかったな」
「考え方が良かったのですねえ。龍脈という言葉のように、大地に溜まったエネルギーは、なにも有名な場所だけでなく、その奥底に広く存在しています。沸かした湯からあぶくがいくつも浮き上がるように、龍穴も多くの場所に存在します」
「近くを探し求めれば、一つぐらい見つかってもおかしくはないわけか」
「はい。ただ、その中でも吹き出ている量には大きな差があるでしょう」
「そうか。いわゆる名所になるような場所は、その本命ってわけか。なにはともあれ、土地が見つかって良かった。本当に良かった……あー、しんど……」
朝から慣れない車を運転し、見知らぬ人と山々を五件も巡り、今は山の中に入っている。
体が疲労にどっぷりと浸かっていた。
「今日これから運転して帰らないといけないのか……」
「ご主人様、代わってさしあげられなくて申し訳ありません」
「アタシとクローシェが運転できたら良いんだけど」
免許取得には、奴隷たちの国籍を取得する必要がある。
この問題をどうやって解決すれば良いのか、今の渡には、具体的な方策が思いついていなかった。
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