第64話 確かな手応え 三章完

 古代遺跡にビニールハウスを設置する。

 古代と現代の組み合わせは、少し神秘的なような、ミスマッチなような、不思議な感覚に渡は陥った。


「薬草の栽培は今日言って明日手に入るものじゃないから、できるだけ早く着手しておきたい。連日で悪いが、もう一度古代都市に行ってもらうことになる。エアとクローシェは特に気を付けてくれ」

「分かった。アタシがクローシェをちゃんと指導する」

「エアには負担になるが、頼んだ」

「にしし」

「ううう……今度ばかりは返す言葉もありませんわ。先日の失態は今日の仕事で雪ぎます」


 しょんぼりと尻尾を垂らしたクローシェだが、予測不可能な事態ではあっただろう。

 多少の不注意とはいえ、完全に予測することは難しい。

 エジソンではないが、失敗は新たな学びが得られたと捉えて、次に活かすしかない。

 渡たちの誰もが、魔力災害への対処法には詳しくないのだ。


「じゃあ頼んだぞ。何かあればすぐに呼んでくれ」

「わかったー」


 ゲートを潜って、全員で古代都市に移動した後は、前日と同じく二班に分かれた。

 渡とマリエルは祠の掃除だ。

 渡はシャベルで床石を傷つけないように気を付けながら、堆積した土を掘り返して入口脇に運ぶ。


「昨日は作業をはじめてすぐに中断したから、今日はキリの良い所まで進めたいな」

「そうですねえ。二人とも何事もなければいいんですけど」

「今日も何かあったらそれこそお仕置きだ」

「ふふ。それじゃあクローシェはまた失敗しちゃうかもしれませんね」

「勘弁してくれ……」


 マリエルは箒で祠自体に積もった汚れを掃き落としていく。

 まずは大きな汚れを落としてからでないと、水で洗い流したり、拭くこともできない状況だった。


 ガリガリとシャベルで土を掘り起こし、サッ、サッと箒が土や埃を落とす。

 ある程度の汚れが落ちてきたら、マリエルが如雨露じょうろを取り出した。

 錬金術師が作った道具の一つで、魔力を通せば水が湧き出てくるものだ。

 なんでも水を集める術式が如雨露じたいに刻まれているらしい。


 如雨露はとても小さい。

 というのも、生み出された水を溜めておく必要がないためだ。

 注ぎ口と取っ手、そして術式を刻む面積があれば成り立つというのは、既存の商品を知るからこそ、渡には不思議に見えて仕方がなかった。


 〇


 しばらくそうして掃除を続けていて、祠の内部がそれなりに綺麗になってきた。

 祠の内部は基本的には、どの町のものでも大きくは変わらないようだ。

 王都の祠だけは、少しだけ広く、また書かれている文字も多く、複雑な記述がされていた。

 この辺りは、王都のゲートが複数の拠点へと移動できることに関連しているのだろう。


「これでここのゲートの動きが安定すると良いんだけどな」

「どうなんでしょうね。魔力から守ってくれる結界が常時稼働しているのは変わりませんから」

「その辺りは、今後タメコミ草とかが少しずつ解決してくれると良いんだが」


 一気に解決する問題ではないだろう。

 魔力災害はおそらく都市全域に発生している。

 溜まりきった魔力がどれほどの量になっているのか、渡には想像もつかない。

 湖の水をバケツで掬ったところで、どれだけ影響があるというのか。


 とはいえ、このまま何の手も打たずに放置していても状況は改善しないのだ。

 渡は自分のできる範囲で利用しながら、この都市が少しでも良くなることを願うばかりだ。


「あるじー、できたよー!!」

「おっ、できたみたいだぞ。見てみようか」

「そうですね」


 祠の出入り口に移動すると、すぐ前にビニールハウスが建っていて、その中でエアとクローシェが渡たちを見て手を振っていた。


 ビニールハウスは祠から出たすぐ目の前に建ててもらった。

 もしこの都市に来る人がいればすぐに気づかれてしまうだろうが、現状は誰も人の訪れた気配はない。


 可能な限り安全を確保できる、この祠のすぐ傍が一番良かった。

 それに、今後は祠の周りに抗魔力素材のビニールハウスを並べることで、祠へのダメージを軽減できるかもしれない、という望みもある。


 ビニールハウスはモンスターの骨材を練りこんだ金属の枠に、特殊な植物の膜を剥いで、錬金術の魔力透過を防ぐ液体を塗ったものを張り合わせて作られていた。

 布の傘に油や防水スプレーを塗ったものをイメージしたら近いだろうか。

 膜はとても薄く、光はかなり透過しながらも、魔力は透さないようだ。

 

「おー、立派なのができたな。二人ともありがとう。よくやった」

「えへへ、主が嬉しそうでアタシも嬉しい!」

「お、おーほほほほっ……! わたくしの手にかかれば、これぐらい簡単ですわ」

「なんで若干抑え気味なんだよ。クローシェも良くやってくれてるよ。本当にありがとな」

「ど、どういたしまして。くふっ、くふふふっ……」


 めちゃくちゃ照れてるじゃないか。

 俯いて目線を合わさないくせに、尻尾だけがビュンビュンと千切れそうなくらい忙しく左右に振られている。

 よっぽど昨日の失敗が悔しかったんだろうな。

 今日はしっかりと誉めてやろう。


「中の魔力濃度はどうなんだ?」

「今はかなり濃いけど、でも使えば減ると思う」

「扉を開いていれば簡単に空気中の魔力は補充出来そうですし、開閉時間で魔力量は調整できるんじゃありませんかしら?」


 かなり良い感触のようだな。

 二人ともこの高濃度の魔力の中を動ける上に、クローシェは魔術師としての技能も持っている。

 二人が大丈夫そうだというなら、信じても良いだろう。

 上手くいきそうな流れで、ちょっとホッとした。

 これでダメならまた再挑戦するとはいえ、何度も何度も繰り返すのは負担だし、金銭的にも優しくない。


「あとはタメコミ草を植えてみて、昨日みたいに急激に伸びてこないか、ちょっと確認しようか」

「じゃあアタシが植えてみるね」

「頼んだ」


 スコップで土に穴を開けて、種を植えていく。

 失敗しませんように。


 さすがにこの瞬間ばかりは緊張して、みなが無言になった。

 固唾を飲んで、成り行きを見守る。


 ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。


「芽が出た。どうなる……?」

「クローシェ、一応警戒しておいて」

「分かりましたわ」


 ピリピリとした空気に包まれる。

 頼むよ、なんとかなってくれ。


「……思ったよりも、ここからすぐには成長しませんわね」

「ビニールハウス内の魔力の総量がそれほど多くないから、調整してるんじゃないでしょうか?」

「っていうか、種を植えてすぐにあんな成長したのがおかしいんだし!」

「エアの言う通りだな。まあなんにせよ、これで後は様子見だな。成功で良いんじゃないか?」

「ご主人様、成功に一歩前進ですね。おめでとうございます!」

「良かったね、主!」

「わたくしは成功すると確信しておりましたわ!」


 後はタメコミ草が成長するのを待って、地球の農地に漉き込んでみる。

 そして、もし育った薬草が魔力をたっぷりと含んだものになって、薬師ギルドのお墨付きが得られれば。

 その時こそ、ポーションの量産体制の準備が整う時だ。


 まだ先は長いが、決して無茶な野望ではない。

 新たな一歩が確実に手に届く範囲になってきた手応えを、渡は感じていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――

第三章の飛躍編はこれにて終わり、次回から第四章を開始する予定です。

別に執筆期間を開けるとかはなく、書ける日はどんどん更新しますね。


いよいよ部分的とはいえ、ポーションの地球量産体制が進み始めています。

ただ渡たちを探る記者や、大企業の会長などの存在もいますし、その他にも医師の存在や交通事故で助けられた少女の話も残っています。

また、マリエルの両親、エアとクローシェの両親の存在、そして渡の両親は……? 古代都市の奥には何が? といった幾つもの謎を残していますね。

お楽しみに。


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