第62話 タイムリミット……?
「くそ、また居留守か……」
フリーランスライターの安高康平が毒づいた。
憎々しげな表情を浮かべ、大きく舌打ちする。
ぎょろっとした目が忌々しげに、マンションの出入り口を睨んでいた。
安高が綾乃小雪の調査を始めて、しばらくが経った。
わざわざ東京から大阪まで調査に乗り出した結果、いくつかの重要な手がかりを得ることができた。
その最たるものは、若井満と小雪がどうも親密な仲になっているらしい、というものだ。
かつて主題歌を担当したクリスタルヴォイスの満と、主演女優だった小雪に親交が深まり、愛情が生まれた。
それ自体は別段おかしな話ではないが、満が先日喉を治し、奇跡的な復活を遂げたのは、看過できない事実だった。
若返ったとしか思えない小雪と、現代医学を超えた治療効果のあった満。
時系列で考えれば、満が小雪に何かを与えた、あるいは紹介したと考えるのは、想像の飛躍のしすぎだろうか?
何かがあるという直感に従って、安高は情報の整理を行った。
すると、この半年以内で、奇跡としか言いようのないカムバックを遂げたスポーツ選手が明らかに急増していることに気づいた。
特に野球選手にその傾向が強い。
となると、起点がどこにあったのか。
いったい誰が、最初の奇跡の復活を成し遂げたのか。
もちろん確証はない。
だが、他人の脛の傷を長年追い求めて磨き上げられた嗅覚が、遠藤こそが鍵となる人物だと嗅ぎわけていた。
地道に聞き込みを続けているうちに、遠藤亮太という選手にたどり着いた。
わずかな事実から論理を組み立て、あやふやながらも真実にたどり着く。
類まれなる才覚だ。
惜しむらくは、その才能の使い道がアンダーグラウンドな方面でしか活かせていないことだろう。
亮太は今年になって膝の故障から回復し、大活躍している選手だ。
その亮太がとても丁重に招いた招待客がいた。
その客が同年代の男だということも分かった。
球団関係者に小金を握らせて、情報を引き出したのだ。
「これまで一度も利用していなかった球団のVIP用席に招待して、スタッフにも丁重な対応を頼む相手ねえ……」
怪しいことこの上ない。
ほぼ間違いなく、こいつがクロだ。
さすがに直接の個人情報までは教えてもらえなかったが、それでも大きな収穫だった。
後はこれが誰かを特定すれば、ネタになる。
商売に絡むなり、強請るなり、金を得る方法はいくらでもあった。
そう思った矢先、いきなり何の情報も得られなくなった。
誰なのか、どうやって復活できたのか。
直接選手にも会おうとしたが「知らない、言えない、分からない」のないない尽くしのコメントばかり。
遠藤にも会おうとしたが、すげなくコメントは断られてしまった。
「冗談じゃねえぞ。くそったれが。こっちは金かけて調べてんだよ……」
もともと安高は芸能のスクープを中心に活動してきた。
アスリートは専門外で、頼りになる情報源を持っていない。
かといって同業には相談したくない。
稼ぎは独り占めしたかったのだ。
遠藤が住むマンションにも張り込んでみたが、なかなか接触できなかった。
このままだと、こっちが資金的な限界を迎えてしまう。
安高は別の線からの情報を探しだす必要性に駆られていた。
〇
同刻、某会社ビルの会長室にて、遠藤亮太はソファに座りながら、軽く緊張していた。
球団の会長にして、日本有数の起業家、投資家である祖父江
一代にして日本トップクラスの資産を生み出した希代の名経営者は、まだ今年で六十歳になったばかり。
身長は亮太に比べると頭一つ以上小さいにもかかわらず、全身から覇気を漂わせていて、一流選手である亮太をして気圧される風格があった。
トップアスリートとはいえ、正直のような経営者と直接会う機会はあまりない。
こうして契約更新のときか、何らかのパーティの時ぐらいだ。
これで正直が不機嫌であれば亮太も委縮していたかもしれないが、幸いなことにとても上機嫌だった。
正直が幅広のローテーブルに置いてあった書類を指差す。
そこには来季以降の契約内容が書かれていた。
「今季の成績は見事だった。契約の更新をしたいと思っている。次の条件でどうだろうか、判断を聞かせてほしい」
「拝見します」
今年の成績は自分で言うのもなんだが、とてもよかった。
球団でもトップクラスの成績を残せた。
数字を確認して、大幅に収入が上がっていることを確認し、亮太の心が躍った。
野球界全体でもトップクラスの報酬だ。
「五年契約で年棒は四億。あとは出来高払い。悪くないと思うが、どうだろう?」
「ぜひお願いします!」
勢いよく頭を下げる。
野球人生で鍛えられた喉が大きな声を出して、部屋に響いた。
慌てて口を押さえるが、正直は苦笑いを浮かべて機嫌を損ねた様子はない。
「来季もぜひ頑張ってほしい。君には期待している。ゆくゆくはコーチや監督を任せられる人材だと思ってるよ」
「はい、祖父江会長、頑張ります!」
「ふむ。君のような優秀な選手を手放さなくて良かった。ちなみにうちの球団で不備や不満を感じていることはないかな?」
「いえ、監督もコーチも大変よくしていただいています」
それから少し、野球についていくつか話題を振られた。
他の選手で気付いたことはないか、補強するとしたらどこを補強した方が良いか。
会長職で忙しいはずなのに、一体どこでこんなにも詳しく知っているのかと驚くほど、正直は細やかなことまで知っていた。
「君の体調について、最後に聞いておきたい」
「は、はい。どうぞ」
「君の膝は靭帯損傷を起こしていて、過去に手術をしているよね」
「はい、そうです」
「医師の診断によると、靭帯や半月板、軟骨は完全に修復されていると言う。驚いたよ。一体どうやって治ったんだろう?」
「それは――」
「私はこれでも最先端医学や創薬、次世代の医療システムに多額の投資をしていて、この分野では専門の学者に負けないぐらいの知識があると自負している。それでも君の回復は道理が理解できない」
「それは……」
祖父江正直が多額の投資をしているのは一般にもよく知られた話だ。
時にはその投資で巨額のマイナスを出しているなどとマスメディアに叩かれていることもある。
そんな正直だからこそ、亮太の奇跡的な回復について深い興味を抱くのは当然のことだった。
「うちにはそんな選手が何人かいる。聞けば詳しくは言えないが、遠藤くんのおかげだと言う」
「……すみませんが、オレの口からも何とも言えません。秘密保持契約を交わしているんです」
これで何とか納得してほしい。
これ以上追求しないで欲しい。
そう思って亮太はNDAを楯にしようとしたが、相手があまりにも悪かった。
希代の経営者にして投資家である正直にとって、NDAほど馴染みにある契約はない。
それは楯にならなかった。
正直はにこやかな態度は崩さず、しかし的確に亮太の逃げ道を塞ぎにきた。
「NDAを結んでいるからと言って、すべてを秘密にしなければならないわけじゃない。誰と契約したのかを紹介するのは、問題ないはずだよ。私もまた、その相手とNDAを契約すれば良いわけだからね」
「わ、分かりました。一度会わないか、連絡を取ってみます」
「うんうん、
一体どこまで知っているんだ……!
亮太は恐ろしいものを見たと心底から怖さを覚え、胃がぎゅっと締め付けられる感覚に陥った。
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【お知らせ】
次回更新日は未定……ッ!
遅ければ日曜日以降の更新になるかもしれません……。
可能なら間に1回ぐらい更新するか、近況ノートに限定公開をしたいと思ってます。
すみません。
サークル「ぽっぷこぉーん」様に毎回寄稿してるんですが、夏コミに出す原稿がまだ出来ていないのが理由です!m(__)m
最後に、ギフトをいただいて、誠にありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。
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