第61話 クローシェの危機とお仕置き
祠から出てはいけない。
事前にエアからキツく言われていたというのに、渡はクローシェの声を聞いた途端に、一瞬意識から警告が飛んでいた。
体を重ねたわけでは無いにしろ、濃密に日々を一緒に過ごす中で、赤の他人ではなく家族同然のような親しみを覚えていた。
そのクローシェに何らかの危機が訪れている。
渡としては一瞬、我を忘れるのに充分な理由だった。
「たたた、助けてくださいまし! お、お姉様!! 主様!」
そこには異様な繁殖を始めたタメコミ草が、恐ろしい勢いで数を増やし、丈を伸ばしてクローシェの体に絡みついていた。
どちらかと言えば、植物に絡まれているよりもタコに纏わりつかれているように見えた。
クローシェもただされるがままになっていたわけではなく、引きちぎろうと手足を動かしていたのだろう。
だが、ちぎれた繊維は瞬く間に枯死し、強力な繊維になって動きを妨げる上に、新たな蔦が伸びてきて、絡まり始める。
その結果、両手を頭の上に挙げたまま拘束されてしまっていた。
絡みついた蔦が豊満な肢体を強調して、大きな乳房が絞り上げられていたり、服が捲りあがって、綺麗な形のへそが丸出しになったりしている。
魔力を糧にするタメコミ草と、魔力災害を起こしている古代遺跡との相性が良すぎて、爆発的な増加を起こしてしまった結果だった。
おまけにその姿も大きく変化して、茎は太く長く、蔦を伸ばしている。
「ま、魔力が吸われて……ちからがっ……!?」
「そんな!? タメコミ草にそこまで強い効果はなかったはずです!?」
苦しそうにクローシェが顔を歪め、マリエルが焦ったように横から叫んだ。
エアが得意とする魔力による身体能力の強化は、クローシェも使っている。
接触したタメコミ草の蔦が魔力を吸収することで、強い力を発揮できなくなっていた。
これはタメコミ草の元々の能力ではなく、高濃度の魔力を吸収し、急速に再生、変異によって生まれた、新しい能力だった。
一緒に行動していたエアは愛剣の『大氷虎』を振るうことで何とか無事だったが、切っても切ってもすぐに再生する相手に苦戦し、クローシェに近づけない。
直接触れられない条件が、状況の悪化に拍車をかけた。
「主は来ちゃダメ!!」
エアの制止もわずかに及ばず、渡が祠の境界線から一歩、足を踏み出した瞬間――
「うぷっ……!?」
「ご主人様!!」
渡の全身に毛穴がぶわりと開く。
内蔵がひっくり返るかと思うような不快感が襲いかかった。
慌てて全身の動きを止め、後ずさった。
頭がぐらぐらして、耳鳴りが鳴り響く。
不快な感覚に胃の内容物が喉を逆流しそうになる。
ふらつく頭を片手で押さえながら、渡は解決策を必死で考えた。
自分は出ることすら難しく、マリエルもそれは同じ。
となると、エアの力に頼るしかない。
「げほっ!! エア、大氷虎を使って一帯を凍らせるんだ!」
「っ!? 分かった! クローシェ、冷たいだろうけど、ガマンして! 『大氷虎』! すべてを凍らせろ! 貴女の抱擁で永久の眠りへと誘え!」
「ひやぁぁああああ!? こ、凍えてしまいますわ!!」
「うるさいっ、ガマンしろっ!」
エアが愛剣に手を添えて、付与された能力をキーワードによって賦活した途端、周囲にヒュオウと風の音が鳴り響き、ビキビキと凍りついていく。
クローシェの体も表面にたくさんの霜ができていたが、完全な氷像にはなっていなかった。
「よ、よし、さすがに根から凍ったらすぐには再生しないみたいだぞ!」
「ついでに壊しておいた方がよろしいでしょう。下手にそのままにしていて、氷が解ければ、同じような事態になるかもしれません」
「エア、クローシェを救助したら、タメコミ草の破壊を頼んだ」
「りょーかい!」
対処法が分かったことで、エアの行動は迅速だった。
凍って柔軟性を失ったタメコミ草を叩き割り、クローシェを救助すると祠へと移動させる。
そのまま身体能力を開放させると、力任せにタメコミ草を衝撃で粉々にしてしまった。
多量の魔力に触れて驚いていた渡の体も、祠の結界範囲からほとんど出ていなかったこともあって、すぐに体調は戻った。
ダイアモンドダストのようにキラキラと輝いた破片は、幻想的な美しさがあった。
「……たくさんの魔力を含んでいただろうけど、これはちょっと素材に使えそうにないよな」
「諦めた方がよろしいと思います」
ああ、もったいない。
ただ、地球に持ち帰って土に混ぜた後、どんな問題が起きるか予想できない。
万が一繁殖して徹が襲われたりでもしたら一生後悔することになるだろうし、そうでなくとも他の農作物に影響を与える気がして仕方がなかった。
ぽいっと祠の中に放り出されたクローシェは、全身を氷漬けにされ、ガタガタと震えて顔を真っ青にして、歯をガチガチと打ち鳴らしていたが、大怪我もなく無事な様子だった。
本人の魔力が元々豊富で魔法の素養があったことや、黒狼族という寒さに強い種族だったことが功を奏したのだろう。
そもそもエアの魔法がクローシェを対象にしていたわけではないことも、理由として大きい。
「たたたたた、助かりましたわ……」
「クローシェっ! 気を付けろって言っただろう!!」
「あ、主様……申し訳ございませんわ……」
「まったく……無事で本当に良かった……!」
しゅんと尻尾と耳を落として落ち込むクローシェだが、叱られた理由にまでは思い当たっていなかった。
こっちはどれだけ心配したと思っているのやら。
思わず抱きしめると、言葉通り氷のように冷たかったが、後悔はなかった。
クローシェの無事を喜ぶ方が、寒さよりもよっぽど大切だ。
「……も、もうしわけございませんでしたわ……」
クローシェがごにょごにょと、顔を赤くして詫びていた。
〇
念のために、クローシェには急性ポーションを飲んでもらった。
全身氷漬けになったから、どこかにしもやけや凍傷になっていてもおかしくない事態だった。
「周りの魔力が濃すぎるからか、思った以上に威力が出ちゃった」
「まあ凍った場所もすぐに元通りになってしまったし、問題ないだろう。エアは良く対処してくれたな、ありがとう」
「ニシシ! 今晩はたっぷり
「ああ、もちろんだ。晩御飯も今日は奮発してやるぞ。魚と肉どっちがいい?」
「やったー! 今日はお肉の気分!」
「じゃあステーキだな」
「ひゅー!! 主ナイスー!」
大喜びのエアの姿を見ていると、奮発するのも悪くない。
まだポーションの製造は前途多難だが、それでも前進しているのは間違いないというのも、渡の余裕に繋がっていた。
「それで、クローシェはどうしてあんな目に遭ってたんだ?」
「クローシェはね」
「エア、俺はいまクローシェ本人から報告を聞いてるんだ。失敗は仕方ないにしろ、何がどうなったのか、本人の口から説明してもらう必要がある」
「ん。分かった」
「わ、わたくし……」
クローシェがおずおずと話したところによると、魔力濃度の薄い場所に播種しようとしたエアと違い、クローシェはむしろ濃度の濃い場所に播種したようだった。
魔力を吸収するという性質上、濃ければ濃いほど良いのでは、と単純に考えたらしい。
しかしこの近辺は魔力が薄いところと言っても、他所と比べれば明らかに異常なほど魔力濃度が高い。
クローシェの播種したタメコミ草は、すぐに枯死してしまった。
だが、すぐに次の芽を生やし、恐ろしいペースで誕生と死を繰り返した後、環境に異常適応した個体が現れて、大繁殖を起こしてしまった、というわけだ。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「まあ、故意じゃないなら許すよ」
「お、おおお、
顔を真っ赤にしてきょどきょどと顔色をうかがうクローシェの姿を見ていて、不審に思った渡は少しの間黙り込んだ。
この反応は、OKということだろうか。
「ああ。たっぷり
「は、はわわわわわ……」
尻尾を胸の前に抱えたクローシェは、顔を真っ赤にしたまま落ち着きなく、視線をさまよわせていた。
うーん、イジメたくなるこの可愛らしさ。
ご褒美もお仕置きもたっぷりと頑張らねば。
―――――――――――――――――――――――――――
*薬草は株分け、タメコミ草は種植えで増やします
没になったネタ(オヤジギャグすぎる)
「じゃあステーキだな」
「ひゅー!! 主ステキー!」
「ステーキだけにってか? ガハハ!」
次回、残念ながらそのままでは使えそうにないタメコミ草の有効活用方法とは?
クローシェの未来はいかに!?
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