第60話 古代遺跡の祠、再び

 南船町から一度王都へ。

 そして王都に出ることなく、全員で塊となって北の祠へと移動した。

 以前のように分断されることがあれば、何もないはずだと思っていても、余計な不安や心配を抱えることになる。

 渡たちはぎゅっと体を寄せ合って、ゲートへと飛び込んだ。


 久々に来た古代遺跡のある祠は、相変わらずの薄汚れていた。

 やはり長らく利用者がいないのか、以前に渡たちがつけた足跡以外に、人の来ている痕跡が見られない。

 正体不明の美女も、足を運んでいなさそうだ。


「相変わらず独特な光景だな」

「こんな鬱蒼と生い茂った中に古代都市があるなんて、不思議ですね」

「俺たちが住んでいる大阪も、人が住まなければ数十年で木々に覆われてしまう可能性があるらしい」

「なにそれこわい」


 日本は世界でも有数の降水量を誇る。

 植物が非常に繁殖しやすく、人の手がなければ瞬く間に植物が生い茂って浸食されていくらしい。

 この古代遺跡のような光景は、人のいない日本の未来の姿にも似ているかもしれない。


 渡は足元を確かめるように、靴底で擦った。

 土や砂利、あるいは堆積した泥や葉っぱなどで、足元は非常に悪い。

 祠自体も刻まれていた文字が見えなくなるほど蔦や泥で覆われている。


「さて、それじゃあ役割を分担しようか。祠から出られるエアとクローシェは、タメコミ草を植える役だ。大役だから頼んだぞ」

「分かった! アタシに任せて! クローシェは邪魔しないでね」

「な、なんでですの!? わたくしだってしっかりとやってみせますわ! お任せくださいまし!」

「だって、クローシェって肝心なところで大ミスしでかしそうだし」

「まあ奴隷になった経緯からして思い込みは激しそうではある。何かあっても俺とマリエルは助けに出られないから、気を付けてくれよ」

「当然ですわ! このわたくしが同じような失敗をするとでも!? かんっぺきな仕事をお見せしてご覧に入れますわ」

「分かった分かった。俺もただ心配してるだけなんだ。そんなにムキになるな」

「く、屈辱ですわ。いつまでも失敗を蒸し返されて。ここで汚名挽回・・・・します」


 エアとクローシェはタメコミ草の入った袋とスコップなどを持つと、慎重に祠から出て行った。

 魔力を利用している祠の近くは、離れた場所よりは多少なりとも魔力濃度は薄まっているはずで、二人にはできるだけ祠のすぐ近くで試してもらうことになっている。

 何かあってもすぐに声を出して呼ぶことはできるだろう。


「俺とマリエルは」

「祠の清掃ですね。とても汚れていますから、やりがいがあります」

「この前、本当にざっくりと掃除したけど、改めてみると全然汚れてるよな」

「今日は少し本格的にやりましょう」

「完全に綺麗になるのに、どれだけ時間がかかることやら」

「そう言いつつも、ご主人様はやられるのでしょう? これまで他の祠でもそうでしたし」

「お世話になってるからな。……俺はシャベルで床に積もった土をかき出すよ。マリエルはゲートに詰まった泥とか蔦をどうにかしてくれ」

「了解いたしました。やりがいがあります!」


 むんむん、と力を入れたマリエルのおっぱいがバルンバルンと震えた。

 長い髪の毛が掃除の邪魔にならない様に、後ろで括ると、美しいうなじが見えて、渡はごくりと唾を飲みこんだ。

 普段髪は下ろしているから、目にすることが滅多になかったが、とても色っぽかった。




 ザクリ、とシャベルの刃先を土に突き刺すと、体重をかけて梃子の原理で土を掘り起こす。

 ガリっと固いものに当たったことから、本来の床があるのが分かった。

 傷つけないように気を付けながら、掬った土は祠の入り口近くに放り投げていく。

 後々でこの土は祠の外に棄てる予定だ。


「この土って爺さんの畑に使えないかな」

「魔力はたくさん含んでるでしょうけど、もしかしたら魔力に触れすぎて、悪い成分まであるかもしれませんよ」

「怖いな。やっぱり止めておこう」

「それが良いと思います。本来魔力が豊富な土地は、メリットはあってもデメリットはないんですけどね、魔力災害が起きるような土地は、どんな問題が起きるか分かりませんから」

「爺ちゃんが愛情持って育ててる野菜に異常が起きたら可哀想だ」

「ご主人様はお爺様想いですね」

「まあ、俺はほとんど爺ちゃんと婆ちゃんに育てられたようなもんだからなあ。親父の顔は知らないし、母親も預けて出て行ったきりだって話だし」


 つい、ぽろっと両親について口からこぼれ出た。

 ほとんど赤子の頃の話で、両親に愛着を覚えるほどの接点もなかった。

 ただ、片親はともかく、両親ともにいない家庭は珍しいため、小学生の頃は授業参観が嫌だったな。

 祖父母に愛情たっぷり育てられたからか、特にひねくれることもなく育てた。


 今頃一体どこで何をしているのか。

 もはや赤の他人と言っても過言ではなく、渡自身は知りたいとも思わないし、できれば今後も出会わなければ良いとすら思った。

 これだけ放置していた子どもに会いに来るなど、ろくな理由ではないだろうから。


 だからこそ逆に、家族仲が良好だったにもかかわらず、家の事情で離れ離れにならざるを得なかったマリエルの一家には幸せになってほしい。

 エアにもクローシェにも、本当は家族と会う機会を作ってあげたかった。


「と、急にこんな話を聞かせられても困るよな。悪い」

「い、いえ! 申し訳ございません。込み入ったことを聞いてしまいました」

「俺が話したんだよ。マリエルが気にすることじゃない」


 顔を青くしたマリエルが頭を下げるが、きっといつかどこかで話したかったのだろう。

 だから今口から無意識にこぼれ出たのだ。

 気にするな、と言って渡が再び力強くシャベルを地面に突き刺した時、クローシェの情けない叫び声が聞こえてきた。


「きゃああああああああああ!! た、たすけてくださいましぃいいいいいい!!」

「クローシェ!!」

「ご、ご主人様、出てはなりません!」


――――――――――――――――――

スコップとシャベルについては関東と関西で呼び方が逆転するそうです。

今作では舞台が大阪であることを考慮して、小さな手で使用するものを「スコップ」土木作業などで使うようなものを「シャベル」と表現しています。ご了承ください。

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