第56話 対価と反省

 モイー卿の配下と話し合って、報酬は現金ではなく現物払いにしてもらうことになった。

 正直なところ、お金は今後も砂糖で定期的に入ってくるだろうから、モイー領の高品質で滅多に手に入らない付与の商品を手に入れる方が、優先度は高かった。


 商品は即日に手に入るわけではないが、後日まとめて渡してくれることになり、契約書も交わした。


 渡たちは気の抜けない交渉を終えてホクホク顔で倉庫に向かっていた。

 貴族相手は一手間違えると大事になるため、全員が緊張を強いられていたのだ。


 それでも初対面のときに比べれば、幾分かマシだっただろうか。


「いやあ、自信はあったけど、上手くいったな」

「モイー卿が大笑いしたのには、私ビックリしました」

「あの人、結構変わってる……」

「お、お姉さまがそれを言いますの?」

「なんで? アタシはジョーシキ的だよ? こだわるのも武器ぐらいだし。あんな高笑いもしないし」

「ははは……。まあエアが普通の感性かどうかは置いといて、なかなか手に入らなかった付与のかかった商品が多く手に入ったのは大きいな」


 渡が以前手に入れた『疲労耐性』をはじめ、『筋力増強』や『俊敏性向上』といった身体能力の拡張から、『静音』や『消臭』、『対象の硬質化』など、非常に多岐に渡る付与の品が手に入ることになった。

 巷に回っている付与の製品と比べても、その効果量の優れた品を優先的に回してくれるらしい。

 おそらくはそういった品は領主のモイーが抱えていて、あらゆる交渉事で用いられるのだろう。


 その後に倉庫に入ったのはマリエルの勧めによるものだ。

 商品の在庫をついでに確認しようということになった。

 最近は日本での活動を続けていたため、砂糖の在庫も補充の必要があるだろう。

 拠点としては十分な働きをしてくれている。

 一年分の家賃の先払いは今のところ無駄にはなっていない。


 倉庫に設けた小さな談話室に揃って座ったところ、マリエルが深く頭を下げた。


「ご主人様、まずは私の両親について、南船町に赴任するように計らっていただいて、本当にありがとうございました」

「ああ、そのことか。前から会おうとしてたんだから、いいんじゃないか」

「いいえ、普通なら奴隷のためにそこまで気を配りません。大切にしていただいていて、嬉しく思います」


 マリエルが気恥ずかしそうに頬を染めて、俯いた。

 いやあ、いいなあ。可愛いなあ。


「案外マリエルの両親は旅が続けたかったかもしれないぞ?」

「いいえ、そんなことはあり得ませんよ。そういうタイプの性格ではありませんし」

「そうか。まあ娘であるマリエルが言うならそうなんだろうな。今度会う時のために、また教えてもらえるか?」

「もちろんです。でも、ご主人様と顔を合わせるのはちょっと恥ずかしいですね……」


 両親との会話を前に照れるなんて、どっちかというと嫁入り前の娘の反応じゃないか。


「ああ、わたくしもお父様とお母様に会いたいですわ……」

「里帰りか。俺は許可したいが、距離があるしな」

「ゲートがもし西方に飛ぶようでしたら、許してもらえません?」

「構わないぞ。ただエアを探して飛び出して、おまけに無茶な勝負を吹っかけて奴隷になったって説明するのは大変だろうなあ……」

「ううううう、バレたら死ぬまで殺されますわ」

「いや、それは俺が(自分の奴隷だから)許さないけどな」

「あ、主様……っ!? う、うう。不覚にもときめいてしまいましたわ!」


 一体どこにときめくポイントがあったんだ。

 渡にはクローシェの反応が分からないが、まあ評価されているなら、野暮なことを言う必要はないだろう。

 そろそろクローシェとも本格的に打ち解けたいと思っていたのだ。

 最近は朝起きると露骨に顔を赤く染めてキョドっているから、話がしづらい。

 いい加減に手を出してしまったほうが、踏ん切りもつくのだろうか。


「ですが、ご主人様の態度には驚きました。まさかモイー卿の探りにあんなに堂々としているなんて」

「探り……? なんかあったか?」

「…………気づいていなかったんですか?」


 マリエルが呆れた顔をした。

 わ、分からない。

 一体いつ、どこで探りを入れられていたというのか。


 ああ、マリエルが溜息をついている。

 主としての威厳が……。


「おそらく、王都から来たという隠密衆は、私たちが夜の職人区画で会った例の人物ですよ。抜け荷は砂糖や前の万華鏡、今回の切子ガラスを一体どこから仕入れて、町に入ったのか、調べられてたんだと思います」

「マジか……全然気づかなかった」

「モイー卿が大笑いした後に急に鋭く質問してきたので、私なんてどう答えるべきか、ドキドキしていました。ご主人様が少しも動じてなかったんで、凄い胆力だと思ったんですけど……」

「不甲斐ない……。だって俺としてはゲートを通って商品を調達するのが当たり前だったんだ! 今は御用商人の通行許可だって貰ってるし、そんな大事になるとは思ってなかった」


 渡は先ほどまでの良い取引ができたという上機嫌から一転して、がっくりと肩を落とした。


「まあまあ、結果として主の反応が良かったんでしょ? ならOKじゃない?」

「うんそうだ。エアが良いことを言った。俺もそう思う」

「そうですわね。結果良ければ総て良し。……ただもうちょっと注意された方がよろしいのではなくって? たまたまだと、次に似たような機会があった時、悪い方を引くかもしれませんわ」

「気を付ける……」


 下手をすれば犯罪者として扱われかねないピンチだったのだ。

 もう少し気を付けた方が良いのは確かだろう。


「さ、さあ。砂糖がかなり減ってるし、補充しようか」


 渡は気持ちを切り替えるようにして言った。


 祖父から薬草が育ってきた、との連絡が上がったのは、その日の夜のことだった。

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