第55話 切子ガラスの値段

 非常に鋭い視線だった。

 つい先ほどまで切子ガラスに哄笑していた人物と同じとは思えない。

 やはり蒐集家として数寄狂いといった面白い面もあるが、モイーの本質は冷静で有能な領主なのだ。

 蒐集家としての顔に気を取られていたら、本質を見失ってしまうな。


 渡は視線に負けない様に、気合を入れた。

 横にはマリエルがいる。

 何か失敗をしでかしそうなら、すぐにフォローしてくれるだろう。

 万が一の大失態があっても、エアとクローシェが守ってくれている。

 おかげで貴族を相手にしても、臆することがなかった。


「お前はそれがどういう意味か分かっているのか?」

「はい。そのため無茶なお願いと申しました。難しいようであれば諦めます」

「分かっていて、厚かましくも要求しているのか」


 とはいえ、変身の装身具はなんだかんだと出回っていて、絶対に手に入らない代物ではない。

 表通りには置かれていないだろうが、以前のように市場を探し回ったり、裏通りの怪しい店を利用すれば、ほどなく手に入れることができるだろう。

 それをしないのは、渡が非合法な手段に手を染めることに抵抗があるからだ。


 貴重さで言えば渡の切子ガラスや万華鏡には到底及ばない。

 だから、大きな違いは貴族の了承を得ているか、無許可で所有、使用するのか。

 小さなようで、この違いはとても大きい。

 どうせならば大手を振って使えるようになりたかった。


「このような物言いは失礼でしょうが、手に入れようと思い、手段を選ばなければ、手に入れるのは難しくないと思います。ですが、俺としては疚しいところがないからこそ、他ならないモイー卿から許可の上いただきたい、と考えています」

「ふふふ、よく我を前に言った。そこまで堂々と言えるなら大したものよ。その気構え天晴だ! 臣下以外で利用を許すことは滅多にないのだが、特例で許可しよう」

「ありがとうございます!」

「ただし悪用した時には厳罰に処すゆえ、心して使え。分かったな?」

「肝に銘じます。モイー卿のご好意を無碍にしません」

「うむ」


 渡は深く頭を下げた。合わせてマリエルたちも頭を下げる。

 渡の気持ちに応えてくれた、男気が嬉しい。

 日本で活動するクローシェのことを思えば、この許可は可能な限り欲しかったのだ。


「とはいえ、これだけでは、対価にはほど遠いな……。付与の装飾品が欲しいのであれば、我の領地で作られている物を対価とすることもできるが、どうする? 別に現金でも」

「ぜひ、付与の品でお願いします!」

「よし、配下に目録を持たせるので、そこから金額を調整してくれ」

「分かりました」

「前も言ったが、珍しいものが手に入れば、いつでも来ると良い。可能な限り時間を作ろう」


 モイーは江戸切子を手に取り、上機嫌に笑って言った。

 これで散財に自領を傾けないどころか、繁栄させているのだから、そのバランス感覚は卓越している。




 商談を終えて、そろそろお暇した方が良いかな、という段になって、モイーから話題を振られた。


「そういえば、我が新しく領地を下賜されるにあたって、先日王都から情報収集を行うために隠密が入った」

「問題があったら事前に知っておかないといけませんものね」

「そういうことだ。この地の前任の代官は誠実ではあるが、あまり有能ではなかったようでな。我自ら陣頭指揮を執って、改革を行わねばならん」

「それは大変ですね。俺としてもこの地が盛り上がってくれるのは嬉しい限りです」

「本題はここからだ。隠密の報告によると、気になる点が二つあった。恐るべき遣い手がいるということ。そして、どうも抜け荷が行われているのではないか、との疑惑があることだ」

「なるほど」


 渡としては、ふーん、領主という仕事も大変そうだなとか、あるいはそんな強い人がいるんだな、程度しか感想を抱かなかった。

 それだけに反応は極めて平静で、ピンと来ていない。

 そんな様子の渡をモイーはしばらくじっと眺めていたが、不意に笑うと、目線を和らげた。


 実はこの時、渡が犯罪者として疑われていたのだが、幸いにして疑惑は収められた。

 ほんのわずかに緊張を示したエアは、人知れずほっと息を吐くことになった。


「お前も一端の富豪の一人だろう。犯罪には気をつけるようにな。気を付けすぎて悪いということはない」

「ありがとうございます。エアと新たに働いてもらうことになったこちらのクローシェのおかげもあって、前以上に安全には気を配るようになりました」

「ふむ、ならばよい。よし、よい会談であった! 後は配下と詰めよ」


 江戸切子のガラス細工四点の値段は、金貨にして千枚。

 日本円で約十億の値が付いた。


 モイーとの再びの交渉は、これ以上ない成功と言えただろう。


――――――――――――――――――――――――

カクヨムコン8、本日結果が発表され、残念ながら受賞には至りませんでした。

応援いただいた皆様、誠にありがとうございました。


個人的には手ごたえを得ていたので、とても残念です。

実は結構ショックを受けています。

ですが、レビューや応援、特に毎回コメントをいただけている方にはすごく励みになっており、結果にかかわらず気持ちに応えたいと思っています。

今後とも更新を続け、より面白い展開を広げ、しっかりと完結させたいと思いますので、変わらぬ応援を、どうかよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る