第54話 モイーへの贈り物 後

 しばらく高笑いを続けていたモイーだったが、さすがに高揚も落ち着いてきたのか、少しずつ笑いのトーンが落ち着いていき、ある一点で不意に我に返った。


「ハハハ…………失礼」


 感情の振れ幅が大きすぎて怖いよ。

 もうちょっとスムーズな感情の着地をして欲しい。


 あるいはモイーはもともとは感情豊かな人で、理性で押さえつけて日々職務に当たっているのかもしれない。

 モイーは自分がどう見られているのか、客観視できているようで、少しばかり恥ずかし気に咳払いを繰り返した。


「この品には本当に驚いた。これほどの感動を覚えたのは何時以来だろうか」

「満足いただけたようで何よりです。詳しい技法は知りませんが、ガラスの杯を削ることでこの模様が浮かび上がるそうです。光にかざしてガラスを輝くこと万華鏡のごとく、と言いまして、モイー卿に必ずや目通しいただきたい商品でした」

「これは杯だろうし、他にも手に入るのかね?」

「職人による手作りの品です。数多くは揃えられませんが、食器は来客と揃えたいこともあるかと思い、大枚をはたいて四つ買い求めてきました。賓客にお出しするもよし、外交の贈呈品に用いるもよし、と思われます」

「素晴らしい。こちらの望みをよく分かっている」


 満足そうにモイーが頷いた。

 とはいえ、残りの江戸切子はまだ出さない。

 ここから価格交渉を行う必要がある。


 江戸切子は食器として考えた場合、一個安くて二万円。

 職人によっては十万円に達するものもある。

 一個数百円で手に入る砂糖と比べると大量生産品の強みを活かせないため、ここでは何としてもモイーから大きな対価を引き出したいところだった。


 さて、どうやって対価を求めたものだろうか。

 前回の交渉ではエアの宝剣を取り戻す上に、御用商人の権利をいただいた。

 元手という意味では前回以上にかかっているが、今回の工芸品はある意味では日常品である。

 数寄者には天井知らずともいえる価値があるし、日常品としてそんな高い価値を求めては強欲と捉えられる可能性もある。

 また何を貰うかも重要だ。

 お金か、お金で手に入らないものか。

 国府次卿になったモイーならば、色々な便宜を図ってもらえるだろう。

 悩ましかった。


「さて、これほどの商品にどうやって報いようか。そういえばマリエルくん、君のご両親だが、もう再会したかね?」

「いいえ、まだです。モイー卿」

「君と主人であるワタルが望むなら、我が差配して、この町に役人として働くように便宜をしてもかまわない。どうも君の主人は、マリエル君のことを本当に大切にしているようだからね」

「ほ、本当ですか!? いえ、しかし私の一存では決めかねます。ご主人様に判断をお願いいたします」


 見透かされているとはいえ、否定もできない。

 マリエルから期待するような目を向けられて、渡は即断はしなかったが、耳を傾けた。

 渡としては、マリエルの両親とも仲良く接していたい。

 モンスター蔓延る様々な領地の間を飛び回る生活は、命の危機だってあるだろう。

 安心安全な都市に留まるならば、それに越したことはない。


「どうだろうか。悪い話ではないと思うが」

「本当ならぜひお願いしたいところです。とはいえ、これで対価になるというのは、仕入れに大金を使っている以上難しいのですが」

「そのようなつもりはないよ。ただ一つの形として提示しているに過ぎない。それに、我がただ好意でこのように提案しているわけではないよ?」

「ど、どういうことでしょうか?」

「ウェルカム商会に砂糖を手配し、このような貴重な品を入手する男だ。ふらふらと出歩かれて他の領地に富をもたらすよりは、我としては自分の領地に留まっていて欲しいわけだ」

「なるほど。たとえ目的が分かっていても、俺には離れられませんね」

「であろう?」


 実にうまく考えられている。

 国府次卿がどれほどの高官かは知らないが、配下の配置換えをするぐらいは簡単にできるのだろう。

 それも自領に赴任させるのだ。監視下に置くことができる。


 渡の能力を最大限活かすのに、これ以上の方法はないだろう。

 それにマリエルの両親は元貴族であり、長年領地の経営はお手の物のはず。

 過去の損害から借金を抱えた状態で経営してきたために、その技量も自然と鍛えられているはずだ。

 おまけに、配下として使われている以上、ある程度渡たちの情報はマリエルの両親からモイーにも伝わると考えても過言ではないはずだ。


「モイー様が良いのでしたら、ぜひお願いします」

「分かった。では取り計らっておこう」


 これはこれでありがたい申し出だが、他にモイーにしか頼めないことがある。

 ついでにこれを頼んで、難題を一つ合法的に解決してしまおう。


「一つ、無理なお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「話だけは聞こう。願いを叶えるかどうかは、内容による」

「私が赴く場所は、獣人を好みません。今でも帽子をかぶり、尻尾を隠して生活させています。そのため、『変身』の付与の品をいただきたいのです」

「ふむ……」


 モイーの視線が鋭く渡を射抜いた。

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