第57話 日本での薬草栽培

 渡は八月のお盆の時期に、実家の徹に異世界の薬草を栽培してもらうよう頼んだ。

 今は十一月に入ったばかりだから、およそ二月半が経ったことになる。

 多年生植物ということで栽培しやすいとは聞いていたが、渡の予想以上に早かった。


 徹からはスマホで撮影された薬草と、徹の顔が並んで写った写真が送られてきていた。

 『私が育てました』みたいな顔をするのはちょっと止めてほしい。

 実際に作っているのは確かなのだが。


 渡たち以外が日本と異世界に繋がるゲートを利用できない以上、ゲートを介した流通がボトルネックになるのは目に見えている。

 地球で薬草の栽培が可能だとすれば、ポーションの製造の可能性がグッと高まるのだ。

 薬草の栽培ができ、製薬に成功し、認可を得て販売する。


 徹の報告はその最初の一歩となる。

 他の用よりもはるかに優先して、話を聞く必要があった。


 レンタカーを借りて実家に辿り着いた。

 前回は渡、マリエル、エアの三人だったが、今回はそこにクローシェが加わっている。

 タクシーを二台呼ぶことも考えたが、渡が運転した方が人の注目も集めず、移動が楽なのだ。


 駅から自宅までなら距離も離れていない上に、交通量もそれほど多くなく、ゆっくりと運転できた。

 市外の農地付き物件だけあって、駐車場も広めだ。

 運転技術の拙い渡でも、車を楽に停められた。


 車から降りると、麦わら帽子を被った徹が出迎えてくれた。

 どうやら今も農作業の続きだったようだ。


 渡の顔を見ると本当に嬉しそうに笑う。

 渡も久しぶりに祖父の顔が見れて、元気そうな姿に嬉しくなった。


「久しぶりだなあ、渡。とは言っても、前よりはだいぶマシか」

「これでも忙しく働いてるんだよ。勘弁してくれ」

「ふん、相変わらず別嬪さんを連れて……」

「お爺様、お久しぶりです」

「じいちゃん、よろしくね!」

「は、はじめまして。クローシェです」


 マリエルとエア、クローシェへと徹の目が順番に注がれていき、クローシェに留まる。

 そして家に向き直ったかと思うと、大きな声で叫んだ。


「おおおおおい、婆さん! 渡がまた新しい女を連れて帰ってきたぞおおおお!」

「まあまあまあ! プレイボーイになっちゃって! 女泣かせだねえ!」

「わ、わたくし……その、違って……ふえぇ……! は、恥ずかしいですわ」

「いや、そういうのもう良いから! マジで勘弁してくれ!!」


 渡は頭を抱えた。

 いや、こうなる予感はしていたし、この数カ月で一人増えてたら、言われても仕方ない気はする。


 だが、思っても口にしないものなんじゃないだろうか、普通。

 ほぼ確実に近隣に噂が広まった。

 家族ゆえの気安さと、家族だからできる悪ふざけに、渡は頭が痛くなった。


 〇


 野次馬が現れない様に急いで家の中に入った。

 二人で過ごすには相変わらず広い家だ。

 柱の傷や中庭の眺めなど、見るとすぐに過去が思い浮かんでくる。


 さっぱりとした服に着替えた徹は、日本茶を淹れてくれた。

 渡の家は昔から宇治のお茶を愛飲している。

 渡が珈琲にこだわったように、徹はお茶にこだわりがあるようで、静岡や知覧のお茶を買ってみたり、急須や湯呑を買いそろえたりしていた。


 パッと見た限り、動きは機敏で膝の痛みなどは伺えない。


「体の調子はどう?」

「おおっ、あれ以来本当に楽だねえ。助かってるよ」

「うふふ、私たち病院に入るより棺桶に入る方が先かもって言ってるのよ」

「おいおい婆さん、なんてことを言うんだ。入るのは鬼籍じゃなかったか? ワハハ!」

「そうでしたね! フフフ!」

「二人とも年寄りギャグは怖すぎるから、マジでやめてくれって」


 渡はガックリと肩を落として文句をいうが、いつものことでまったく懲りた様子はない。

 きっとこれからもやめられることはないだろう。


「紹介しておくよ。こっちはクローシェ。まあ深くもないんだけど、あまり人には言いづらい事情があって、俺が身元を引き受けることになった。元々エアとは知り合いだ」

「よろしくね、クローシェちゃん」

「は、はい……」


 クローシェはあまり緊張するタイプには思えなかったが、徹と美恵子の前では肩をガチガチにさせていた。

 顔も赤いし、一体どんな想像をしているのか。


「さっそく本題に入って良いかな」

「相変わらずせっかちな男だな。まあ構わんよ。時期に来ると思ってたから、先に二株だけ採っておいた。できるだけ生育が良いやつを選んでいる」


 徹が採り終えた薬草を渡してくれた。

 ビニール袋に入っていて、根っこから抜かれている。

 薬草をポーションにするときは、茎の部分だけでも不可能ではないが、できるだけ草の先端から根まで揃っている方が良いと言われていたのだ。


 パッと見た感じでは、青々としていて、とても元気そうだ。

 これでポーションにしたとき、同じ効果が発揮できればいいのだが。

 異世界にだけ存在する謎の栄養素や、あるいは魔力が関係している可能性もあるため、確信は持てない。

 もしかしたら、日本で栽培するときはもっと他の条件を整えないといけないかもしれない。


「ありがとう。これで実験してみる。わざわざ育ててもらってるけど、どんな感じ?」

「極端なことをしなけりゃ枯れないんだから、まあ手のかからない子だよ。肥料が少なくても多くても育つし、水の量も適当でもそれなりに育つ」

「困ったこととかはない?」

「いや、特にないかな。今のところ鹿が狙うとかってこともないし。それよりも急に元気になったワシらは、周りのジジババどもに注目されてなあ、嫉妬の目が困った困った」


 そう言いつつも、徹の表情はとても嬉しそうだ。

 誰だって健康を取り戻せば嬉しい気持ちになるだろう。


「これで上手くいけば、もっと大量に栽培する必要があるかも」

「そりゃもうワシの手だけじゃどうにもならんから、農地を借りるなり、育てる人を雇うなりしたほうが良いぞ」

「そっか……。分かった。考えてみるよ」

「そうせえ。事情はあるだろうが、ワシらにずっと頼ってるようじゃ立ちいかんわ」


 いくら秘密が守れるからと言って、祖父母にばかり頼ってもいられない。

 かといって、赤の他人をどれだけ信用できるのか。


 何も知らない間は良い。

 だが、ポーションの原材料として気づかれた場合、大金を積んで買収しようとする相手はきっと出てくるだろう。

 その時、これまでまじめだった人間の目がくらんでしまう可能性は除外できない。


 時間をかけて対策を考える必要があった。


―――――――――――――――――――

明日はお休みします。


スケブや商業原稿があるので、たまに更新休むかもしれませんが、このままラストまで書き続けるので、安心してお待ちください。

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