第51話 嗅ぎ回る者 安高康平
渡が小雪と接触して数日後。
当然というべきか、小雪の変化は芸能界において大きな話題になった。
また外見の変化はテレビの画面を通じて、視聴者にも衝撃を与えた。
パッと見て一〇歳以上、場合によっては二〇歳近く若返っているのだ。
明らかな変化は驚きだけでなく、人々を大いに好奇心を刺激させた。
特に老いに抗いたい女性、権力者、大金持ちの視線は鋭いものだった。
とはいえ、この変化によって、何らかの特集や取材が視聴者に届けられることはなかった。
契約と約束に従い、小雪が質問に答える姿勢を見せなかったためだ。
それは世話になっている先輩や、事務所の上司にも徹底されていた。
そのため、様々な憶測を呼んだ。
「綾乃小雪の顔見た?」
「見た見た! 新しい美容整形に手を出したんじゃね?」
「いや、うちは新技術の化粧品を提供してもらったって聞いたぞ?」
「抗加齢医学の新技術のテスターになったんじゃないのか?」
「俺、他のインタビューの時に質問したんだけど、まったく答えてくれないんだよな」
「綾乃さんは第一美容製薬のコマーシャル出てたよな。その筋じゃねえのか?」
「それだったらもう十分プロデュースできてるだろ。続報が出るはずだ」
「っていうかさ、あの色気であの若さ……ヤバくね?」
「分かる。顔はJK、体は成熟した女って感じで、アンバランスがエグい」
「俺たちを前にしても優しいしさ。お近づきになりてえー」
「無理無理。まずお前が顔整形してこい」
「ひでえ!」
「わははは」
週刊誌のライターたちが集まって、小雪の変化の推測を口にするが、どれも正解には程遠い。
本気で真実を追求しようという姿勢は見せなかった。
スキャンダルにはなりそうもなく、信憑性もないお茶を濁したページ稼ぎにしかならないネタでは、売れれば良しの週刊誌でも手を出す旨味を見いだせなかった。
だが、一人の男は違った。
下腹がぽっこりと出ていて、無精ひげに襟の伸びた服と、清潔感に欠ける外見をしている。
目をぎょろぎょろとさせて見る癖があり、人の隠している気配には敏感で、度々スクープを拾っては売って生計を立てていた。
取材対象への追い込み方が苛烈で、業界を引退した者や、時には自殺に追い込まれた者もいて、同業者にも便利に利用されつつ、倦厭されている男だ。
売る相手は週刊誌だけに限らない。
このネタ、炎上する前に買いませんかと。
情報の値段は様々だが、時には一千万を超えるときもあった。
安高の鋭敏な感覚と経験は言っていた。
これは何か大きなネタが生まれている。
上手く転がせば莫大な稼ぎになる。
必ず突き止めろ、と。
「少し調べてみるか……」
話を聞きまわってみれば、小雪に変化が起きたのはこの数日のことだそうだ。
ほんの数日前までは、世間のイメージの通りの姿だった。
ほんの数日の間で、あれほどの変化が起きた。
美容業界についても合わせて軽く知り合いに問いただすことで調べてみたが、小雪の変化は普通では考えられないことのようだった。
たとえばシミ抜きの美容整形では、レーザーを照射して、シミの原因であるメラニン色素を破壊する。
レーザーの直後は肌に炎症が起きるし、シミ自体も数日で完全に治るものではない。
肌のハリや艶はヒアルロン酸注入や高価な美容液、ヘパリン類似物質クリームなどの方法が考えられるが、こちらも劇的な変化には程遠い。
皴をとるのはボツリヌス毒素を注射することで皮筋の緊張をとるが、使い過ぎれば表情に違和感が出てしまう。
そういった一つ一つの方法の長所と短所を並べて考えると、一般的な美容法ではどうしても再現不可能な効果が出ている。
美しくはなるが、女子高生レベルで若返ったなど考えられない。
つまり、この数日の間になにか奇跡が起きる出来事があったのだ。
「大阪か。そこに何かがあった」
この数日の小雪の行動を探ってみれば、大阪に出かける用があったのは確かなようだ。
そこで誰と会ったのか、どんな用があったのかは詳細は分からないが、十分に予想はつく。
何らかの若返りの奇跡を起こせる相手と会っていたのだ。
むしろそうとしか考えられない。
SNSでの小雪の情報を調べる。
大阪で見かけたという声が一つでもアップされていたら、足取りを追う手掛かりになる。
だが、本人はもちろん、一般人の投稿でもヒットはしなかった。
「当然か。変装ぐらいはしてるだろうしな」
詳細を出していない以上、お忍びで会っていたのだろう。
十分に予想できたことだ。
だが失望はなかった。
「仕方ねえな。オレも大阪に行ってみるか」
こんな美容商品があるなら、綾乃小雪だけが利用するなんてことはあり得ない。
次の利用者が必ず出てくるはずだ。
それを何としても突き止める。
東京で活動する綾乃小雪が会うなら、それなりの場所になるはずだ。
タクシーで人気の少ない場所に行く方が、注目を集めてしまう。
足の軽さはフリーランスの得意技。
幸いなことに、出張滞在費を出せるぐらいには、前回の『人気絶頂の既婚男優と恋愛禁止アイドルの密会』ネタは高く強請れた。
今度のネタも同じぐらいに、場合によってはそれ以上に金になりそうだ。
「ククク、頼むぜえ。
これまで何度も取材で強請ってきた。
金だけが目的ではない。
不都合な真実を突き付けられた時の、相手の狼狽した表情や態度。
表では美しく小ぎれいな存在として売り出している男女が、その裏にある、ど汚い本性を暴きたてる瞬間。
安高はその瞬間がとても大好きだった。
――――――――――――――――
本作において正体不明な相手の登場が多いですが、今回の安高は明確な敵です。
性格には難がありながらも、パパラッチとしての能力は一流です。
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