第46話 実戦感覚
夜、音の漏れない密室に五人の男たちが集まっていた。
錬金術師の作った魔道ランプが辺りを明るく照らしている。
年のころは若いものは十代に、上は六十代ほどに見える。
引き締まった体をしていて、肥満や運動不足とは程遠い。
節くれだった関節や堅そうな表皮、あるいは獣の耳など、純粋なヒト種ではなかった。
ぽつりと一人が呟いた。
「危なかったな……」
「ああ、まさか見つかるとは思ってなかった。透明化に気配遮断の付与だぞ、どうして気付ける?」
「わしらの隠形が見破られるとはなあ。相当な手練れとは思うたが、何者だろうかな?」
「一人は金虎族のようですぞ。拙は危うく投石を食らうところでしたわ、シシシ」
「何らかの感覚に優れているんだろうけど、あんなバケモノがいるとは、警戒しないといけませんね」
声に含まれているのは濃い警戒の色だった。
彼らは王都での仕事でも様々な警戒を掻い潜って情報を得てきた。
時には付与を暴く術式すら掻い潜り、侵入や工作を行う一流の隠密衆だった。
それだけに今回、存在が露見しかけたのは肝が冷えた。
彼らが南船町に入ってきたのは、わずか二日前のことだ。
まだ警戒すべき手練れの存在の情報は、十分に入ってきていない。
一番年かさの男が溜息を吐いた。
「まったく、主も酷な命令をされるわい」
「まったくです。これで事が露見すれば、大騒ぎになるところです」
「とはいえ、どうします?」
「放置するわけにもいきませんぞ。ただ、あまり近づくのは危険です。拙はまだ命を失いたくありませんからな」
「僕は行きましょうか?」
「やめいやめい。命あっての物種よ。遠くから観察に留めるべきでは?」
「それが良いな。まったく、あの代官め。何がこの町は安全でのんびり者の多い場所です、だ。ぼんやりとしおって」
おそらくは長であろう年かさの男が愚痴ると、少しばかり若い男が慰める。
「まあまあ、冒険者ギルドは大した者はいないようですぞ」
「あんなバケモノがそうそういてたまるか」
「それは違いない。では様子見ということで」
「そういうことで」
そういうことになった。
彼らは見つからないことが第一。
危険を冒して情報を得るのは、それだけの価値がある時のみ。
今は主命を守ることが第一で、その時ではなかった。
〇
渡が異世界で仕立て屋を訪れた翌日の朝。
朝食を終えた席で、エアが訓練を希望してきた。
昨夜、正体不明の集団に近づかれるまで気づけなかったことは、看過できない事態だったようだ。
以前から体を動かしたいという要望は何度かされていたが、今回のそれはいつもよりもはるかに強い調子だった。
エアは手を軽く振りながら言った。
「んー、やっぱり鈍ってるんだよね。微妙な感覚の違いなんだけど」
「実戦から遠ざかっていますものね」
「俺としてはエアにもクローシェにも危険なことはして欲しくないんだが……」
とはいえ強くも言えない。
渡自身は認識できていなかったとはいえ、真っ暗な場所で襲われかけたのだ。
気付けていないところで誰かがいるというのはとても恐ろしい。
だからといって、二人に命を失うような事態は可能な限り避けてほしかった。
そもそも、エアもクローシェも渡からすれば感覚が鋭敏すぎて、鈍ってるって本当か、というレベルなのだ。
あまりにも実力が違い過ぎて、話している次元が違うため、理解が及ばない。
だが、エアは軽く横に顔を振る。
「安全なことばっかりしてると、土壇場でかえって危険になっちゃうんだよ」
「お姉さまも一時よりかなり腕が鈍っておりますものね」
「うるっさいなあ。それでもアタシに負けたんだから、偉そうにするな」
「むうっ……それを言われると、何も言い返せませんわ」
言い負かされたクローシェが不満そうに口を尖らせた。
使わない能力は落ちる。
それは抜群の才能を持つエアも変わらない。
落ちる速度が緩やかだったり、少しの鍛錬で感覚を取り戻すのも早いだろうが、良い調子を保ち続けるには、ある程度使い続ける必要があった。
エアはクローシェが来てからは、二人で早朝や夕方の比較的気温が落ち着いた時間帯に鍛錬をしていた。
だが、それでも実戦感覚を完全に取り戻すには足りなかったようだ。
それに武器を振り回すわけにもいかないから、鍛錬の内容は自然と無手に限られる。
渡はエアの顔を見る。
真剣な表情を浮かべていて、希望は叶えてあげたい。
「とはいえ、どうしようかな。俺も商談があるから、その日はエアに護衛していてもらいたいからな。紹介制なのに、それでもちょっと癖のある人が来ることもあるし」
「じゃあ主が休みの日で良いよ」
「ご主人様、エアがこれほど言うということは、それなりに理由があってのことだと思います」
「そうそう。マリエルはアタシのことをよく分かってる!」
これまでのすべての商談が順調に進んだわけではない。
中には面倒そうな客もいた。
だが、こちらが指定した場所で商談に及んだり、複数人対一人という場面に持ち込むことで、面倒を避けてきた。
たとえエアの見た目が可愛らしい女の子だとしても、十分に護衛として助かってきたのだた。
「対戦相手はどうするつもりなんだ? 飯田さんからはいつでも再戦しようって熱いラブコールが来てるけど」
「南船町の近くでモンスターと戦うつもり。こっちの格闘術はすごく刺激的だけど、命がかかってるわけじゃないし、別の機会にする」
「うん、分かった。じゃあ俺が休みの日は、しばらく出歩かないようにする。エアは自由行動にしよう」
「ごめんね、アタシのお願いで」
「それも俺のためだろう? ありがとうな。マリエルには悪いが、家で時間を潰せる遊びにしよう」
「はい、私は構いませんよ。こちらは読みたい本がたくさんありますし、ご主人様を独り占めできますしね」
「うにゃー! そ、それはちょっと羨ましいにゃ!」
「まあ、エアが強くなってくれることを願ってるよ」
エアの頭を撫でてやると、目を細めて喜んだ。
エアは猫科の性質を持っているからか、撫でられることを喜ぶ。
今も喉をゴロゴロと鳴らして、自分から頭をこすりつけてきた。可愛い。
クローシェがそんなエアを見て恨めしそうにも、羨ましそうにも見える表情を浮かべた。
うーん、そろそろクローシェとももっと打ち解けたいのだが。
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昨日リワードが付与されました。
小説書いてお金貰えるの最高に幸せです。
めちゃくちゃ暑いので、エアコンの頭金にしようと思います。
あと、先月末からギフトがすごく届いてて、本当にありがとうございます。
あらためてお礼申し上げます。
あ、あと今見たら40万字を突破してました!
こんな長く読んでいただきありがとうございます!
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