第45話 見えない敵
バックから採寸を終えた渡はかなり疲労していた。
手で確かめられた後はメジャーで正確な寸法を計られ、体の動き方、あるいは柔軟性を確かめるために、肩や肘、あるいは背中の動きを確かめられた。
マエストロと呼ばれるバックはそれこそ無駄な動きはまったくなかったが、同時に神経質なまでに寸法を確認する職人肌でもあったから、なかなか渡を放してくれなかった。
ちなみにこの時、スタイル抜群のマリエルやエアたちと比べると、かなり脚が短いことが判明した。
隣で寝ていても気付くことだが、あらためて数字で示されると、それはそれで悲しいものがある。
「よし、採寸はこれで終わりだよ。お疲れさま。いただいた寸法をもとに、仮縫いをして、また合わせていくから」
「よろしくお願いします。うおっ、結構暗くなってるなあ」
仕立て屋を出る頃には辺りはかなり日が落ちていた。
元々薄暗かった職人通りは、濃い暗闇に包まれている。
日本の繁華街と違い、明かりはほとんどない。
遠めにポツリ、ポツリと明かりが見えるが、その間には足元も不確かな闇があった。
「この暗さがあるから、普段は夕方には帰ってたんだけど……。失敗したなあ」
「アタシははっきり見えてるから、先に立って案内してあげるね」
「エアの目はこういうときすごく頼りになるな」
「ふふん、主はもっとアタシを頼りにしてくれていいんだからね」
「じゃあエアの後ろをみんなで歩きましょうか」
「わたくしは一番後ろに立ちますわ」
職人通りの密集した建物のせいで、道幅がとても狭い。
月明りや星明りも建物に遮られて、まともに地面にまでは届かない。
そのうえ視界が悪く、足元は整備されていないと来ている。
暗闇に多少目が慣れてきたとはいえ、不安な気持ちがどんどん強くなった。
これで一人だったら本気でビビッて動けなくなるところだ。
「倉庫に寄ったりする?」
「いや、まっすぐ帰ろう。こんなに暗かったら倉庫も使いづらいだろう」
「そうですね、急がないといけない用件はなかったはずです」
「りょーかい。主、足もとにちょっと段差があるから気をつけて」
「分かった……おっ!? っとと」
「もう。だから気をつけてって言ったのに。もうちょっと広いところに出たら、手でもつなごっか」
「助かる」
注意されていたが肉眼でまともに見えないのだ。
足元を引っかけた渡は転倒しそうになったが、その前にエアに抱きかかえられて、安定を取り戻した。
暗闇のなかにエアの柔らかな肉体を感じる。
「エア……」
「ん? どうしたの?」
「いや、ありがとう」
「ニシシ、どういたしまして」
視界が利かないせいで、余計に他の感覚が敏感になっていた。
しっとりとした肌の滑らかさや、甘いいい香り。
なによりも手に伝わる温もりが、暗闇から不安を拭い去ってくれる。
エアに任せていれば何も怖くない。
そこにクローシェまで加わったのだ、有名な傭兵団でも最強の戦士、そっしてそれに肉薄できる妹分。
もはや過剰戦力ともいえる鉄壁の布陣ではないだろうか。
「――お姉さま、警戒してください。見られてますわ」
「ッ……本当。いつの間に……?」
「分かりません。つい先ほどまではわたくしも気づきませんでした。臭いもほとんどしない。でも、一人じゃありませんわ」
「お、おい。なんだ?」
「誰か見てる。姿が見えない、かなりの手練」
クローシェに指摘されたエアが周囲に目を走らせる。
暗闇をものともせず見通す瞳が暗がりを注意して確認するが、やはり目には何も映っていない。
臭いに意識を集中させ、やっとかすかな兆候を捉えたが、場所を特定するにまでは至らない。
透明化の装身具。いや、もっとこれは上位の――。
「主、光を出して」
「わ、分かった」
エアに言われて、渡はスマホを取り出した。
電波が通じていなくても、懐中電灯代わりにライトとして照らすことはできる。
ただ、あまりにも目立つために使っていなかったが、それどころではない状況なのだろう。
スマホのフラッシュ用ライトから明かりが周りを照らす。
一気に周りがうっすらと見えるようになった。
だが、渡の目には誰も見ることが叶わない。
誰もいないじゃないか。ただの勘違いじゃないのか。
渡には何も分からず不安だけが膨らんでいく中、エアは視線を走らせ、違和感を確かめる。
「そこっ!!」
エアが気合とともに、何かを投擲した。
ものすごい勢いで走る投擲物は、しかし手応えを得ることもなく、そのまま通り過ぎ、地面に落ちてガシャッ! と大きな音を立てた。
「躱した!?」
(お姉さま、移動しましょう。大通りに行きますわ)
(そうだね。このままこの狭いところじゃ分が悪い。主、マリエル、こっちに)
光は目立つ。
スマホのライトはエアが持つことになった。
万が一襲いかかられても、エアならば自力で対処ができるからだ。
ピリピリと張り付いた空気の中、多少明るくなった視界で慎重に進んでいく。
大通りに近づくに連れて、夜道とは言え人の気配が増えていく。
「……いなくなったね。人に見つかるのを危惧したのかな」
「逃げる気配すら希薄でした。何者だったのでしょう。相当な手練でしたわ」
「アタシとクローシェでもなかなか気づけないような相手、普通じゃないよ。あれは透明化だけじゃなくて気配を隠す特殊な付与がされてると思う。暗殺者か密偵か……」
「誰かの恨みを買った覚えはないけどな」
「……そうでしょうか?」
「マリエル? 俺が恨まれてるって?」
大通りに出た後も、渡たちは急ぎ足でゲートへと向かう。
道中に話を続けていたが、不意にマリエルが疑問を口にした。
まさかマリエルに言われるとは思わず驚いた。
「ご主人様が提供している砂糖は、元々の流通を担っていた人々からは大きな脅威でしょうし、モイー男爵の栄達を疎ましく思っている人もいるでしょうから、恨みを持っている人はいるかも知れません」
「そっか。俺が良かれと思ってやったことが、知らずに迷惑している人もいるってわけか」
「ご主人様は法を犯したわけでなく、真っ当な取引をされているのです。ただの逆恨みですけどね」
「今後も夜道を歩くのは避けないといけないな」
それにもう少し身を守るようにしても良いのかもしれない。
地球で使おうと思っていた生地も、仕立てにしても良いかもしれないと、思い始めていた。
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遅くなりましたが更新。
仕事がすごく忙しかった。明日は更新できるか分かりませんが、可能な限り頑張ります。
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